6,少しは話を聞いてくれ

「偽者探しって、そんな……」

 誰が偽者を演じているかもわからない中で、そんなの無理に決まっている。やんわり断ろうと言葉を選んで、一回深呼吸。そうだよ、断ればいいんだ。

「悪いけど蒼、俺は万事屋のスタッフをしているわけじゃなくて」

「あぁそうそう……断ってもらっても構わないが、君達がラグナロクであった事をクラス一お喋りな浜口悟にうっかり言っちゃいそうだな」

「断る選択肢がないな?」

 それは脅しじゃん、バカ!

 いくら解体されたとは言え、普通の生活を目指している俺にとってはバラされる事自体かなり痛い。ここで否定をすればいい話だけど、火のないところに煙は立たないって言うし……あぁもう、このヒーローやる事が汚いぞ。

「……どうして、俺達なんだ?」

 協力するならするで、理由を聞きたい。

 だってそうだろ、ヒーローという立場があるならなんとでも味方はつけられるはず。それなのに声をかけたのは、俺と悠人の元敵だ。なにか、俺達じゃないとだめな理由があるかも――

「いや、ちょうど弱みを掴んだから大人しく聞いてくれるかなと。僕はそもそもヒーローに向いていないからな」

「働けヒーロー」

 そうだな、その性格じゃ向いていないよ。俺が言えた事ではないけど。

 クラスメイトでもあまり関わった事がなかったのもあり肩を落とすと、その本人はどこか楽しそうに俺を見ていた。

「さぁどうする、黒宮太一?」

「どうするって……協力するしか道はないんだろ?」

 もういいよ降参、バラされるのだけは勘弁してほしいし、街が危険ならそれを見過ごすわけにはいかないから。

 俺はそれでよかったけど、異議があるのか横からちょっと待て、と声があがる。

「ご主人、こいつはヒーローっスよ、そんな簡単に信じられるわけ!」

「悠人、もうラグナロクはないんだ……俺達にヒーローとかヴィランとかで張り合う筋合いはないよ」

 俺達はただの一般人で、ヒーローに協力する。ただそれだけの話だ。

「けど蒼、俺からも二つお願いがある」

「なんだ?」

 全部が全部蒼の言う通りの今の状況じゃ、対等には見えないし俺だっていい気分ではない。そう思いながら右手でピースサインを作り、少しだけ頬を緩めた。

「まず一つ目は情報の共有、俺達はあくまでも一般人でヴィランの情報も前みたいに入らない……だからこそ、隠し事はなしにしてほしいんだ」

「あぁ、もちろん……で、もう一つは?」

「そのフルネームの呼び方どうにかして」

「えっ?」

 二個目は想定外だったのか目を丸くする蒼が、なんだか面白い顔で自然と笑ってしまった。

「俺の事、黒宮太一って呼ぶだろ? それだよ」

「どうしてだよ、お前の名前は黒宮太一だろ?」

「それだよ、それ。せめて太一にしてくれ」

 苗字で呼ばれるのは、なんだかヴィランの血筋である事を突きつけられている気がして好きじゃない。

 蒼は一瞬だけ考えたように視線を落とすが、すぐにこちらに視線を戻しそうか、と納得したように頷く。

「なるほど……わかった、善処しよう」

「善処じゃなくて、それが条件だ」

 ここについては引き下がらないぞ。

「わかったよ、太一……それで、君はどうする? 神倉悠人」

「オレはって……わかってんだろ」

 髪をくしゃくしゃにかき乱しながら肩を落とす悠人は、俺の事を憎そうに睨みながらも力なく首を横に振る。

「オレはご主人に従うまで……ご主人がそういう考えなら、それはオレの考えだ」

「本当に、神倉悠人は上司に忠実なのだな」

「ただし、オレも条件があるっス」

 俺を真似したのだろう。ビシッと蒼を指さした悠人は、どこか勝ち誇ったように口元を吊り上げて笑っていた。

「オレの事は悠人って呼べよな、ご主人に対してできてオレにはできないなんてないっスよね?」

「なんだ、うらやましかったのか?」

「ばっ、違う!」

 絶対そうだろ、顔に書いてある。

「それじゃあ、契約成立だな?」

「あぁ、気は乗らないけど仕方ないよ」

 協力すれば、学校生活も守られるんだし。

「けどこれ、俺よりも父さんに直接依頼した方がいいんじゃ」

「だめだ……絶対に、俺達だけじゃないと」

「……?」

 やけに感情がこもったそれに首をかしげると、蒼は我に返った様子で顔を上げすまない、と素直に謝ってきた。なんだったんだ、今のは。

「なぁ蒼、お前なにか」

「いや、今のは忘れてくれ……」

 とりあえず、と話を無理やりに変えた蒼はそれ以上さっきの話に触れないよう言葉を選んでいるようで、今後の予定について話し始める。

「奴らは授業が終わった十五時以降に学校の近辺で目撃情報が多い……だからこそ、明日以降その時間に探せばきっと捕まえる事ができると思っている」

「なるほど、俺は全然いいけど……」

「オレも、ご主人がいいなら」

「じゃあ決まりだ、明日またここで……話は以上だから、僕は帰る」

「え、あ、おぉ」

 ヴィランよりも自分勝手だななんて、本人には間違っても言わないぞ。

 溜息と共に地面へ視線を落としてすぐに上げると、そこにはもう蒼の姿はなかった。

「なんだったんだ、あいつ……」

「……っス」

 忘れてくれなんて、かなり難しい注文だと思う。


 俺も悠人も、行き場のなくした感情を抱えて。

「オレ、ヒーローってよくわからないっス」

「悪いけど、俺も……」


 あいつの考えている事がわからないあたり俺もヴィランなのかななんて、そんな他人事のように蒼の事を考えていた。


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