7,デコボコ集合!

「あ、そう言えば今日の帰り遅くなるから」

「えっ」

 半熟に火が通った目玉焼きを口へ運びながら伝えた事は、どうやら父さんにとってかなりショックだったらしい。持っていた箸を落とすと信じられないと言いたそうな顔でこちらを見ていて、言葉にならない言葉を呟いていた。

「え、あ、太一」

「この世の終わりみたいな顔しないで、明日テストだから友達と勉強をするだけだよ」

 もちろんうそだけどさ。

 そんな、ヒーローの友人と偽者のヴィラン探しをしますなんて正直に言えるわけがない。適当につくろったそれはうたがわれる事がなかったけど、そんな反応をされては俺も良心が痛む。

「夕飯には帰ってくるん、だよな?」

「帰ってくるから、待ってて」

 いい加減子離れしてくれ、甘やかしている俺も悪いけどさ。

「だいたい父さんだって、今日はなにか用事があるって言っていなかった?」

「それはそうだけど……兄さんとだから」

「あぁ、なるほど」

 父さんには一つ上のお兄さんがいるけど、仲があまりよくないらしい。

 おじいちゃんが跡取りに選んだのだって、長男のおじさんではなく次男の父さんだ。一人っ子の上にそういった跡取りとかよくわかっていない俺でもわかるよ、そんなのけんかになるって。それが理由かおじさんである父さんの兄に会った事はないけど、仕事柄か今日みたいな時に少しその存在は聞く事がある。

 けどだからと言ってそれが子離れをしない理由や言い訳にはならないし、ここで優しくしたらだめだ。自分にそう強く言い聞かせて。かきこむようにご飯をお茶で流し込んだ。あぁ、ここにいたら墓穴を掘りそう。

「とりあえず、今日は万事屋の依頼を入れられても手伝えないよ」

 ごちそう様、と手を合わせ食器を重ねながら逃げるようキッチンへ向かうと、ぬっと目の前に大きな影が現れる。

「おはようございます太一様、片付けなら私が」

「あぁおはようライ、けど自分でやるから大丈夫だよ」

 音もなくそこにいた父さんの右腕であるライはそうですか、とだけ言うと何かを考えるようにうつむいてしまった。

 ライは悠人のように、幼い頃からラグナロクに所属していたヴィランだ。俺が物心ついた時にはラグナロク内でも実力を付けていて、今や実質的な司令塔でもある。いつだって冷静沈着、ポーカーフェイスのその姿は見習いたい部分がある。

「しかし太一様、そう言いながらお皿を割られた回数は数知れずで」

「あぁもうその事には触れるな、割らないから!」

 こういうひねくれてたり言葉選びが下手な部分は、絶対見習いたくないけどな。

「太一様」

「今度はなに」

「くれぐれも、お気をつけて」

「っ……」

 その言葉で、すべてを見透かされているそんな気持ちになった。なにを気をつけろと言わないという事は、父さんには聞かれちゃいけない事。もしかして、ライは蒼の事も知っていて――

「夜道は危ない故、悠人が一緒とは思いますが怪しい人にはついて行かれぬよう」

「ライの中で俺はまだ小学生かなにかで止まってるの?」

 さすがに中学二年生だぞ、それくらいはわかる。

 俺の考えすぎだなと思いながら、溜息一つ。バカバカしくなって食器を持ちながらちらりとライを見ると、その表情はなんだか笑っているようにも見えた。


 あぁ、余談だけど――俺はこの後見事に皿を割ったよ。


 ***


「じゃあ、俺そろそろ帰るよ」

「ぼくもー」

「あぁ、じゃあな」

「また明日!」


 約束の、夕方。

 教室で他の奴らが帰るのを見送りながら蒼を待っていると、突然悠人がなぁご主人、と俺の事を呼んだ。

「なに」

「ご主人って、だいぶんお人好しっスよね」

 なんだよいきなり、ディスっているのか?

「ご主人不機嫌なのが顔に出ている、バカにしているんじゃなくて褒めてるっスよ」

 お行儀悪く机の上に座っていた悠人はひらりと降りると、あのなご主人、と調子外れな鼻歌を歌いながら言葉を続ける。

「いくらヴィランでなくなったとはいえ、オレ達はしょせんヴィラン。普通ならヒーローの頼みなんて、聞かないのものだと思うんスよ」

「そんな、あんな脅しされちゃ」

「ご主人、脅されたとしてもいやなのはいやって言う性格なのに?」

「っ……」

 反論の言葉が思いつかなくて口をとがらせると、変な顔っスと笑われた。だって仕方ないだろ、正直全部図星なんだから。

 確かに、あそこで断る事はできた。いくら俺達がヴィランだとバラされても、それだけの話。悠人はヴィランらしく自分勝手な面があるからそこまで気にしないだろうし、俺は少し気にはなるけどそれを餌にいやな事を手伝わされるのはもっといやだ。

 だからこそいつもなら迷う事なく断るだろう事だったけど、だけど――


「蒼が困っているのは……間違いないから」

 

 困っている人は、助けたい。

 たとえ形はどんなものであれその気持ちにウソはなくて、だからこそ俺はあそこで断らなかった。

「……そういうところをお人好しって言うんス、なにか反論は?」

「……特になし」

「よろしい」

 なんだか悠人のペースに流されているのはしゃくだけど、全部本当の事だからそれ以上は言わないでおいた。やってもいない勝負に負けた気持ちで肩を落としていると、ふと廊下に続くドアの方に人影が現れて。

「すまない、遅くなった」

 申し訳なさそうに教室へ入ってきた蒼はそう言うと、汗をかいたのか少し湿った髪をかきあげていた。

「全然気にしていないけど、そんなに汗かいてどうしたんだ?」

「あぁ、ちょっと職員室の前にある公衆電話にな。親に帰りが遅くなる事を言い忘れてたから」

「なるほどな」

 どうやら帰りの時間を言うのは、どの家も同じらしい。それがなんだか面白くて頬を緩めると、いやそうな顔でなんだよ、と少しトゲのある言葉を投げられた。

 そんな怒るなよ、ヒーローもヴィランも一般人も同じなんだなって思っただけだし。

「別に?」

「……まぁいいだろう、それじゃあ始めるぞ」

 少し不服な顔をしながらも、場を仕切り直して。

 蒼は呼吸を整えながら俺と悠人を順に見ると、どちらがヴィランかわからなくなるようにどう猛な笑みをうかべていた。


「ヒーローとヴィランだって、やる時はやる……偽者に目にものを見せてやろう」


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