監視者
しかし今は感傷に浸っている場合ではない。すぐさま魔法の発動作業に移る。
ようやく接触できたのだ。
欲しい情報はすでに大体得ているし、だらだら相手をしてやる必要はない。僕のターゲットが目の前にいる。遭遇した瞬間には殺そうと、初めから決めていた――のだが……。
「……っ」
待ち望んでいたこの瞬間に、魔法は完全に不発だった。
ホラ吹きゲームに挑んだ時と同じ感触だ。魔法が使えない環境下ということか。
内心舌打ちをしながら、状況が変わるまで様子を見る方針に切り替える。
目指すべきジェラールの殺し方について、僕は三パターンあると考えていた。
最善は、こっそりと魔法を使って、不慮の事故に見せかけることだ。
しかし魔法が使えない可能性もあり得るので、直接手を下す事態も視野に入れてはいた。
そのうちの次善は、やはり事故死の状況を作ることだ。どうせ機動城での現場検証などできやしない。証言による状況証拠しか手掛かりがないなら、それなりにやりようはある。
しかし全員の目が揃ったこの環境でそれは難しいだろう。
そうすると最後の手段を取らざるを得ないかもしれない。
それは、あくまでも追い詰められた演出をした上での、正当防衛による殺人だ。
誰が見ても、「あれは仕方がなかった」と思わせるレベルで、あえて衆人環視の中、堂々とやり遂げるのだ。
陰でこっそりとやって、誰の犯行か分からないという疑いを残すくらいなら、そちらの方が遥かに面倒がない。僕の行った殺人の罪を、別の誰かが被る余地など絶対にあってはならない。
僕には『転移』と言う切り札があることも公になっているし、仮に罪科が付きそうだったとしても司法取引でどうにか有利な結果をもぎ取れるはずだ。
本当に必要に迫られれば、もちろんその最終手段も実行するが、いずれにしても、極力僕の立場が守れる道筋をしっかり見極めて、どの選択になろうとも臨機応変に動けるような心積もりでいよう。
「これはジュリアンのお手柄だね」
呆然とする子や孫、ひ孫達の視線を浴びながら、ジェラールはまるで普段から付き合いがあったかのような自然な物言いで続ける。
「昔から粗忽な子だったけど、今回は素晴らしいファインプレーだったね。まさか選定会二回目でここにたどり着けるなんて、嬉しい誤算だ。僕もさっさと決着を付けたかったんだよ。なにしろもう十五年も待たされてたんだから」
発言の意味が理解できたのは、僕と辛うじてアルフォンス君くらいだろうか? 多分この最終決戦の場に立つための条件をクリアした件について言っているのだろうが、情報がまったくなかった他の面子にとっては、これまでのゲームの続きにしか見えないはずだ。
それだけに、移動した場所がサロンではなく、今までいなかった人物がいきなり登場した変化に、みんな戸惑っている。
「えっ! だっ、誰ぇっ!?」
知らない老人に突然名指しされたジュリアンが逃げ腰で叫ぶ。
初っ端のモニター群を見た後では、どう考えてもストーカーにしか思えない相手から、さも昔から知っている親戚の叔父さんかのように語られて、ちょっと涙目だ。映像から分かる通り、三歳当時からずっと成長を追われていたともなれば、尋常ではない気持ち悪さだ。
娘であるベレニスとイネスが一目で分かったのは当然だが、面識のない他の者も、さすがに映像などで見知っていたり、ベルトランとよく似た風貌から、彼が誰なのか推測はできたようだ。粗忽なジュリアン以外は。
本来ならすでに九十五歳にもなるはずだが、その容貌は行方不明当時と少しも変わっていない。なんなら長男のベルトランと同世代に見えるほどだ。
ジェラールは周囲の反応などまるで気にせず、飄々と続ける。
「ジェイソンの悪辣なルール設定でね。この場所にたどり着くための条件は、『予選ゲームをクリアして僕への挑戦権を得た後、遺産相続人候補者全員が揃った場で、僕との最終ゲームを求めること』だったんだよ。ひどいよね。そんなの、ノーヒントから始めて、何十年かかるんだって話じゃない? 第一回目の十五年前なんて、ジェイソンの母国語を把握してる人だって一人もいなかったのに、まずどうやってここにいる僕の存在を知るんだよ。ゲームの展開次第では、僕の子孫が全滅する方が早かったかもしれないよね。まあ、あいつにとってはそれでもよかったんだろうけど。だから、今この場に生き残り全員が揃ったのは、ジュリアンとアルフォンスのお手柄ってことだね」
姿を隠していた謎の監視者の登場――誰もが警戒を高める中、やっぱりジュリアンは相変わらずだ。
「だから、誰!?」
腰が引けながらも、もう一度問い返す。
「ああ、分からないかい? お前の、ひいおじいちゃんだよ。――それとも、『女王の亡霊』と言った方がいいかな?」
ジェラールは、笑顔すら浮かべて答えた。
「相応しい呼び名を付けてくれてありがとう、アル。まさに僕は、ジェイソンの作り上げた亡霊だ。ここから、ずっとお前達を見ていたよ。十五年前から、片時も休まず、ずっと」
薄々分かってはいた答えでも、はっきりと言い切られるとやはりショックを受けるらしい。親族達の動揺が、離れていても伝わってくる。
僕自身、予想とは大きく違っていた彼の言動に、少なからぬ戸惑いを覚えている。
一体何を考えているのか、僕にもまだ読めなかった。
その笑みは、静かだがどこか狂気めいて見えた。
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