糸口

 これの有利不利は、記憶力や注意力次第になってくるわけだな。

 漫然と過ごしていて、どんな武器があったか思い出せないと、不本意な選択肢しかなくなってしまうということじゃないか。ジュリアン辺りなど、三節棍とかモーニングスターとか、インパクトばかり強いが到底使いこなせない獲物ばかり覚えていそうだ。無理に使えば、すっぽ抜けて明後日の方向に飛ばすか、振り回した先端を自分に当てるかの二択しかなさそうだ。いや、それ以前に、ナイフのトラウマで、武器自体持てないかな? 彼にとってはその方が幸せだろう。


 しかしさっきの説明だと、ジェラール対子孫全員では、バトルロイヤルと表現するのはいささか無理がある。当然何らかのルールがあるのだろうと、続きを待つ。


「これだけ聞くと、僕が不利すぎると思うだろう? 全員対年寄りの僕一人なんて。でも、そうでもないのさ」


 そう言って、ジェラールは自分の手首を触るジェスチャーをする。僕達の手錠を揶揄するように。


「君達の鎖は、その場からほとんど動けない長さしかないだろう? でも面白いことに、自分の両隣の人間の下へだけは伸縮自在で行けるようになっている」


 その説明を聞き、皆反射的に数メートル離れた場所にいる自分の左右の人物を確認する。ちなみに僕の右隣はルネ、左隣はクロードだ。戦力としては一番弱いところと言える。

 すでにおおよそのルールが読めてきて、胸糞が悪くなる。


「ふふふ、何人かはその意味が分かったようだね? そうだよ。僕の下には来れないけど、隣になら行けるんだ。そして、一人殺すごとに、ランダムに魔法が一つ手に入る。そして脱落者が出れば、もう一つ先の人間が新たな隣人となる。君達十人いるから、最大で九つの魔法がもらえるね。そして最後に残った隣人となる僕を殺した者が、残りは総取りってわけさ」


 声にならない恐怖の悲鳴がいくつも上がる。


「ただし近付けるのは片方の隣人にだけ。一対一の構図になった時点で反対隣は近付けなくなるから、挟み撃ちとかはできない。そして近付いてから三十秒間殺意を込めた攻撃行為がなければ、手にした武器は五分間没収で消え失せ、移動場所から定位置に引きずり戻される。両隣のうち弱い方から潰していくのがセオリーかもね。魔法を得るほどに戦いも有利になるだろう。ちなみに僕は、君達に取り囲まれた円の内側なら、自由に動き回れるんだ。誰から狙おうか検討中さ」


 軽い口調に釣り合わない酷い内容に、みんな気持ちと理解が追い付いていかない様子だ。 


 軍曹はここに来ても、ジェラールが言う通り、本当に一族全員の殺し合いを求めているのだと、僕も忌々しさを禁じ得ない。


 たとえば、戦う意志のない僕と右隣のルネが二人で協力して寄り添えば、他の人間は近寄れなくなる。しかし本気で殺し合いをしない時間が三十秒続けば、手ぶらで元の場所に戻されてしまう。

 適当なチャンバラでお茶を濁そうにも、本気か真似事かはクマ君がいるから誤魔化せない。多分その判定のために、各自いまだに後ろに控えているのだ。


 結果、反撃手段を失った五分の間に、反対側の隣人がどう出るか。確実に自分が勝てるチャンスを、みすみすやり過ごしてくれる保証があるだろうか?

 それを考えたら、下手な逃げも打てない。

 かと言って動かないまま膠着状態が続けば、いずれ我慢できなくなる者は出てくるはずだ。


 幸いと言うべきか、僕の反対隣は意識のないクロードだからひとまずは安心だが、更に向こうの隣にいるのはヴィクトールだ。その気になったら、すぐにもクロードにとどめを刺して僕の下に到達できる。彼は父親の洗脳から解放されてまともにはなったが、そもそもまともな人間も狂わせてしまいかねない異常な状況だ。楽観などとてもできない。


 その上、当然意図的にだろうが、家族が隣り合わない配置になっている。僕の対極がアルフォンス君なように、ルネの対極はギーで、みんなおおよそそんな感じに散っている。

 つまり両隣とも他人だから、気が抜けない。


 それ以前にいつジェラールのターゲットになるかも分からないのだから、最低限の抑止力としても武器を持たない選択肢はない。思うだけで欲しい武器が入手できるという、とんでもないハードルの低さも悪材料だ。

 安易に武器を手に取って使える環境は、むしろこちらにとってマイナスでしかない。世の中の二病罹患者にとっては夢のような設定だろうが。


 いくらなんでも、ルール通りに隣の人間を殺すなんてできない。

 かといって、この距離から武器でジェラールを攻撃しようと思ったら、現状は、刃物の投擲か銃器や飛び道具しかない。


 だが、そんなものそうそう当たりはしない。

 素人が慣れない飛び道具なんて扱ったら、フレンドリーファイアになるのが関の山だ。

 特にこの状況だと、心理的なブレーキは相当大きいはずだ。なにしろ全員が、ジェラールを挟んだ対角線上には、自分の一番大切な人が位置している。さすがに考えなしのジュリアンだって、標的を外したら後ろのアデライドに当たりかねない位置で、殺意を込めた攻撃になど踏み切れないだろう。ただでさえクロードに当てたばかりなのに。

 あと、まだ未確認とはいえ、ジェラールは念動力を持っているだろう点も、どう作用してくるか……。


 とはいえ、自分はやらないとどんなに思っても、殺される恐怖があればやはり武器を取らざるを得ないし、ひとたび武器を取ってしまえば、襲ってくる相手に、自衛だけでは決してすまなくなる。

 追い詰められればやられる前にやってやると、覚悟も決まる。


 無駄に時間を置けば、必ずどちらかの、あるいは双方の血が流れることになるだろう。


「ああ、ちなみに、イネスとコーキを殺した場合は、今持っている魔法がそのまま譲渡される。特にすでに二つ魔法を持っているコーキは、ターゲットとして美味しいよね」


 ジェラールがニヤリと僕を見る。


「そ、そうだっ、コーキさん、魔法で瞬間移動ができるんでしょ!? 逃げられないの!?」


 ジュリアンがはっと思い出したように助けを求めてくるが、僕は首を横に振る。


「さっきから試していますが、ここでは魔法が使えないようです。イネスさんは?」

「私も、多分使えてないと思うわ」


 イネスも悔しそうに首を振る。せっかく孫を守るために選んだ完全防御が役に立たない。


「ははは。魔法を使ったらフェアじゃないだろう? その手錠をしている限り、スタート時点での条件はみんな一緒さ。が魔法を封じているからね。ただし、ゲーム開始後、相手を殺して新しく得た魔法は、戦利品として使える設定になっている。運が良ければ、一人目で攻撃力のある魔法が手に入るかもね。そうしたら、一人の犠牲で僕を殺せるかもしれないよ?」


 僕は思わず目を見張った。

 今、勝負を決定付ける情報が出た。ルール説明ではでたらめが言えないと言っていたが、それが事実ならはっきりと僕の勝ち筋は見えた。


 うっかりなのか意図的なのか、真意を測りかねてジェラールを観察すると、意味ありげに笑って僕を見返してくる。


 わざとだ。


 ゲーム開始のために伝えなければいけない情報だったからだとしても、自分を不利にする情報を出したのに随分余裕な態度だ。負けない自信でもあるのか?


「これで、一通りの説明はできたかな? じゃあ、遺産獲得のチャンスに挑戦しようじゃないか」


 僕の疑念をよそに、ジェラールは煽るように呼び掛けた。

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