願望

「そんなものいらないわよ! ゲームなんてやらないから! ここから一歩も動かないわ!」


 アデライドが叫ぶ。それはおそらくほぼ全員の代弁だろう。


 しかし残念だが、その選択肢があったのは、十五年前だ。ひとたび殺人ゲームが始まった以上、ゴールまでやり切るしかない。


 僕の読みを補強するように、ジェラールも恐ろしい一言を返してくる。


「じゃあ君達も僕と一緒に、この場所に永久に閉じ込められてみる?」


 一瞬で、場が凍り付いたように静まった。

 ジェラールだけが、淡々とした様子で首を横に振る。


「僕はいやだよ。僕がここから解放される道は、君達を全員殺すしかないんだから。本当に辛い決断だけど、僕はもうやると決めている。この十五年間、考える時間だけはうんざりするほどあったからね」


 そして更なる情報で逃げ道を潰していく。


「それと、96時間たてば勝手に退館させられると思ってるかもしれないけど、時間切れを狙うのは無駄だよ。この場所に来てしまったら最後、決着まで二度と外の世界には出られない。だって、どういう理屈かなんて知らないけど、この空間は時間が止まっているのだからね」


 みんなの顔に絶望が浮かぶ。


「君達が外の世界に帰る方法は、僕を殺すことだけだよ」


 追い詰めにかかっているジェラールは、唯一の脱出方法をはっきりと告げた。そしてジェラールショーはまだ続く。


「さて、最初の犠牲者は誰にしようか――なんて、悩むまでもないよね。さっきも言ったけど、弱いところから攻めていくのがバトルロイヤルのセオリーだ」


 最初に、倒れたまま意識のないクロードに視線を向け、それから次に子供達を見る。


「クソがっ……」


 ヴィクトールの罵声が聞こえた。


「おお、怖い怖い。僕は年寄りだから、反撃する気満々の若い男は最後に残しておくよ。今は自力で目覚めた大して役にも立たない軽い念動力しか持っていないけれど、何人か殺せば、その数だけ魔法を得る。チェンジリングの王が遺産とするくらい強力なやつだ。お前を簡単に殺せる能力もいくつかはあるだろう」


 言ってから、わざとらしくポンと手を叩く。


「ああ、でも、イネス。お前を殺せば、『完全防御』は僕のものだね。じゃあ子供より先に行くのもありかな。イネスを殺せば、僕の勝利はほぼ確定するよね。残りはノーリスクで片付けられる」

「お、お父さんっ……どうして!?」


 矛先を向けられたイネスは、優しかった父親の信じがたい発言に、涙を浮かべた。


 その様子を観察しながら、これはいよいよ短期決戦で決めないといけなくなったようだと覚悟を決める。

 戸惑っているうちはいいが、時間が立てば腹をくくって行動に移す者も出てくるだろう。ここまで追い込まれたら、誰がどんな選択をするか、何が起こるか、分かったものではない。


「おばさん、しっかりして! こいつ狂ってるわ! おばさんが知ってる父親とはもう別人なのよ。頭がおかしくなきゃ、こんなことできるはずないでしょ!?」


 アデライドが、動揺するイネスに叫ぶ。


「…………」


 目の前で繰り広げられている、大真面目でありながらお安い三文芝居に、僕は思わず眉を顰めてしまった。


 僕も人のことを言えた義理ではないのだが、なんなんだこの茶番は――一連の言動を観察してきて、それが今の僕の率直な感想だった。


 一体どういうつもりだろう。ジェラールの出方が、僕の想定と随分違っていた。

 僕達に共存の道はない。彼一人の死か、僕達全員の死か――必ずどちらかが達成されなければ、軍曹の仕掛けたゲームは終わらないのだ。


 転移の直後から手錠をはめられていたものだから、彼の選択は僕達の殲滅だと思ってしまったが、話を聞けばそれはゲームの仕様らしい。とすると彼の言動は、なんとも不自然な印象が拭えない。

 これじゃまさに物語に出てくる絵に描いたような像じゃないか。

 謎解き編のフィナーレで、関係者に囲まれながら華々しくスポットライトを浴びて、自己顕示欲満載に独白する犯人そのものだ。現実にやられたら奇妙でしかない。


 僕が彼の立場だったら、こんな悠長に一人語りするような厚顔無恥な真似などとてもできない。まさか『女王の亡霊です』なんて自己紹介を白々しくしてくるとは。正直呆気にとられた。 

 そもそも合わせる顔がないし、悲しませ、苦しめるだけの無意味なダメ押しをするくらいなら、何も言わずひと思いにさっさと行動に移す。イネスがキトリーにしたように。

 別に愉快犯や快楽殺人者でもない彼は、この何の生産性もないやり取りに、何を求めているのだろう?


