第12話 次元が違うんだ
その日の夜。私は長湯をしながら今日の出来事を振り返っていた。
良くわからないが、相馬は今以上に私とお近づきになりたくはないと思ったらしい。わざわざあの四作目を買ったというが、良く見つかったもんだ。まあ、いい。私だって別にそれほど相馬と仲良くなりたいわけでもないし・・・わからないけど、もしも私が相馬の立場だったら、あのシリーズをほぼ一気に読んだわけだから面白すぎて興奮して貸してくれた人に感想を伝えたくて仕方がなくなる、と思う。でも。相馬は確かに、面白い、とは言ったがそれ以上会話が弾むでもなく、ああだこうだと話始めるわけでもなかった。つまり、私ほどのレベルでハマったわけではないのだ。・・・まあ、そんなことは一作目を返却してきた時からわかっていたことで、二作目の返却時に確定したことでもある。白状するなら、確かに淡い期待をしていた時期もあった。でも病院で三作目を返されたときにはもう、その期待も砕け散って消え去ったではないか。・・・まあ、本の感想なんて人それぞれだし、ぜんぜん構わない。そもそも、相馬は入院においての手頃な暇つぶしを探していただけの事。・・・そりゃあ、私だって、あんまり面白くないなあと思う本も山ほど読んできたし、こんな風にハマって熱中して読んだ小説は片手で数えられる程度だ。・・・そう、何か釈然とせずモヤモヤしているけれど、少なくともその原因は誰かのせいではないのだ。そう、考えてみれば、誰も悪くない。まして、花井は何も悪くない。むしろ、相馬の私に対する態度を花井なりに気を使って伝えてくれたわけだ。まあ、あんなに縮こまって防御態勢をとるほどのことでもないとは思うが。そんなに私、威圧的だったか・・・なんか悪いことしたかな。・・・いやいや、悪いのは私か?そんなことないだろう。だって、何も・・・。
風呂上がり、髪をドライヤーで乾かしながらまた考えていた。
良くわからないが、お見舞いに行ったとき、相馬は別次元の人に見えた。少なくとも、私の知らない病人としての生き方があって、生き抜き方があって、計り知れない経験と思考を巡らせて、そうだからこそきっと、あの笑顔にたどり着いたのだろう。私があの屈託のない笑顔に妙に惹かれたのは、きっと私の知っている世界にはあんな笑い方をする人が居ないからだ。言うなれば、ちょっと大げさかもしれないがきっと、私の人生において初めての笑顔だったのだ。・・・うん、だいぶ大げさだけど。でもなんか、変な意味ではなく、確かにあの笑顔に惹かれた。いい笑顔だ、と素直に思った。それは、事実だ。それが本当に病気がちだったが故のなせる業だとするならば、そう、きっとそうなのだろうが、そうならば・・・相馬は、やはり私とは違う次元の人間だ。
洗面台で自分の顔をぼんやり見ながら歯を磨く。
とにかく、本さえ貸してもらえれば、それでいい。死んだのなら返ってこなくても諦めるところだが、生きているなら、ましてや学校に復帰するなら、返してもらおう。必ず返す、と言った相馬の声ははっきり思い出せる。・・・ところが映像はなぜかセピア色となっていて、相馬の笑顔ははっきりしない。笑った顔しか知らないが、相馬も人知れず泣いたこともあるのだろうか。・・・そういえば、堀居は、どうして廊下で泣いていたんだろう。なんだったのかな。あれ、本当に相馬って言ってたんだろうか。単なる私の思いこみではないのか。それもこれも朝から花井が変な態度をとるからだ。花井め。あいつ、なんなんだ。優しいのか面倒くさいのか、よくわからない。あんなに恐がらなくても、獲って食ったりしねえわ。わけわかんない説明しやがって。つか、説明になってねえし。くそう。加勢も。あの二人、あれで数学の成績、良いんだよな。くそう。どうして私はちっとも成績が伸びないんだろ。はあ。もういいや。勉強しなくちゃ。
私は部屋に戻ると、模様替えの成果を再確認して満足した。
うむ。いい感じ。今日は変な日だったからな。明日からは気持ちを切り替えて、少し集中してお勉強しよう。
大きく伸びをして、私は布団に潜り込んだ。
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