第37話.病室での会話②

 夢城真樹ゆめしろまきの差し出したスマートフォンの画面には、砌百瀬みぎりももせ奇能きのうである巨大なカブトムシの写真が映っていた。


「これは、ビートル・イン・ザ・ボックス!」


 福地聖音ふくちきよねが目を丸くする。


「誰かが写真撮ってネットに上げたのよ。あなたのとこの百瀬ちゃんが大勢の人前で使うから、奇能の存在が世間に知られちゃったじゃないの。終末でもないってのに厄介な騒ぎになるわよ。新世界創世がやりにくくなるじゃない」


 真樹は腕を組んで、頬を膨らませた。


「うっ、うるさいわ! 襲われたなら自分を守るためにこうするしかないやろ! それに終末なんかただの天帝の罠やったやないか!」


 そこまで言うと、聖音がハッとした顔をした。


「ひょっとして……、百瀬をこんな目に遭わせたのも、まさか天帝の仕業か?」


 聖音は真樹に訊く。


「なぁるほど。その可能性もあるわね。実はね、あたしも疑問に思ってたことがあるのよ」


「なんやねん?」


 聖音が真剣な目つきで真樹を見た。


「前から思ってたんだけど……、キツネってなんて鳴くのかしら?」


「こんなときにふざけるなんて、やっぱりオマエが犯人や!」


 聖音は両手で真樹の首を絞め頭を揺さぶった。


「前から疑問に思ってたことを言っただけじゃないのー!」


 首を絞められながら、真樹は手足をバタバタさせる。


「ほんまに……、こいつはどこまでもふざけやがって。ここは生きるか死ぬか戦ってる怪我人の病室やぞ」


 真樹の首から手を離した聖音は、怒りでハアハアと肩で息をしていた。


「ふざけないでいれば百瀬ちゃんが助かるなら、いくらでも真面目にしてやるわよ。でもあたしがふざけようが真面目にしようが百瀬ちゃんの容体には関係ないんじゃない? 後はお医者さんに任せるだけね」


「ほんま、口の減らん思いやりのない奴や。とにかく、うちは絶対に百瀬をこんなにした奴を見つけ出して償わせてやる!」


 病室に長居したところで自分達に出来ることはないので、二人は一旦、百瀬の病室を去ることにした。


「それにしても奇能の存在がバレてこれからどうなるかしら?」


 病院の廊下を歩きながら隣の聖音に真樹が訊く。


「……別に奇能の存在も、もう隠す必要ないんちゃう?」


 聖音から意外な答えが返ってきた。


「そお?」


「結局、終末騒動は天帝の仕掛けた罠やったし。うちも自分達で新世界を創ると志したものの、終末が無かった以上、はっきり言って思いやりのある人だけの情の新世界なんてどうやって創ったらええんかわからんし……」


 聖音が少し悲しそうな表情を見せる。


「うーん、終末の時に新世界に相応しくない人間を粛清するための能力が、終末が無かったせいで宙に浮いちゃったわね。でも、このままいつまでも人間に奇能を持たせておくのも危険な気がするわ。ま、あたし達は人選に気を配ってるから大丈夫だけど」


「どこがやねん。オマエんとこの天象舞なんか勝手なことしとるやないか。でも奇能を消す方法なんか……無いで。奇能持ちを殺す以外に」


 そんな会話を交わす二人の隣を、マスクで顔を隠した看護師が、医療器具を載せた台車を押しながらすれ違っていった。


 後ろでまとめられていたが、彼女の髪は真樹ぐらいの長さだった。

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