 一つ断言できるのは、彼はアデライドが言うような狂人ではない。まるでそのように見せかけているが、彼は狂わない。

 狂わないし、もっと言えば死なない。


 彼を殺せるのは、ゲームのルール内においてのみ。それ以外で、時間の停まっている彼を殺すことはできない。それが彼に課せられたルールだ。ともかくその点は、軍曹の肖像の裏面で確認できている。不老不死は古来から人類の憧れだが、八十歳でのそれは完全な嫌がらせなんじゃないだろうか。


 だから、十五年もここで一人でいて、何でもいいから家族と会話がしたかったとか、メンタルがおかしくなっているとかも違う。変わらないのではなく、変われないのだ。

 ひどい目に遭わせた負い目からくる弁解とか、理解してほしかったとかいうなら分からなくもないが、それならこんなに一方的に煽るやり方はおかしい。

 やっと会えた親族に、何故ここまではっきりと敵対姿勢を示すのか。


 彼は何か目的があって、あえて計算して狂人をやっている。獲物を恐怖に陥れる、頭のイカレた殺人鬼を。

 それは何故か。必然性を考えてみる。


 ――うん、そういうことで、いいのかな?


 こんな風に振る舞う意図を探り、一つの結論にたどり着いた。

 どうも僕は、ジェラールの願望を読み違えていたようだ。彼の選択肢は、大きく分けて二つあるが、僕としては可能性が低いと考えていた方が彼の本意だったらしい。

 だから、こんな茶番を始めたのか。


 だがまあ、僕には関係ないなと、即座に切り捨てる。

 お前の思惑など知ったことか。僕のやることは変わらない。お前がそう出るなら、せいぜい利用してやればいい。


 いますぐ終わらせてしまおうと、決断した。

 もう、状況をうかがって無駄に時間を食うことに意味はない。誰かが手を汚してしまう前に、僕が片付けてやる。


 魔法が使えないのは、この手錠のせい――その情報さえ分かればもう十分だ。考察しかけていたゲームの内容すら、もはやどうでもいい。

 その話が出た時から、すでに次にやることを決めていた。


 今一番の問題は、魔法が使えないことだ。そして、その原因が手錠にあることも分かった。

 手錠を外す方法なら、目の前にある。


 思わず、ちらりとジェラールを睨みつける。彼はうっすらと笑みを返してきた。


 まったく、実に癇に障る奴だ。ずっと僕達を観察していたお前なら分かっているだろう。こんな状況から脱する決断を、僕ができる人間であることなど。

 ああ、本当に腹が立つ。


 何だったか、昔観たホラー映画でこんな場面があったなあなんて、軽く現実逃避しかけて、いや今は横道にそれてる場合じゃないなと集中する。

 迷う時間も惜しい。クロードの容態も気になるし、どうせやらなければならないなら早い方がいい。


 僕は記憶している多種多様な展示物の武器の中から、鉈を思い浮かべた。

 片手でも一刀両断できる威力の武器が望ましい。今の僕は非力で不器用だから、重くて刃渡りの短い手斧よりこっちの方がいいだろう。


 すると口にしなくても、僕の意思に従ってクマ君が動き出し、どこからともなく現れた鉈を、空いているいる右手に手渡してくれた。そしてまた後方へと下がる。


 僕が真っ先に動き出し、迷わず武器を手にしたことに、周囲は騒然として身構えた。反射的に鎖の長さ限界まで数人が距離を置く。

 少々心外だ。僕があんな挑発に乗せられるわけがないじゃないか。


「そんな怖がらないでください。鎖が切れないか、ちょっと試してみるだけですよ」


 いつものようにマイペースな冷静さを装って、落ち着かせる。


 当然今回も僕は、思いつく中で一番合理的で確実な手段を粛々と実行するだけだ。

 みんなは下手なことなど考えず、ただ僕のやることを見ていればいい。

 すぐに終わらせる。

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