9,めんどうな事になった
「ら、ライ……」
「さて太一様、私にもわかるよう説明をお願いします」
これ、かなり怒っている。
いつもと明らかに違うその言葉には有無を言わせないものがあり、俺も悠人もどうしようかと目を見合わせる事しかできなかった。
「えっと、これはその、こいつはクラスの友達で」
「なるほど、そのお友達がヒーローだったのですね」
「えっと……」
だめだ、これ全部バレている。
冷たい汗がつうと背中を伝っていくのを感じながら打開策を探して目線を動かしていると、ふと俺とライの間に割り込むように蒼が立っていた。
「僕が彼らを巻き込んだのだから、彼らに怒りを向けるのは間違っていると思うぞ」
「……それくらいわかっておりますよ?」
どうやら、冷静ではあるらしい。
貼り付けた笑顔を崩さないライはさきほどまでの殺気を消し、何事もなかったようにそれでは、と言葉を続けてきた。
「改めまして、私はライと申します――そちらにお見えになる太一様のお父様、浩一様の部下をしております」
部下というよりは側近だけどな、そんな可愛いものではない。
「僕は、日下蒼……二人とは同じクラスで」
「通称ハンドレッド、でしょうか?」
「……」
先回りで飛び出した名前は昨日蒼が名乗っていたもので、蒼はもちろん俺と悠人も目を丸くした。どうして、ライが知っているんだ?
「な、なぁライ、蒼の事知っているのか?」
「えぇ、この地域のヒーローでも彼は有名ですから……レコード不明の謎のヒーロー、確実に能力はあるはずなのに物理的な素手で殴り回復も異常に速い脳筋ゴリラだと」
「それ褒めているのかけなしているのか、どっち?」
少なくとも俺にはけなしているように聞こえるのだが。
気のせいですよと笑うけどその口は明らかに笑っていなくて、正直背筋がゾッとした。
「そう怯えなくとも取って食う気はありません、ただ私も太一様の保護者なのでね」
「俺、ライから生まれた覚えないけど」
あぁもう、これじゃ話がまとまらない。
俺はともかく二人はどうなのかと思い視線を向けると、俺が説明しろと言わんばかりに二人そろって目だけで圧をかけてきていた。なんだよ、そういうめんどうなのだけ俺に押し付けてさ。
「太一様?」
「…………はぁ」
深めの溜息と共に、肩を落とす。
逃げ切れないと判断しながら顔を上げ、俺は一つ一つゆっくりと話を始める。
「いや、そのさ……父さんには内緒にしてほしいんだけど――」
***
「――と、いう事なんだ……」
立ち話はなんだからというライに連れられ近くの喫茶店に入った俺達は、それぞれが注文したドリンクを飲みながら四人かけのテーブルにいた。俺はライの横に、テーブルをはさんだ場所には悠人と蒼。知らない人からすればなにの集まりかわからないその中で、俺は生きた心地がしなかった。
「ふむ……」
昨日蒼に聞いた事を改めて話すと、ライは口の中で言葉を転がしながら何かを考えているようだった。
「なるほど、ラグナロクの名前を……」
「ライ……?」
今まで見た事がないくらいに険しいその表情に、思わず言葉を失う。
ライはいつだって中身のわからない笑みをうかべている、そんな奴だから。
「それで、太一様はその偽者が誰か探そうとしていたと」
「あ、あぁ……」
半分は蒼に脅されてだとは、間違っても言えないけど。
なんとか言い訳をしたまではいいけど、ここからどうするか。ライに見つかったのに変わりはないし、正直打つ手が見つからなかった。
「……本当に、子どもだけでは危ないと思わなかったのですか?」
コーヒーをすすりながら肩を落とすライは怒っているよりも呆れているようで、そっちの方が俺にとってはダメージが大きかった。だって、ライはいつだって俺の味方だったから。
「そもそも、ヒーローでもヴィランでも、得体の知れない相手に向かうなんて命知らずです。ボスでなくとも、あなたには味方になってくれる人間が沢山いるのに」
「……いやそうだけど」
うちのヴィラン、やられたらやり返すの過激派じゃん。言った日には此守が戦場になる。
目の前のライを含めそんな奴らばかりだなんて言えないから黙っていると、ライは今日一番大きな溜息をついていた。父さん相手でも、こんな大きいの聞いた事ないよ。
