離脱

 数秒後、強制転移の予兆の感覚と同時に、駆け寄ってくるアルフォンス君の姿が視界に入った。しかしその手が届く前に、すっかりお馴染みとなった奇妙な浮遊感が来る。


 機動城からの離脱だ。


「皆様お疲れ様~~~」

「遺産相続と無事の生還、おめでとうございます」

「これにて全プログラムは終了だ!」

「ジェイソン・ヒギンズの館もようやくお役御免となったよ!」

「けっこうぶっ殺し損ねちゃったわね。じゃあね~~~~」


 クマ君達が口々に、締めの言葉を告げていく。最後のはやっぱりゴスロリちゃんだ。


 これで永遠のお別れとなるようだ。


 最後の一瞬、クマ君に視線を向ける。

 彼も射撃の手を止めて、僕を見返していた。

 表情などあるはずのないその顔は、何故か優しく微笑んでいるように見えた。


 この思いは、君に届いているのだろうか。――ありがとう、僕のクマ君。

 心の底から、君に感謝を。


 次に目を開いた時には、本物の空の下にいた。


 さっと周りを見渡せば、ジェラールを除く全員が、出発した日と同じ場所に立っていた。クロードだけは倒れているが。


 予定より早いタイミングで突如姿を現した僕達に、待機していた様々な組織の人達が慌ただしく動き出す様子がうかがえる。


 機動城の客室に置いてあった荷物や、しまっていなかった私物が足元に散乱している。十五年前と同じく、機動城に持ち込んだものはすべて返却されているのだろう。おそらく電子データ以外は。


 そして何より、行方不明とされていた四名、更には新しく増えた三名の遺体も、足元に横たわっていた。

 けれど、その中にジェラールの遺体だけは見当たらず、密かに安堵する。もしあれがあったら、僕の持ち得る限りの力を駆使し、何をおいても証拠隠滅していたところだ。


 振り返って仰ぎ見れば、威容を誇っていた機動城は、侵入者を堅く拒んでいた鉄柵ごときれいさっぱりと消え失せ、だだっ広い更地だけが目の前に広がっていた。

 まるで昔話の狐に化かされた話のように思えたが、全部現実だったことだけは確かだ。


 軍曹は、ジェラールだけを道連れに、役割を果たし終えた機動城を完全にこの世から消し去ったのだろう。

 全ては、彼の描いたシナリオ通りに。


 ――ああ、本当に終わったんだ。


 安堵とともに、何とも言い難い喪失感のようなものが胸に去来する。

 みんなの反応は、呆然としていたり、喜びを爆発させたり、安堵で泣き出したり、身内で抱き合ったりとそれぞれだ。


 しかし最初に動き出していたのはアルフォンス君だった。

 最後のひと仕事とばかりに、解放された親族一人一人の安否を手早く確認していた。

 そして最後に、僕を見た。


「コーキさんっ!」


 真っ直ぐ駆け寄ろうとしたアルフォンス君の足が、その瞬間停まる。

 数メートル離れた場所で、信じられないものを見るような目を、僕に向ける。


 僕がかすかに残った魔力を振り絞って、魔法でアルフォンス君の足をほんの数秒だけだが止めたのだ。

 僕の意思に気が付いたアルフォンス君は、それ以上足を進めず、ただ立ち尽くした。


 その隙に、駆け付けてきた大勢の軍や警察、政府関係者が溢れ返って、僕達の間に壁ができた。


 十五年前の被害者と目される遺体が何体も確認され、その上に招待された相続人候補者の遺体まで追加され、しかも重傷者が一名。緊急車両が直ちに呼び出され、現場で想定外の混乱が起こっている。


 予定より一日早く帰ってきた生還者達は、保護という名の確保を個別にされ始めた。世紀の遺産相続騒動に、新たな殺人事件が加わったことで、当分はごたついてしまうだろう。


 大勢に囲まれた僕は、胸の痛みを抱えながら、遠くに感じるアルフォンス君の目を無言で見返す。


 命懸けの遺産相続は終わった。事後処理に追われる時間が少しでも長引けばいいと、思わずにはいられない。

 落ち着いたら、約束していた通り、僕達の決着を付けなければならない。


 アルフォンス君は視線を逸らし、未練の残る表情を仕事モードに切り変えて、同業者らしい集団に連れていかれた。

 そのどこか寂しそうな背中を見送る。


 僕にとって一番安心できるはずだった場所が、今は怖れに変わっていた。


 僕は機動城からの去り際のラストチャンスを、多分掴み損ねた。全てをひっくり返す最強のカードを。

 いらないものばかり掴み取って、ただ一つ、どうしても必要不可欠だったものだけを取りこぼしてしまった……。


 今までどんな絶望も困難も、よりベターな方策を探して淡々とやり過ごしてきたつもりだが、これから一体どうすればいいのか、まったく思いつかず、ただ途方に暮れる。

 こんな時こそ考えなければならないのに、なんだか体がふらついて頭が回らない。


 深い失意と無力感を覚えながら、なけなしの魔力を使い果たした僕は、その場で意識を手放した。

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