幕間 走馬灯(クロード・ヴェルヌ)
十一歳の時、奇妙な招待状を受け取った。三人家族だったのに、俺と親父にだけそれぞれの名前で届き、母さんの分はなかった。
その時に初めて、俺の親父は三人兄弟じゃなくて、六人兄弟の末っ子だったんだと知った。生まれた時から親しく親戚付き合いをしてたのは、マリオン、ルシアンのとことアルのとこだけで、上三人の兄姉とその家族は、遺産相続の舞台となった機動城で初めて会った。
初対面の親戚達は、なんだか嫌な感じにギラギラしてる大人が多くて、あまり近付きたいとも思わなかった。
遺産相続なんて俺らには関係ないと、初めて見る別世界のような巨大な屋敷の中で、仲のいい従兄弟達と、バカンス気分で一日中遊び回っていた。
誰にもできないような特別な経験をして、楽しい思い出で終わると疑ってすらいなかった。
あの、最終日のラスト五分になるまでは。
かくれんぼで鬼をしていて、本が山ほどある部屋で血まみれで倒れている親父を見付けた瞬間のことは、今も鮮明に覚えている。
信じられない事件に巻き込まれて、父親と仲の良かったイトコの兄ちゃんとおじさんを失った。おまけにその犯人は、大好きなイトコの姉ちゃんときた。なんでそんな馬鹿なことになってんのかと思った。
あののんきで楽しくて優しいマリオンが、遺産目当てで人を、それも家族を殺すわけないじゃないか。あの機動城にいる時だって、年の離れた俺達と率先して全力で遊んでくれてたマリオンが。
でも、子供の俺にはどうにもできなかった。
ずっともやもやを抱えたまま、親父のいなくなった新しい生活に戻るのに精いっぱいだった。それでも、一人残されたアルのことはずっと気にかけていた。
そして十五年後、あの忌まわしい記憶の残る機動城へ、また招待されることになった。招待は毎年されていても、中に入ることは叶わないままで、俺はそれならそれでかまわないと思っていた。
だけど今回は、ずっと不参加だったマリオンが、コーキとなって参加する。招待者が全員揃えば今度こそ行けるはずだと、周りの期待値はどんどん上がっていった。
引き気味だった俺や家族を置き去りに。
俺が建築に興味を持つきっかけになった機動城にもう一度行ける――それ以外の期待は特になかった。できるなら発見されずじまいの親父の遺体は連れて帰ってやりたいとは思ったが。
母さんも再婚して、年の離れた可愛い妹もいる。仕事も順調だ。まあまあ幸せに充実した毎日を送っている。面倒ごとには巻き込まれたくないってのが本音だった。
でも、アルの姿勢は俺とまったく違ってる。境遇を考えれば仕方ないんだろう。
コーキというお守りが付いてくれていたのは、あいつにとって幸運だった。
処刑場であのままマリオンを失って終わっていたら、あいつは多分どこか壊れてたと思う。
別人だとしても、二人のやり取りを見ていると昔に戻れたみたいで、少しだけほっとした。
そして予想通り、機動城への再訪を果たす。
十五年後の答え合わせが、あんな形で待ち受けているなど想像すらせずに。
前回を上回る事件が次々起こり、日常がはるか遠くに感じられる状況に陥っていく。
それなりの秩序が保てていたのは、コーキが集団心理の舵をうまく取っていたからだと思う。ズレたマイペースなとこはマリオンにそっくりに見えて、でも冷徹に計算し、時に煽ったり脅したりしながら、流れをコントロールしているのが傍目にも分かった。ああいうのが年の功っていうのかと感心した。
こんなおかしな場所でも、アルとコーキだけは、普段通りでほっとする。
アルは、マリオンのお気に入りだったメイド型のテディベアを、とっくに旧型になった今でもずっと大事にしていたが、だからって、この機動城でまでそっくり同じメイド型を連れている姿には笑えた。
だけどあのロボットには、ちょっとした秘密があるんだよな。
昔ルシアンに「マリオンとアルには内緒な」って言われて聞いた話だ。アルに話せばいずれマリオンにも伝わるからな。
ただ、この話には後日談があって、マリオンから、実はその秘密には初めから気付いていたって教えられた。「ルシアンとアルには内緒ね」って笑うマリオンに、似てないのにやっぱり双子だなって、おかしくなったんだ。
――って、あれ? 俺はなんでこんなことを考えてるんだ?
ああ、そうか。もしかしたらこれは、走馬灯ってやつなのかもしれねえ。
俺は、ナイフに刺されて倒れたんだ。
ぼんやりとした意識で、少し前のことを思い出す。
食堂で椅子に腰を下ろしかけた瞬間、突然足に激痛が走った。バランスを崩して、椅子ごと床に倒れ、椅子にぶつかって更に痛みが走った。
何があった!?
