8,聞き込み

 目にものを見せてやろうなんて、あてもない言葉だなと最初は思った。

 そんな大口を叩いた蒼は教室を出ると、俺と悠人を引き連れてどこかへ向かっているようだ。迷う様子がないけど、どこを目指しているのだろうか?

「な、なぁ蒼、どこに行くんだ?」

「被害者のとこ」

「え?」

 なにの被害者かなんて、野暮な事は聞けなかった。そもそもこの流れでは聞かなくてもわかるよ、きっと偽者ラグナロクの被害者だ。

「たまたまうちの学校にその一人がいてな、昨日のうちにアポを取っておいた」

「あそこで俺達が協力を断っていたらどうするつもりだったんだよ」

 昨日って事は、少なくともこいつが俺達に会いにくる前だ。断られていたらこいつ、一人で行くつもりだったのか?

「ついたぞ、この教室が待ち合わせだ」

「聞いてないだろ」

 俺の言葉を無視するように蒼が指さしたのは、三年生の教室。俺も悠人も他学年の教室には縁がないから入るのをためらっていると、蒼は慣れたように教室へと吸い込まれて行った。

「えっと……オレ達も、行くっスか?」

「しか、ないだろ……?」

 いつもならこないような教室にドキドキしながらも、ゆっくりと顔だけを教室の中に入れる。

「なにやってんだ、こっちこい」

 蒼はちょっとだけイライラしているようだった。こいって、こっちは他学年との交流が少ないから初めてなんだぞ。

「あれ、日下くんこの二人は……」

「ん……?」

 そこでふと、気づいた。教室には蒼だけじゃなくて、他に一人が一番前の席に座りながらこちらを見ていた。多分この人が、被害者なのだろう。

「けど……」

 そこにいたのは、被害者と言うにはどこか落ち着いた女子生徒だった。

 スリッパの色が小豆色なのは、確かに3年生。どこか大人びた彼女は俺達にこんにちは、と優しくあいさつをしてきた。

「僕と同じクラスの黒宮太一と神倉悠人です……彼女は冬野治美さん、僕とは小学校が同じでな」

 今の紹介だけというのを考えると、レコードを持っているかは置いておいてヒーローやヴィランではないらしい。いや、ヴィランはないと思うけど。

「へぇ、日下くんお友達できたんだ」

「冬野さん、ちょっと黙って」

「お前サラッと友達いない事が暴露されたな」

 そんな、明らかに距離を取った振る舞いを続けているからだよ。確かに言われてみれば、同じクラスなのに今までまともな関わりがなかったけど。

 顔を真っ赤にしながらなにかを言っている蒼を無視して、一呼吸。冬野先輩へ目線を動かすと、彼女はそれよりも先に俺を見ていて。

「って、えっと、俺の顔になにか」

「あ、気分を害したらごめんなさい……日下くんのお友達って言うから、気になって」

 掴みどころのない言葉を続ける冬野先輩は、そう言いながらよいしょとその場に立ち上がる。

 あぁ、落ち着いた人だとは思うけど、スカート丈が短い辺り三年生だな。

「ちゃんと校則の範囲内だから、そんなに見ても面白くないよ?」

「……心が読めるんですか?」

「違うよ、お顔に書いてある」

 振る舞いや雰囲気から育ちの良さが見える冬野さんはやわらかく笑うと、それで、と話を切り出してくる。

「三人は、この前のラグナロクの事を聞きにきたのよね?」

「そうですけど、あれはラグナロクじゃ」

「太一」

 違うと言おうとした瞬間に、蒼が間に入る。なんでだよ、俺は正しい事を言おうとしただけなのに。

「否定したいのはわかるが、彼女はレコードを持っていない一般人だ。ラグナロクじゃないなんて見分けは付かないよ」

「そ、そうだけど……」

 自分の知っている人達があらぬうたがいをかけられているのは、いい気分ではなかったから。

 言葉をぐっとこらえながら耳をかたむけると、冬野先輩はその被害を話してくれた。


 事件があったのは、一週間前のちょうどこの時間。

 先生の手伝いで全校集会の準備をしていた彼女は、いつもなら一緒に帰っている友人がすでにいなかった事もあって一人で道を歩いていたらしい。先輩のご自宅は、学区でも西のはずれ。それなりに距離がある道だが、その中でも人通りの少ない場所で、それは起こった。

