第2話 二作目はプールさぼり
体育の授業で、暑いさなかのプールの日。六時限目の体育が終われば帰宅できる水曜日。私はわざわざ水着に着替えて出席確認だけを済ませると、水に入ることなく更衣室へと引っ込んだ。物理の追試が迫っていて勉強しなければならなかったのだ。そうでなくとも、水に濡れた後の着替えは不快だし、そもそも紫外線による肌の炎症はもっと嫌いだったから、とにかく水泳の授業は嫌いなのだ。女子なので定期的に言い訳をして見学を申請することもあったが、日陰のプールサイドでも紫外線で眼球が痛くなるのが辛かった。
早々に着替えを済ませて体育棟の階段を下りていると、すぐ後ろに足音がした。まさか教師がサボりに気づいてここまで追いかけてきたのでは、とドキリとしながら階段を下り切ると、腹をくくって振り返った。
「え?」
そこには、振り返られて驚く相馬が居た。
「あれ、坂田だ。さぼり?」
と相馬が言う。
「う、うん。物理の追試があって・・・」
そう答えると、相馬は小さく笑って横に並んだ。
「そっか。坂田って、理系なんだってね。」
「う、うん・・・相馬は?」
「俺は専門学校に決めてるから。」
「へえ・・・何の?」
「医療系。」
「看護、とか?」
「うん、まあ。」
「へえ・・・。」
「入院していた時にお世話になった人たちに憧れて、ってそういう感じ。」
「へえ・・・。なんか、かっこいいね。」
「ま、よくある話だけどね。」
「いや、その・・・目標があるっていいと思う。」
「ああなんか、褒められたみたい。」
「あ、えっと、褒めた、と思う。」
「そっか。」
相馬が少しだけ笑って、その後は特に会話をするでもなく駐輪場に着いた。
自転車を探し当てると、相馬は「じゃ。」とだけ言って、帰って行った。道を曲がって姿が見えなくなるまで見送ってから、私も後を追うように駅に向かって自転車を走らせた。
駅で電車を待っていると、向かいのホームに相馬が歩いているのが見えた。
なんだ、同じ道を帰っていたのか。
そう思いながら私は、鞄から本を取り出した。
しおりの挟まっているページを開きつつもちらりと視線を上げると、相馬はなんと線路を挟んで私の真向い付近に立っているではないか。思わず私はそのまま相馬の様子を観察していた。
手にしたペットボトルを雑巾でも絞るかの様に握りしめてぐりっと回し、恐らく冷たいであろう液体をごくごくと飲み、きゅっと蓋を閉め、鞄に入れた、と思ったらひょいと真正面に顔を挙げた。
目があったような気がして私はどきりとした。けど、気のせいかもしれない。たまたま顔がこちらに向いただけかもしれない。うん、きっとそうだ。
視線を手元の本に移そうとした瞬間のこと。相馬はにっこりと笑って右手を挙げた。声は出していないだろうけれど、口が「おう」と言った。
やっぱり、目があっていたのか。
私は一瞬迷ったが、今更気付かないふりもできずに、小さく会釈をして返した。
この距離で愛想笑いをしても見えるかどうかわからないし、そもそも愛想笑いが得意ではない私がどうしたものかと困惑していると、ありがたいことに電車が入ってきて、相馬の姿は見えなくなった。
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