10,一日目
ライが条件を出した三日間の一日目、五月十三日。
ライが協力してくれるからと言っても学校はいつも通りで、俺は早めに登校して大きくあくびと一緒にプリントの数式を解いていた。
本当なら家でやる宿題だけど、偽者探しをしている今そんな時間はない。クラスの奴がこないうちに大急ぎで書いていると、ガラガラとドアの開く音が聞こえてきた。
「おはよう、太一くん」
「……あぁ、おはよう汐莉」
前の席に座る汐莉は楽しそうに笑って、いつも通りのあいさつをしてきた。
「珍しいね、太一くんが学校で宿題やるなんて」
「そうか?」
「だって太一くん、いつもそういうの家で終わらせてきてるから」
そりゃ、ちょっとでも変な事をして先生に目をつけられたくないからだろ。言わないけどさ。
カバンから授業道具を机に移す彼女の背中を横目に最後の問題を書き終えて、ふと置いてきた悠人の事を思い出した。
部下だからとかお付だからといつも朝早くに道の途中で待っているけど、今日はそれよりも早い時間に出たからそれを知らずに待っているかもしれない。
「まぁ、あいつが勝手にやっている事だし……」
書き終わったプリント達をまとめて、ぐっと背伸び。そんなに難しい問題じゃなくてよかったよ。
「そういえば」
机の上を片付けながら、気になる事があった。
「今日の汐莉、やけに早くないか?」
普段から登校は早い方だけど、今日の汐莉はそれ以上に早い。なんだか気になって聞いてみると、こころなしか目線が泳いでいるように見えた。
「んー、ちょっと家にいるのは、気まずくて」
「気まずい?」
確か汐莉は、母親が入院中だと言っていた。なにが、気まずいんだろう。
「うん、弟とね……」
それ以上言わないという事は聞かれたくないんだ。
そう思って適当にあいづいを打つと、廊下からは少しずつ声が聞こえてくる。時計を見ると……あぁ、みんなが登校する時間だ。そりゃ、さわがしくもなるよ。
「今日のホームルーム、合唱コンクールの曲決めだって」
「げ……俺あれきらいなんだよなぁ」
「そこは、音楽系の部活の子がなんとかしてくれるよ」
「まぁ確かに――ん?」
そんな何気ない話の中で、ふとなにかに見られているような気がした。
「…………」
「太一くん?」
なんだかここ最近誰かに見られている気がして、正直落ちつかない。
「……なぁ汐莉、最近誰かに見られている感じはしないか?」
「私? 私は特に……」
汐莉がそう言ってキョロキョロと周りを見た時には、その目線もなくなっていて。なんだろう、変な感じだ。
「気のせいだったんじゃない?」
「…………そうなのかも」
納得はいかないけど、そう思うしかない。
モヤモヤした気持ちは残るけど、ひとまずそれはプリントと一緒に机の中へしまう事にした。
***
「さて、皆様予定より二十三分遅くおそろいで」
「前々から思っていたけど、ライってそういう面ネチネチくるよな?」
学校を出て少し歩いたところにある、コンビニの前。通学コースからはなれたそこに、俺達三人とライは顔を合わせていた。
「で、どうするんだヴィラン」
「そうですね、地道に聞き込みとかもありかなと思いますが……ハンドレッドのお考えは?」
「頼むからもっとマシな呼び方してくれないか」
誰かに聞かれたらどうするんだよ、二人そろってさ。
「太一と悠人には悪いが、僕は彼の事を信用していないからね……大人なんて、みんな最後はうそばかりだ」
「蒼……」
その言葉にはなんだかにくしみがこもっていて、俺にはその感情がわからずかける言葉が見つからなかった。
なんだか悲しい気持ちになっていたけど、どうやらそう思ったのは俺だけらしい。ライはまんざらでもない様子でその言葉をかわして、悠人も聞き込みは基本だよな、なんて能天気な事を言っていた。え、気にしているの本当に俺だけ?
「ご主人、こういう時空気読めないっスよね」
「悠人に言われるとわけがわからないくらい傷つく」
悪かったな、空気読めない奴で。
あぁけど、確かに悠人の言う通り聞き込みは基本中の基本だ。ほら、警察だって現場なんちゃらって言うし。
「……けどさ」
それ自体に意見はなかったけど、俺には一つだけ心配な事があった。
不思議そうに首をかしげる三人の中でも唯一の大人、ライに目線を合わせて俺はなぁ、と言葉を選んでいく。
「ライ……お前、もしヴィランだと知っている人相手だったら聞き込みできないだろ?」
「……ほお」
これが俺の、一番心配だった事。
父さんの側近とはいえ、まがいなりにもヴィラン。今まで悪事だって働いてきたし、全員が知らないわけじゃないはず。もしヴィランだと知っている人にあたったら、どう言い訳するつもりだろうか。
「太一様の心配、大変ありがたいです……ですが、お言葉ですが太一様?」
一方ライは、全部お見通しのようで。
吊り上げた口元と、心の底から楽しそうに笑った目。その表情は、まさにヴィランそのもので。
「私のレコードがなにか――お忘れではないのでしょうか?」
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