「とにかく、この状況だけでは許可を出す事はできません。今ならボスにも黙っています、今日で首を突っ込むのはおやめください」
「いや、そんな!」
「あんまりだろライ!」
「悠人、お前もお前だ。お付きの立場でありながら一緒になって……危ない事くらいわかっただろ」
有無を言わせないその言葉に俺と悠人が喋るのをやめると、重い空気が広がっていく。そりゃだって、ライの言う事は間違っていないから。
けど、それでも――
「……少しいいか」
「っ……」
そんな世界を破ったのは、この中で唯一のヒーロー……蒼だった。
「なんでしょう」
「さっきから聞いていれば、あんたの話ばかりで本人の意見が出ていない。フェアにいくなら、お互いの考えをぶつけるべきだ」
ひどく大人びた、そんな意見だなと思った。
他人事でそんな事を考えていると、蒼は突然なぁ、と俺に話す相手をシフトしてくる。
「保護者の目線ならそこの奴が言う通りかも知れないけど……太一、お前自身はどう思う?」
「…………俺、は」
どう思うかなんて、どうしたいかなんて。
そんなの、決まっているじゃないか。
「俺は……ラグナロクを悪く言われるのはいい気分ではないし、俺が望んでいる平和な生活には程遠いと思っている。だから、そいつを自分の手で見つけて一発殴ってやりたい」
誰の用意したものではない、俺自身の言葉。
迷う事なくそれを言うと、ライは一瞬何かを考えたように目を伏せたがすぐに首を力なく振った。
「――わかりました……太一様がそういうのなら私も止めません」
「ライ……!」
よかった。ライは父さんの側近だし命令には忠実だ。きっと反対されるだろうと思っていたから、てっきり話しても聞いてくれないと思っていたよ。
「ただし、二つ条件があります」
「って、え?」
と、思っていたのもつかの間。唐突に続いたライの言葉に、思わず気の抜けたような声が出た。
「まずは日数、万事屋の手伝いをしない日数が長ければボスにバレるのも時間の問題です……今日は五月十二日、私がなんとかごまかせるのもせいぜい三日なので十五日まででしょうか。それ以上続くならば、無理やりにでも二人を連れ帰ります」
「いや、手伝いは父さんが勝手に」
「そしてもう一つ」
「聞いてないだろ?」
俺の言葉は全面的に無視のようだ。ライはコーヒーの水面へ一度目線を落とし、感情が読めない表情のまま俺達の顔を順番に見ていく。
「止めはしませんが、見逃すわけにもいきません……私も同行させていただきます」
そして飛び出したのは、そんな言葉で。
「…………って、はぁ!?」
「太一様、仮にも店内です。ここはお静かに」
いや誰のせいだと。
理解が追いつけなくて目を白黒させていると話は終わっていなかったみたいでそれに、と続けてくる。
「私だってラグナロクの者です、気持ちは太一様と同じですよ……私だって、偽者を捕まえたい気持ちはあります」
「いやまぁ、そうだけど……」
それを言われちゃ、俺だって反論できないよ。
降参だなと思いながら、溜息を一つ。けどまぁ、これはこれで結果オーライだったかもしれない。俺達中学生だけじゃ都合が悪い事もきっと出てくるし、この中で一番人脈が広いのはライだから。
「ラグナロクは解体されたのに――まだそうやって名乗るのだな」
「……と、言いますと?」
そんな上手くまとまってきた中で、突然湧いた蒼の言葉にライは顔をしかめていた。だめだ、取っ組み合いほどではないけど確実にいい空気ではない。
「別に、ラグナロク精神はずいぶん根強いなと思ったまでだ」
「ほぉ、どうやらハンドレッドはヒーローらしくない振る舞いをするとばかり思っていましたが、やはり元ヴィランには辛辣ですね」
「ちょっと二人とも、一緒に偽者を探すんだからけんかはやめろ!」
このままじゃだめだと思って間に割り込むと、二人ともあからさまの顔を背けてしまった。あぁもう、どうしてスムーズにいかないんだ。
「うわ……仲悪」
「悠人と蒼だって、そこまで人の事言えないと思うけど」
波乱と不安と、それからかなりの心配。
かくして俺達四人は、三日間の偽者ラグナロク探しをする事になったってわけだ。
――正直、前途多難だけどな。
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