4,知らぬが仏、ごまかせ俺

 市立此守東中学校は、此守区のちょうど真ん中辺りに位置する公立の中学校だ。

 生徒数はだいたい普通、校舎の大きさも普通だが唯一自然が他よりも多いのが特徴で、天然の池やアスレチックなんかもある。


「ふぁあ……眠い」

 そんな中学校の南校舎二階、二年B組と書かれた教室の席で、俺は予鈴の音を聞きながら大きくあくびをした。朝から重労働をさせられて登校なんて、眠いに決まっているじゃん。

「ご主人、寝ちゃだめっスよ」

「わかっている……」

 隣の席には、いつもと変わらない笑みを貼り付けながら俺を見る悠人がいて。本当に、なんで席替えをすると高確率でこいつが前後左右のどこかにいるんだ? なにかイカサマしてないか?

「おはよう太一くん」

「ん?」

頭上から声が降ってきたと思い顔をあげると、そこにいたのは前の席の早川汐莉。

「あぁ、おはよう汐莉」

「なんか最近眠そうだよね、気候?」

「はは、そうかも」

 全然違うけどな、だいたい父親のせい。

 そんな事口がさけても言えないから適当に話を合わせると、悠人がニヤニヤしているのが横目で見えた。お前は帰ったらしばく。

「ところで汐莉も、最近くるのギリギリだよな。どうしたんだ?」

 目の前のクラスメイトである汐莉は、少し前まで俺よりも早く登校しているそんな生徒だった。それがどうしたのか、ここ数日予鈴と共に教室へ入ってくる事が増えた。

「うんん、ちょっと今、お母さんが入院してて家の事とか弟の面倒見たりしているから」

「なるほどな、大変だよな」

 少なくとも、俺なんかよりはよっぽどな。

 脳裏でちらりと見えたデレデレ顔の父親に首を振りながら、家庭はそれぞれだななんてそんな他人事な考えをする。だめだ、うちの父さんは他と比べちゃいけないよ。

「けどこうやって学校に行けるのも、お母さんやお父さんのおかげだから……学業に差し支えはないし気にしていないの」

「汐莉はいい子だなぁ……誰かとは大違い」

「おいこら悠人こっちを見るな」

 俺に仕事をしろと言いたげな悠人から目線を逸らして、授業の準備をする。ほら見ろ、早川が不思議そうな顔で俺の事見ているよ。

「まったく、悠人の奴――ん?」

 誰かに見られている、そんな感じがした。

 ただ話しているのを見られているとかそういうわけじゃない明らかな悪寒に視線を動かしたけど、それらしい奴はいなくて。なんだよ、誰だよ俺を見ているのは。

「……ご主人?」

「…………」

 気のせいだった、そうかもしれない。

 確かに感じた視線は消えていて、俺は行き場のない感情と共に本鈴の音を聞いていた。


 ***


「ご主人、ご依頼だよ」

「本日の営業は終了なので追加料金が発生します」

「めちゃくちゃ現金な奴じゃないっスか」


 俺達以外誰もいない下駄箱で。

 当然のように俺の帰りの予定を抑えようとしてきた悠人に、俺は我ながら冷たいなと思えるような言葉で拒否の意志を示した。

 だっていやだろ。ただでさえ朝働いたんだ、帰りもなんて自分の時間がない。

「だって、ボスが帰りに伝えろって」

「あの父親をしばけば依頼は減るって事だな」

「やだご主人、力でのゴリ押し」

 冗談めかして話しかけてもやらないのはやらないからな。

 後ろで鳥のようにうるさい悠人を無視してスリッパを置くと、どうしたものかと肩を落とした。

 確かに父さんも悠人の家も仕事だから仕方ない事ではあるけど、俺としてはヴィランになる予定もないし、かと言って万事屋になる気ももちろんない。そもそもどうしてよりによって万事屋なのかわかっていないし、この状況で快く手伝うなんて言えるわけがなかった。 

「だいいち、納得していない部下だって居るだろ……ん?」

 そんな事を考えていると、ふと運動場へ続く扉の前に人影がある事に気づいた。

 さっきまで誰もいなかったはずなのに、その影は確実にこちらを見ていて。

「あれは……」

 重めのまぶたに、栗色の髪。

 俺よりもかなり高めの身長はすらりとモデルのようで、思わず息をのんでしまうものだった。

 いや、けど問題はそこではない。俺はこいつを、知っている。

 

「黒宮太一と、神倉悠人……だよな?」


「えっと……君も帰りか、蒼」

 

 クラスメイトの、日下蒼。

 ほとんどの友人をフルネームで呼ぶこいつは、その振る舞いや時おり見せる意味深な言動からちょっとした変わり者だと同級生の中でも有名だ。

「いや、僕は帰りではない」

「へぇ、じゃあ誰かと待ち合わせ?」

「待ち合わせというよりは、人を待っていた」

「…………いた?」

 待っていたなんて、なんで過去形なのだ。

 それになんだろう、このいやな感じは。

 悠人も察したのかゆっくりと俺の前に出ると、まるで守ってくれているかのように俺を背中に回して蒼へと意識を集中していた。

「そう構えるな、今日は僕も戦うための物を持っていないし……そもそもそちらはもう“やめた”と聞いている」

 やめた、そのワードは普通なら様々な事を指すけど――今の俺と悠人を前にこの言葉を出すという事は、考えられるのは一つだけ。


「ラグナロクの若頭黒宮太一と、その直属の部下である神倉悠人……間違いないだろ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る