第10話 栞の謎

 春休みに入った翌日のこと。二年生も終わり、とうとう受験生になるわけだから、と自分なりに気合いを入れようと部屋の簡単な模様替えを開始した。誘惑を断ち切るため、本棚からお気に入りの本達を次々に箱に入れて“封印”作業を始めた。ただし、読まずともカバーデザインを見るだけで励みとなるような、自分にとっての最高のお気に入りを厳選し本棚に残すと決めていた。基本的に本棚の中はすべてお気に入りなわけで、実際のところ一冊だけを残すのは大変な作業だった。結局、最後の箱はすべて最終選考に残った二十冊で埋まり、気分転換をしたくなったら交換するというルールを勝手に考案した。

 さて、この中で最も私を鼓舞してくれるのはどの一冊だろう。

 そんなくだらないことを考えながらパラパラとそれらを順にめくり始める。

 これは主人公がかっこよいんだよな。これはトリックが秀逸だった。これは登場人物が生々しくて感情移入がすごかった。そしてこのシリーズはどれよりも最も脳内映像化が激しかった。四作目の最後で主人公のもとからすべての登場人物が去っていったときには、行かないで、と思わず声が出たほどだった・・・そういえば、これだけ書店のカバーが綺麗だな。ああ、そうか、相馬から帰ってきたやつだ。別にちっとも構わないが、それにしてもなぜカバーを替えたのだろう。

 何気なくそう思いながらページをめくった。

 第一話のこれが実は最終話の伏線なんだよね・・・など思いつつ第三話までめくっていったのだが・・・。そこには栞が挟まっている。

 ○○文庫とだけ書かれた文庫本汎用の栞。

 私は購入時に挟まっている汎用の栞をいつも小さな箱にしまう癖がある。文庫によってはデザインされていたり、期間限定だったりするものがあるので、コレクションしているわけではないが、必ずそこに挟んだまま読むということはない。

 いや、待てよ。別の本のものを相馬が使っていたのではないか?この栞は相馬のものなのでは・・・

 そう推理して更にページをめくった。もしかして他に何か、相馬の物が挟まって居たりはしないだろうか。もしそうだとしたら、返却しなければ。この本を返してもらってから結構時間が空いてしまっている。こちらはお気に入りの栞をちゃんと返してもらっているのに、何かこちらから返し損ねていたら大変だ・・・

 そうなると、内容を読み返している場合ではない。少し慎重に均等なリズムでめくっていく。すると、最終話付近まできて、驚くことに乱丁がみつかった。乱丁、と言っても少し力を加えれば剥がれる程度にページ同士がくっついている状態が数ページあるだけだったが。

 そうなのだが。これはつまり、この本が私の物ではなく新品であることを意味した。

 私は思わず右手で頭を掻いた。

 どうして、新品が?相馬が新品を買ってよこした、ということに間違いはないのだろう。・・・なぜ?え、どうしてわざわざそんなことを?私が買って渡すのならわかる。いやいや、私が買って持っていけって話じゃないか。返却不要として新品をあげればよかったのに、と確かに自分でそう思った。そう思ったのに、なぜ逆のことをされたんだ?・・・そういえば、確かに四作目だけ妙に返却が早かった。花井が預かってきてくれたんだった。・・・え、それで?待て待て。落ち着け、どういうことだ。えっと・・・。

 混乱しだした脳裏に突然、病室にいる相馬の様子が浮かんできた。少し顔色が悪い。体から伸びたチューブがなにやら機材に繋がれている。記憶の中の病室は妙にセピアがかって色彩がない。機材のランプだけがやたらとまぶしく点滅する。相馬はあんな部屋で一人、ずっと本を読んでいたのだろうか。ひたすら、ひたすら、重苦しい“気”の蔓延するあの部屋で一人、それを跳ね除けるための気力をオーラの如く発し続けながら、それらに獲って食われないよう常にバリアを張りながら・・・

 たしか相馬は前にも入院したことがあると言っていた。もしかしたら、生まれつき心臓が悪いのかもしれない。あの笑顔の完成度は、私の知らない相馬の生い立ちゆえのものなのだろうか。重病でもないし難しい手術でもないと言っていたが、そうはいっても心臓といえば命に関わる部位であることには違いない。相馬は、ああやって生死の間を生きてきたのだろうか・・・。


 一旦、部屋を出てキッチンでインスタントコーヒーを淹れた。牛乳で埋めてぬるくしたので一気飲みする。菓子鉢に入っていたクッキーを口に放り込んで、考えを整理する。

 相馬のこと、四作目の新品のこと・・・これはどうしたって結論がでない。正解を知らないのだから。それより、広げた本を整理しないと勉強どころかあの部屋で今晩寝られやしない。片づけなければ。・・・待てよ、そういえば、もう二年生は終わっているではないか。相馬は学年末テストに間に合ったのだろうか。自分のテスト勉強に必死ですっかり忘れていた。専門学校志望とはいえ、相馬は三年生になれたのだろうか。・・・ま、四月になればわかることか。そんなことより自分の勉強をしないと、このままではニート確定だ。

 部屋に戻った私は、結局四作目もすべて箱にしまい封印した。参考書と問題集を改めて本棚に並べなおして模様替えの終了宣言をした。

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