第13話 どうも別次元な感じ
相馬が廊下で私を呼び止めたのは、夏休み前の終業式の日だった。
「ご無沙汰しちゃって。遅くなりました。お返しします。」
そう言って、屈託のない笑顔で本を差し出した。
「は、はい。どうも。」
私は目を合わせることができず俯いたまま本を受け取った。
「あ、その節は、お見舞い来てくれてありがとうございました。」
「いえ、ぜんぜん。」
この先も相馬は私と会話を続ける気があるのだろうか。私は相馬と普通に会話をしてもいいのだろうか。相馬は私を避けているのではなかったか。だとしたら、これ以上言葉を継いでしまったら申し訳ないことになる。
「あ、その、四作目のこと、だけど。」
言いにくそうに相馬が切り出した。
え、その件、話してくれるのか?聞いてもいいのか?
「実はね、本を、汚しちゃったんだ。ちょっと、具合悪くなって。ごめんね。坂田の大事にしている本だったでしょ。それで、すぐに買って返そうとしたんだけど、あれ、手に入りにくい本だったんだね。びっくりしたよ。親に何件か本屋回ってもらっても四作目だけがなくて。それでネットで探したけど注文受付されてなくて、出版元でも増版予定はないっていうし。大型書店の在庫検索で郊外の一店舗にぎりぎり一冊あるってわかって、病院から電話を掛けて取り置き頼んで、その後でちょうど花井が来てくれたんで、無理行って買いに行ってもらってさ。いやあ大変だった。」
屈託のない笑顔でさらりとそんな説明をした。
・・・そうだったのか。花井にも面倒をかけていたのか。そうか。
「そ、そんなにしてまで・・・」
無理しなくても良かったのに、と言いたい場面だが、本音で言えば無理してもらってよかった、と思ってしまった。
「そもそも俺が悪かったんだ。借りるんじゃなくて、タイトル教えてもらって自分で買えばよかったんだよね。ごめんね。」
眉をハの字にして相馬が言う。
「え、いや、私も、入院の暇つぶしだって知ってたら、お見舞いにもっとライトな本でも買って持っていければよかったのに、その、こちらこそ気が利かなくて・・・。」
前に花井が言っていた件、私とは関わらない方が、と言ったとか言わないとか、そのあたりのことは、説明してくれるのだろうか。
「とんでもない。大事にしている本だったでしょ。もう、正直ホント、焦った。もう合わせる顔がないなって思って。かといって、死んでお詫びするわけにいかず、だってほら、死なないために入院してるんだからね。はは。」
ははって、おい。笑えないだろ。病人ジョークのつもりか。こっちは一瞬でも君が死んだと思ったことの罪の意識に苛まれたというのに。
「新しいのが手に入らなかったら俺、生涯かけて坂田から隠れて暮すことになるとこだった。」
屈託のない笑顔。・・・ああ、この人はやっぱり別次元の人だ。
「全巻、無事返却いただきました。かえって面倒かけたみたいで、すみませんでした。」
「どんでもない。おかげでこうしてまた学校に来られました。あ、それでね、クラスのみんなにも聞いて回っているんだけど、なんかお礼にできること、ないかな?」
なるほど、退院後はそういう気遣いも必要なのか。大変だな、別次元から帰還するというのも。
「いや、元気ならそれで・・・あ、あえて言うなら、花井にまで迷惑かけたというか、いろいろとしてくれたんで、私ではなく花井に、なんかしてあげてくれたら、とか・・・。」
相馬は少しだけきょとんとしたが、
「そう、だね。クラスのみんなにもすごくお世話になってね・・・」
と言った。まだ何か話したいような饒舌な感じは心身ともに元気になった証拠なのだろう。でも何か、どこか、テンポが狂う。なんとなく居心地の悪さを感じてふと見ると、相馬の後ろに加勢の姿が見えた。
「あ、加勢。その節はありがとう。本、無事帰って来たんで。」
と相馬越しに声を掛けると、加勢は、おう、とだけ言ってそのまま立ち去った。
「あ、じゃあ、私はこれで。」
私が相馬に小さく頭を下げて歩き出すと、私の目の前にひょいと花井が教室から現れた。
「あ・・・」
と花井は言い、そして私の後ろの相馬を見ているのがわかった。
「本、無事帰ってきたから。ありがと。」
とだけ花井に言って、私は小走りに校舎を後にした。
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