牢獄

 転移されたのは、いつもゲーム会場となるサロンではなかった。別のゲームが始まったという証拠だ。


 薄暗い場所に、見渡す限り無数のモニターが映し出されている。

 オーディオルームでも一度見た光景だ。しかし、チカチカと目にはうるさいが、音声はなく、むしろ静まり返っている。


 転移の直後、僕は周辺を見回して、真っ先に僕の最大の武器である魔法の生命線を確認する。

 よし、ここでも使えると、密かに安堵する。マリオンの魔法は環境次第で最強にも無力にもなる。いざ最終ゲームの場に立った時、魔法の使用条件が整っていない場合を懸念していたが、ひとまず最低条件はクリアした。

 これまでの傾向から、ゲーム中は魔法使用不可の可能性も高いから、できるなら始まる前に片付けてしまいたい。


「なに、ここっ……」

「サロンじゃないのか?」

「またゲーム!? 終わったんじゃなかったの!?」

「次は誰よ!?」

「ちょっと待って! この映像の子供って、僕!? まさかこれ、全部僕達!?  隠し撮り!? こんな昔からっ……!」


 殺人者が一巡し、ゲームはひと段落付いたと油断していたところでの召喚――しかも周囲には、リアルタイムから過去十五年分の自分達の無数の映像という異常さ。ジュリアンと双子の映像は時間経過が特に一目瞭然だ。

 突然放り込まれた不気味な状況に、皆口々に悲鳴に近い声を漏らした。静寂の中で、離れていてもそれぞれの声だけがいやに響いて聞こえる。


 モニターだらけで視界の悪い空間を見渡せば、全員が大きな円を描くように4~5メートルほどの等間隔で一人ずつ中央を向いて立たされている。今までのゲームのように、誰とも触れ合える距離にはなかった。クロードだけ意識のないまま床に倒れているのが心配だ。

 アルフォンス君は、僕とは一番離れた円上の反対側にいた。できるだけ距離を置きたかった僕にとってはむしろ望ましい配置だ。

 クマ君達は、それぞれの監視対象者の数メートル後ろに控えている。


「コーキさん!」


 慌てて僕に駆け寄ろうとしたアルフォンス君の足が、一歩目で止まる。


 これまでは移動直後は、足の裏が地面に張り付けられていたが、ここでは普通に動かせるようだ。にもかかわらず、全員その場からほとんど動けない理由があった。


「やだ、何これっ……」


 数メートル離れていはいるが、僕の右隣に位置するルネから、恐怖に引きつった声が聞こえた。


 こう来たかと、自分の左手をまじまじと見てしまう。


 全員の手首には、手錠がはめられていたのだ。意識のないクロードにすら。

 彼とヴィクトールだけ右手で、後の全員は左手にはめられているのは、どうやら利き手でない方が拘束されているということだろうか。

 これが何を意味するのか――決して親切ではないだろう。否応なく嫌な予感が湧き上がってくる。


 鎖の先を視線でたどると、五十センチほど先の空中で途切れて浮いていた。

 思わず鎖の途切れた先に、伸ばした手を横切らせてみる。映った自分の姿を探して鏡の裏をのぞく犬のようだななんてどうでもいい連想をしつつ。


 鎖の先は、腰くらいの高さの空中で見事に固定され、引いたり触ったりしてみてもびくともしなかった。まるで見えない壁にでも繋がっているように。こんな状況でなければ、空中から生えている鎖にちょっとテンションが上がりそうな仕掛けだ。

 それにしても、絶対切れないワイヤーだってある世界で、いかにも恐怖心を煽る鎖というあえての演出。軍曹の性格の悪さが如実に滲み出ているな。


「おもしろいだろう? その鎖の先がどこに繋がっているのかを知るのは、ジェイソンだけというわけさ」


 不意に、聞き覚えのない男の声が響いた。 


 見渡す限りを埋め尽くしていたモニターが一瞬で消え去り、突然視界が遠くまで拓ける。部屋の端すら見えない異常な空間が唐突に目の前に広がった。オーディオルームと同様の、不自然にいじられた空間なのだろう。


 そして僕達に取り囲まれるようにして、円の中心に立つ一人の老人を見出す。

 モニターに紛れて見えていなかっただけで、最初からずっとそこにいたようだ。あまりにも気配がなさすぎて認識できていなかった。


 ついに待ち望んだラスボスの登場だ。


 僕が集めた関係者の資料には、十五年前と現在の姿の両方を記載しているが、僕以外に近影がいらない存在がもう一人いたようだ。

 馬鹿げた遺産相続の全ての元凶であるジェラール・ヴェルヌが、十五年前とまったく変わらない姿で立っていた。


「えっ、ま、まさかっ……」

「お……おと……」


 ベレニス、イネスにとっては行方不明となっていた父親との十数年ぶりの再会となるわけだが、切り裂くような悲鳴がその展開を遮った。


「きゃああああああ!!!」


 声の主のアデライドに、一斉に視線が集まる。そして全員が、そこにあったものに凍り付く。


 彼女の足元近くに、レオンの遺体が仰向けに倒れていた。見晴らしがよくなったことで、初めてその姿がはっきりとさらされた。


 ほぼ死んだ直後の凄惨な状態を保ったままで。


 誰もが反射的に目を背けるが、床を広く見渡せば、背けた先にもまた別の死体が同じように転がっている。それもいくつも。

 ずぶ濡れだったり、血まみれだったりと、それぞれがまさに死に様を晒した姿でそこかしこに点在している様子は、あまりにも現実離れしていた。


 まるで昆虫標本のようだと思った。

 生きていた時の姿をそのまま保つのとは逆に、死に際の姿をそのまま再現、維持した、ヴェルヌ一族の標本だ。悪趣味にも程がある。


 なんて、絶望的な光景だろう。一つの謎の答えを見つけて、抑えがたい胸の痛みを覚える。


 機動城で殺された人間は、みんなここに蒐集されていたわけだ。

 この、時間の停まった牢獄に。


 ――たった一人を除いて。

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