わけが分からないまま足を見れば、信じられない勢いで血が噴き出していた。
なんだよ、これ!?
誰かから攻撃されたのか!?
周囲を見回せば、ジュリアンが真っ青な顔で何かを落とした。
ナイフのグリップ、だけ?
はっとして俺の足元を見れば、逆にナイフの刀身だけが血だまりの中に落ちていた。
まさか、ナイフの形にカムフラージュした飛び道具かよ!? そんなのアリか!?
しくじった。ついてねえ。
ジュリアンがナイフを持ってるのは分かってたから、何席か離れてそれなりの距離は取ってたのに。
急激な血圧の低下で、めまいがして意識が保てない。
まさか、こんなことで死ぬのか……?
朦朧とした意識の中、うっすらと目を開けると、真っ赤なショートヘアのマリオンがいた。
これは本物なのか、それとも幻か、映像か……?
そういえばレオンは、ゲームオーバーの直前、女王の亡霊の姿を見てたらしい。他の死んだ奴らもそうだったのかな? あいつらは、死ぬ前に誰の姿を見たんだろう?
まあ、女王の亡霊の見せる映像だとしても、全然怖くはねえけどな。マリオンが俺を殺すはずがねえ。その証拠に、大丈夫だって笑ってくれてる。昔のままで、なんか安心できる。
実は俺、多分、女王の亡霊が誰か、分かっちまったんだよな。
どんなトリックを駆使してるのかとか、細かい理屈は分からねえ。でも、絶対に間違いない。他には考えられない。
コーキのやつ、ふざけやがってと思わなくもない。最初から一人で全部を把握して、隠してやがったんだ。
死んだはずの人間が、生きていた。
多分、死んでいた方が遥かに楽だったろうに、運悪く命を繋いじまった。一体どれだけの地獄で、どれだけ苦しんで、今まで生きてきたのだろう。
今回の十五年ぶりの遺産相続会。ずっと復讐の機会を狙っていたんだ。深く、静かに息をひそめて。
だから俺も、見ないふりをした。
長い時間をかけて降り積もっていった怒りも絶望も、復讐以外に晴らす術なんてなかったのだろう。その気持ちは、俺にも少しは理解できる。親父を殺したレオンを、自滅の死に追い込んだくらいには。
どんな結果になっても、受け入れるし、見届けると決めたから、口を噤んじまった。コーキもアルを巻き込みたくねえから、何も言わずに知らん顔してたんだろうしな。下手に知らせたら、どうなるか分かったもんじゃねえ。
でもこんなことになるなら、やっぱりアルには伝えておけばよかった。
コーキの推理小説にあった通りで笑えねえ。犯人に気付いたら死ぬフラグだってか。
気が付け、アルフォンス。どデカいヒントはすぐ目の前にある。
――いや、もしかして、もう気が付いているのか?
オーディオルームにいた時、コーキが例によって物思いにふけっている隙に、アルが独り言のように言い出した。今思い返せば、不自然なくらいに唐突に。
どうしてもあの遺産が欲しいと。それまでまったく興味もなかったのに。
女王の亡霊にだけは絶対に譲れないと。
――そうか。その遺産は、女王の亡霊を逃がさないために必要なものなんだな。
じゃあ、頑張れ。女王の亡霊を、お前の手で捕まえろ。
お前なら、捕まえられる。いや必ず捕まえなきゃならない。
そうすることでしか、決着は付かない。お前が過去を過去にして、前に進むことができる唯一のチャンスなんだ。
だから、絶対に逃がすな。ゴールの見えなかった長距離走を終わらせろ。
それにしても、せっかく一生に一度きりの走馬灯なんだから、もっと気の利いたものを見れなかったのかよ――なんて締まらねえことを考えながら、意識は闇に落ちていった。
――――――――――なんてきれいにまとめたのに、それは結局走馬灯にはならなかった、ってオチだ。
数日後、病院で目を覚ました時には、全てが終わっていた。
病室で見たニュースで、入館時よりも数を減らした生還者達の証言によって、事の顛末を知ることになる。
謎の殺人鬼『女王の亡霊』による遺産相続にまつわる惨劇は、センセーショナルな事件として世界中に報道されていた。
ああ、そういう結末になったんだなと、苦笑いするしかねえ。複雑な気分で、予定通りに全てを飲み込んだ。
真相は永遠に藪の中。俺は、死ぬまで抱えていく秘密を背負っちまったらしい。
まあ、それもいいさ。退院したら、親父の墓参りにでも行こう。
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