5,とんだ貧乏くじ

「えっと、なんの事か俺には」

「とぼけない方がいい、わかっているからな」

 茜色に染まった世界の中で、目の前にいる蒼は楽しそうに笑顔を貼り付けながら俺と悠人に目線を合わせていた。あぁこれ、相当やばい奴じゃん。

「悪いが、裏山での事は見せてもらった……神倉悠人が影から出てきた時は、正直おどろいたよ」

「悠人が悪い」

「いや、感情がでかかったご主人が悪い」

「ここで罪のおしつけ合いはやめてくれ」

 若干呆れたような表情をした蒼は、品定めするように俺の顔をじっと見てきた。

「黒宮太一は【センチメント】……確か父親の黒宮浩一と同じだったかな?」

「…………」

 俺だけじゃなくて、どうやら父さんの事も知られているらしい。多分この調子だと、ラグナロクの全部を調べたのだろう。

「蒼、お前はいったい……」

 何者なんだ?

 そんな俺の気持ちを察したのか、蒼はニヤリと口元をゆがめてそうだね、と言葉を続けてくる。

「自己紹介がまだだったね、僕は――」

「お前まさか、ハンドレッド?」

「先に言うな、神倉悠人」

「ハンっ、なんて?」

 俺を置いて勝手に話を進めないでくれ。

 流れについていけずに目を白黒させていると、悠人がご主人知らないの? となんだかバカにしたような声音で教えてくれた。なんだよ、知らないのが悪いのかよ。

「ハンドレッドは此守区のヒーロー団体に所属している一人、いつも力技で解決するから本当のレコードは不明の謎が多いヒーローなんスよ」

「へぇ……」

「おい神倉悠人、こいつは本当にあのラグナロクの若頭なのか?」

「失礼な、ご主人はお前なんかより強いっスよ」

 バカバカ、けんかを売るな。

 そんな事ないよと弁解をしながらも肩を落として、小さく作り笑いをする。ただでさえ俺はヴィランとかいやなんだよ、そこにクラスメイトがヒーローだったなんて言われても、反応に困る。

「……で、そのハンドレッドさんがどうして俺達に? ラグナロクが解体されたのは知っているだろ?」

「…………そうだな、おかげでこちらはいい迷惑をこうむっているが」

「え?」

 言葉の意味が理解できなくて、間抜けな声が出た。

 此守区のヴィランが居なくなったのだから、普通ならヒーローは楽になるはずだ。それなのに蒼はいい迷惑だなんて、どうしてだろうか?

「本当にわかっていないのか?」

「えっと……ご、ごめん」

 正直な話さっぱりだよ。

 申し訳ないと言う気持ちを伝えたくて肩をすくめると、蒼は信じられないと言わんばかりに目を丸くして、けどすぐに力なく首を横に振っていた。いや本当に、なんかごめん。

「いいかい、君達ラグナロクがいなくなりこの街は外からの危険にさらされるようになったんだ……ヴィランがいないから安全なんてない、むしろヴィランとヒーローがいるからこそ、どの街も安全だったんだよ」

 話が理解できなくて首をかしげると、代わりと言わんばかりに悠人がご主人、と話を続けてくれた。

「街にヴィランとヒーローがいたら、ヒーローは一定の警戒をするしヴィランも他に取られまいと強くなる……これが一つの街にヴィランが必ずいる理由と、双方の関係性っス」

「へぇ……」

 ただ戦うだけの関係性だとばかり思っていたから、意外だなと思った。

「ラグナロクが解体されて以降此守区は外敵の出現率が異常に高いが、それだけじゃない……この街には、おそらくだが既にラグナロク以外のヴィランがいる」

 俺の家以外の、ヴィラン。

 その言葉をどう受け止めていいかはわからなかったけど、よくない話なのはわかった。

 蒼の話し方が上手いのか思わず聞き入っていると、それをさえぎるように横からまたご主人、と俺の事を呼ぶ声が聞こえる。

「もう一般人になった俺とご主人には関係ないっス……帰ろうご主人」

「わ、え……あぁ」

 どこか機嫌が悪い表情を作る悠人はそれだけ言うと、俺の手を掴んでそのまま蒼の横を通り抜けた。申し訳なさでちらりと蒼の顔を見ると、楽しそうに笑っていて……笑っていて?

「話はまだ終わっていない、神倉悠人」

「っ……」

 完全にヒーローではなくヴィランのような声音でささやく蒼は、俺と悠人が立ち止まったのを確認すると鼻歌交じりでこちらへと近づいてくる。

「なぜそんな話を、ヴィランではなくなった君達に話したと思う?」

「あっ、なんかそれ以上聞いちゃいけない気がする」

 だめだこれ、絶対めんどう事に巻き込まれるやつじゃん。

 耳をふさごうにもこの近距離じゃ、きっと意味がない。あきらめて言葉を待っていると、蒼はもったえぶった様子で目を細めて一つ一つ言葉を落とした。


「そのヴィラン達は悪事を働いてはこう触れ回っているらしいよ――自分達は、ラグナロクだって」


「それって……」

 偽者の、ラグナロク。

 父さんの万事屋転職宣言の時、そりゃもちろん動揺はあったし内心どう思っているかはわからないけど、それでも最終的に辞めたのはいないと聞いている。つまり、そんなバカな事を言うのはラグナロク内に今のところいない。

「それを聞いてもなお、なにも思わないと?」

「残念ながら思わないっスね、オレたちゃ自分勝手なヴィランなもので」

「おいこら、ひとまとめにするな」

 少なくとも俺はヴィランじゃないしヴィラン経験もないから、そこは間違えるな。

「そうか、じゃあ言い方を変えよう」

 これで引き下がってくれると思ったけど、そうでもないらしい。

 蒼は少しいやそうな反応をしながらもそうだね、と笑う。本当にこいつ、ヒーローよりもヴィランの方が向いていると俺は思うよ。野暮だから言わないけどさ。

「これは依頼だよ、黒宮太一と神倉悠人」

 そんな俺の気持ちは知らぬ顔で話は進む。

 ゆっくりと、静かに。


「偽者のラグナロク探し、一緒にしてくれると僕も嬉しいな――ねぇ、万事屋さん?」


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