第40話.正念場の寿司職人

 寿司屋「千浦ちうら」で働く黒人の寿司職人、ダニエルは正念場を迎えていた。


 今日は権威あるグルメガイド雑誌の取材の日である。


 寿司の魅力を知りアフリカからやってきた外国人の寿司職人の味をみてみたいとオファーがあった。


 もし、それで雑誌に掲載するに足りる味なら、是非、紹介したいとのこと。


 だがダニエルは、自分の為に怪しい思想に取り憑かれ、コーヒーを提供するカフェを襲撃して最後は爆死した荒砥翔也あらとしょうやのことで心を痛めていた。


「ダニエル」


 千浦の親方の一人娘、佳奈かなが声を掛ける。


「佳奈さん」


 ダニエルは佳奈の方へ顔を向けた。


「今日は翔也くんのことは忘れて、自分のことに集中して?」


 そう言ってくれた佳奈に、ダニエルは微笑みながら静かに頷いた。


 やがて時刻になり、雑誌の記者やカメラマン、調査員、料理評論家など大勢の取材陣が千浦へ訪れた。


「本日は精一杯、務めさせて頂きます」


 ダニエルは一礼する。


 静かに深呼吸をしてから、千浦で教わった料理に取り掛かった。


 体に覚えさせた包丁捌き、親方の料理を何度も食し舌に覚えさせた日本食の味、それらを駆使して。


 佳奈と親方が厨房の端で、真剣に調理に取り組むダニエルを見守る。


 カレイの煮付け、造り、鯛の潮汁、そして握りと、一通り料理を供した。


 取材に来た者達は静かに食事をしていたが、食べ終えると、それぞれが感嘆の声を上げた。


 そんな中、料理評論家がダニエルに話しかける。


「板前さん。文化の違う慣れない国へ来られて、さぞ苦労も多く大変だったことでしょう。でも、これだけのものが作れるということは、相当の努力をされたのですね。特にこの握りはあなたの努力が充分伝わる握りでしたよ。是非、名店の優れた料理人として紹介させていただきます」


 店内に自然と拍手が湧いた。


「ダニエル、よくやった!」


 親方がダニエルの肩を叩く。


 佳奈は目に涙を浮かべている。


 ダニエルは評価された。


 ダニエルは笑顔で店にいる皆に何度も頭を下げた。


 こうして「千浦」は、アフリカから来た努力の寿司職人が握る一風変わった名店として、雑誌に紹介されることとなった。

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