 電信柱の影から姿を出したそいつらは数人いたらしく、冬野先輩を見つけるなり襲いかかってきた。運よくかわしたけど相手はあきらめず、そのまま執拗に先輩を追いかけたらしい。


 自分達はラグナロクだと。

 自分達が、此守区を支配すると。


 そこから家までの途中でなんとかヒーローに助けは求められたらしいけど、逃げる時に腕を刃物で切られて今も傷が残っているらしい。

 

「――これが、先日のヴィランに襲われたお話」

「そんな、理由もなく襲うなんて!」

「そんななんて、ヴィランにとってはこれが普通なのでしょうね」

「っ……」

 普通なんかじゃない。だって、だってラグナロクは――

「あぁ、けど」

 やり場のない感情が俺の口から出る直前で、冬野先輩はなにかを思い出したように顔を上げた。

「怖かったかと聞かれたらそうだけど……ちょっと不思議な事があってね」

「不思議な事?」

 なんの、事だろう。

「私も此守に住んでいるからラグナロクの名前は知っているけど……あの襲ってきた人達、やけにラグナロクである事を強調してきたの。まるで、わざと印象つけるみたいに」

「印象って……」

 ラグナロクは解体をされたのに、それをさも活動を続けているように一般人へ向けて名乗っている。

「此守のヴィランはラグナロクだってみんな知っている事だから、おかしいなって思っただけ……ごめんなさい、最後のは忘れて」

「は、はい……」

 本当は、否定したい気持ちでいっぱいだけど。

 冬野先輩の意図が読めない表情を前にしたら、その言葉だって出てこない。

 言い表せないようなモヤモヤは、まるで風船みたいにふくらんでいくだけだった。


 ***


「……想像以上に、ひどかった」

「ん?」

「ご主人?」

 冬野先輩から話を聞いた、帰り道。

 偽者ラグナロクを探しながら落ちたのは、そんな言葉だった。

「偽者の事……ラグナロクは確かにヴィランだったけど、一般人には手を出さないルールだ。それなのに、冬野先輩は完全に一般人じゃないか……」

「そうっスよね……オレでも、あんなのやった事ない」

 あくまでもラグナロクは、ヒーローの敵。

 その考えを持つ父さんは、流れで一般人が巻き込まれる事はあっても被害が出る事をいつもいやがっていた。けれども今回の偽者は、自分から手を出している。そんなの、許せないよ。

「……そのお前達が許せない奴を捕まえるためにも、僕達が見つけないと」

「まぁ、そうだな……」

 蒼の言う事は正しい。偽者を捕まえるためためには、見つけなきゃ。

 前向きに考えながら、背伸びを一回。よし、頑張らなきゃ。

「じゃあひとまず、学校の周りをぐるっと」


「ぐるっと――どうするのです?」


「っ……」

 そんな中突然増えたその声に、反射的に足が止まる。

 やばい――見つかった。

「太一?」

「あ、えっと……」

 言葉を選びながらちらりと悠人に目線を移すと、俺以上に目が死んでいて額には滝のような汗もうかんでいる。あぁ、やっぱり気づいている。

「太一様も悠人も、今お帰りで?」

 声はわざとなのか……いや多分わざとだけど、俺達の反応を無視して話を続ける。

「ボスが心配されていたから様子を見にきてみれば、予想はしていましたが……」

「……えっと」

 今はなにを言っても聞き苦しいなと思いつつ声へ目線を移して、俺は慎重に言葉を選ぶ。

「俺達ももう小学生じゃないんだから、言った時間には帰ったのに」

「けれどもお父上はたいそう心配されております、太一様」

 俺の話は最初から聞く気がないのかバッサリと切り捨てた声は小さく笑うと、俺の横にいた蒼へ意識を移す。見られているのは蒼なのに、俺の方が汗をかいているよ。

「えっと、あんたは……」

 一方明らかに警戒した様子を見せる蒼に、その声はねっとりとからみつくように笑っていて。


「お初にお目にかかります、蒼様。私はライ――太一様のお父様の元で秘書をしております。そしてそこにいる二人の、お目付け役になります」



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