最終ゲーム

「まずは最終ゲームのルール説明かな? ジェイソンからの指定でね、これを僕からきちんと正しく伝えないと、ゲームが始まらないんだよ。もちろんでたらめなんて吹き込めないから安心していい」


 彼の言葉に、僕は内心で舌打ちする。

 ルール説明は不可欠ということか。

 ジェラールを殺した者が遺産を総取りできることは、アルフォンス君ですら知らなかった情報だ。できるならその情報が他に認知される前に、それこそゲームなど始まる前に、ジェラールを始末しておきたかった……。


 アルグランジュでも、遺産目当てでの殺人は相続資格を失うのだ。

 まあ、あくまでもそれは法的なことで、ここで強制的に押し付けられる魔法が外の世界でどういう扱いになるのかは知らないし、そもそも遺産など受け継げなくても構いはしないが、問題は他にある。

 正当防衛での殺人も視野に入れている身としては、殺しの動機として疑われるどデカい材料の存在は甚だ不都合だ。マリオンの時のように、望んでもいない遺産のせいで、計画殺人を疑われてはたまらない。


 更に言えば、遺産目当てに殺人も辞さない人間はすでに先のゲームでふるいにかけられているとはいえ、やはり目の前に巨大な人参をぶら下げられた結果、魔が差して食い付こうとしてしまう者が出ないとも限らない。

 それで十五年前の悲劇が起こったのだから。

 ちなみにマリオンの場合は、記憶映像から辛うじて殺人は証明されたことになっていても、動機の証明まではされていなかったので、相続資格はそのままだった。


 ともかく僕がなんとか最小限の被害で収めてみせるから、誰も余計な真似はしないでくれというのが本音だ。ここに残された者達の中に、罪びとはもう一人もいない。

 僕だってこれ以上の悲劇は避けたいのだ。


 最小限の犠牲――ジェラール一人の命で。


 僕の切実な決意をあざ笑うかのように、当のジェラールは何事もないように続けようとする。


「ええと、じゃあ、ルールの説明だけどね……」

「ちょっと待ってよ、お父さん!?」


 イネスとベレニスがたまらず割って入る。


「一体どういうことなの!? 今まで何してたの!? お父さんが『女王の亡霊』ってっ……何があったのよ!」

「ゲームって……まさか本当にお父さんが、今までのゲームを仕掛けてたの!? レオンやベルトランを殺したって言うの!?」


 愛する父親の豹変ぶりが信じらずに、彼女達は問い詰める。

 それに対し、ジェラールは悪びれた様子もなく肩をすくめた。


「言っておくけど、僕が望んでやったわけじゃないからね。僕だって巻き込まれた被害者さ。全部ジェイソン・ヒギンズが仕組んだことだから」


 この世に残された自分の全子孫の視線を一斉に浴びながら、彼は心外だとばかりに質問に答え始めた。


「昔、ジェイソンと財産のことでちょっとした行き違いが起こってね。怒った彼女から、一方的な賭けを押し付けられたのさ。僕の血を引く人間が全滅したら、遺産は全部やるってね。で、ここに閉じ込められて、ゲームを強いられることになったわけさ。ひどい話だよ」


 あんまりなことを、あっさりと言われ、皆、絶句している。

 僕は軍曹の肖像で知っていたので静観だ。肝心な部分を大分はしょってはいるが、一応嘘はない。

 ジェラールだってこんなことになるとは思ってもいなかったろう。その意味では確かに、自己申告の通り彼も被害者ではあるのだ。


 これまでだったら僕も話をひっかき回すために参戦しているところだが、今は無言で見守る姿勢に徹する。

 さすがの僕も、これから殺すつもりの相手と、特に必要性もないおしゃべりをあえてこなしたがるほど、神経は太くないのだ。ただでさえ自分の仇でもない初対面の老人を、たとえ悲劇のきっかけを作った元凶だからといって、進んで殺したいわけでもない。

 できるなら会話も、目を合わせるのすらも遠慮したい。欠片の情も感じずに済ませられるように。

 可能な限り、ただの作業として速やかに終わらせてしまいたかった。僕は自分で思っていたよりもずっと繊細だったようだ。


「なんだよ、それ! 俺らは関係ないだろ!?」


 我に返ったヴィクトールが責めるように叫んだ。


「ねえ? 僕の血を引いてるせいでとんだとばっちりだよねえ、ごめんね?」


 ジェラールは他人事のように口先だけの謝罪をする。


「その代わり君達も、僕一人を殺せば遺産が相続できるよ。山分けか誰かの一人勝ちかは、ゲームの結果で変わるけどね」


 さもすごいだろうと言わんばかりに補足し、自分を取り囲む全員をぐるりと見まわして、話に戻った。


「じゃあ、今度こそ説明するよ。簡単に言うと、君達が僕を殺せば君達の勝ち。僕一人が生き残れば、僕の勝ち。武器は、屋敷に展示されていた中から、どれでも好きなものを思い浮かべて選べばいい。君達の専属テディベアが渡してくれるよ」


 とんでもない話をさらりと伝えてくる。

 つまり僕達に武器を取って直接殺し合えというわけだ。十五年前のように。


 これまでと違って、自らの手を汚せという要求に、誰もが怖れ、困惑する。

 そんなこと、できるわけがないし、やるわけがないだろうと。


 そんな思いを読んだのか、ジェラールはお手上げとばかりに肩をすくめる。


「ジェイソンは僕達が殺し合うことをご所望なんだよ。残念ながら、最後のゲームだけは初めから決められていて、選択の余地がない。ジェイソン企画の遺産相続会は、バトルロイヤルで始まって、バトルロイヤルで終わるというわけだね」


 彼の言うのゲームに関しては、ゲームが選ばれなかった場合のデフォルトのことだ。

 十五年前、ゲームの存在に誰も気付けず、知らない間に勝手に始まっていた。残り三時間で初めてそのルールが開示されても、誰も乗らなければそれで終わったはずだったのに、始めてしまった馬鹿がいた。


 そして決着も、やはり残った者達での殺し合いが要求されている。

 しかも十五年前と違って、思い浮かべるだけで好きな武器が手に入れられるというのは厄介だ。どんな武器が選ばれ出てくるのか、予測できない。

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