3,どう考えても巻き添えだ

 ヴィランの時の人脈はもちろんあるけど、それでも突然前触れもなく万事屋になったのだ。すぐに仕事が入ってくるわけじゃないし、ましてや前職はヴィラン。そんな、俺だったら依頼するのをためらってしまう。

 あの素っ頓狂な宣言が四月の頭で今が五月半ばだから、だいたい一か月。

 その一か月の中で安直な父さんは考えた結果、ある結論を出す。


 ラグナロクの中でもっとも一般人である俺に、仕事を手伝わせるって事を。


「ご主人、こっちっス、キビキビ動く」

「やだ、朝から労働……」

 影の中から動かされては逆らえなくて、疲れきった顔を作りながらも足は勝手に動いている。

 そうやってほぼ無理やり悠人に連れられていやいやたどり着いたのは、中学校の裏山で。

「ご主人だってレコード保持者なんだから、活用しなきゃだめっス」

「少なくとも今が活用するシーンとは思えないし、歩きたくないって理由で活用している人には言われたくないかな」

 今だってそうだろ、影の中から俺を使ってさ。

 そもそも、みんながみんな自分のレコードが好きというわけじゃないと思う。だって、少なくとも俺は――

「あ、あそこっス!」

「うわ!?」

 突然視界がぐるりと動き、考えていた事が全部頭のどこかへ飛んでいく。

 何かと思い足元を見ると、悠人が俺の影から顔を出しながら指をさした先。いつもなら人気が少ない山のふもとに、なにやらガサガサ動く影を見つけた。

「えっと、この子は……」

 イノシシとかの農作物を荒らす動物用のワナにひっかかったそいつは、明らかに普通ではなかった。

 耳はウサギのようだけど、顔や身体はコウモリのようで。一般向けの動物図鑑には載っていないようなこの正体を、俺は知っている。

「ご主人のお察しの通り……レコードで作られたヴィランの使い魔っス」

「なんでまた、こんなワナに」

 通常なら使い魔は、ヴィランの傍を離れないものだ。それがどうしたのかこの子は、周りに主人らしい主人がいない。

「ご主人様のお使い中だった見たいっスねぇ、気の毒に」

 ギーギーと鳴く声は痛々しくて、聞いているだけで苦しかった。

「で、どうするんスかご主人……助ける?」

「そりゃ、もちろん」

 助けるよ。

 そう答えようとした時、草木の間からその使い魔よりも何倍も大きい影が顔を出す。なにかと思い目をやると、そこにはいかにも怪しげなローブを身にまとった男がいて。

「あぁ若様、このような事にお手をわずらわせてしまい大変申し訳ありません……!」

 どうやら、この使い魔のご主人様らしい。

 両手いっぱいに抱えた傷薬は自分の使い魔の身を案じているようで、どうしようかとオロオロしながらも使い魔に寄り添っていた。

「私がいけないのです……私は毒薬などを専門に扱うヴィランでして、今度の仕事に必要な薬草があったのですが手が離せず、それでお使いを頼んだらこのように……」

「いや、それは気にしていないけど……早い方がいいですよね」

 事情がわかれば、じゅうぶんだから。

 使い魔の目線へ合わせるように腰を下ろすと、そっと動かさないようにワナの形を見る。あぁこれ、レコードでコーティングされている。なるほどね、これじゃ素手では壊せない。

「仕方ないか……」

 そっと右手を差し出して、呼吸を一つ。

 使いたくないけど、これしか方法なさそうだし。

「ご主人、“それ”きらいじゃなかったっスか?」

「もちろんきらいだけど……痛そうなのを見るのはもっときらいだし、そう仕向けたのは悠人だろ?」

 力を込めて、感情の波に沈めて。

 手のひらに生まれた無機質な黒い塊は波打っていて、使い魔を苦しめるワナを絡み取っていく。

「ちょっとだけ苦しいかもだけど、ごめんな」


 瞬間――使い魔の叫びと禍々しいナニカが交わり裏山を支配する。


「うっ……ご主人ちょっと感情が大きい!」

「仕方ないだろ、最近父さんのせいでストレスすごかったんだから!」

「仕事でストレス発散しないで!」

 人の耳には少しキツかったようで、ローブのヴィランも悠人も耳をふさいでしまう。そういう反応するなら、最初から俺に依頼するな。

「……ほら、終わったから」

 ゆっくりと手を離すと、そこにはもうなにもない。使い魔も最初は半信半疑で俺を見ていたけど、ワナが取れているのを確認すると嬉しそうにローブのヴィランへ飛びついていた。

「あぁ、ごめんな、ごめんな!」

「この裏山イノシシ多いって聞くし、一人で行かせるのはしばらく控えた方がいいですよ」

 朝からやるとは思っていなかった余分な仕事に、小さく溜息を落とす。右手でグーパーを繰り返して手にまとっていた黒いそれを消すと、立ち上がりながら使い魔に付いていたワナの破片を草むらへ蹴り捨てた。


 これが俺のレコード、【センチメント】。

 右手に生み出した感情の塊を使用して物を破壊する能力は、いかにも悪役が使いそうなものだから正直好きではない。それにこれ、感情が溜まっていないと使えないし。


「若様、このお礼は必ず」

「あぁそういうのはいいから、じゃあ俺達授業があるので!」

「ご主人、これボスへの依頼で」

「じゃあ、父さんにお礼はお願い!」

 あくまでこれは手伝い。父さんの万事屋が軌道に乗るまでの、期間限定の手伝い。だからお礼なんて言われても俺は困るし、俺だって学業を邪魔されるのはごめんだ。

 そんな事を考えながら悠人の腕の掴んで地面を蹴り、裏山を猛スピードで降りていく。

「悠人、門が閉まるまであとどれくらい!?」

「十分もあれば余裕っス」

「楽勝じゃん!」

 よし、今日も遅刻は回避できた。

 ローブのヴィランと使い魔を置き去りに、俺達は目の前に見えている校舎へ向かって全力で走り出した。


 ***


「…………今のは、確か」


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