第10話.希望のオンラインサロン

 寿司屋の休日、荒砥翔也あらとしょうやは気分が晴れないでいた。


 共に働くダニエルが客から差別的な発言を受けて辛い思いをしているにもかかわらず、差別した側の人間は何の苦しみも反省もなく、のうのうと日々を過ごしているかと思うと、はらわたが煮え繰り返る思いがしたからである。


 しかし、胸ぐら掴んで一発拳こぶしをお見舞いしてやろうにも、あの一見いちげんの客達がどこの何者かがわからないので、翔也にはこれ以上どうすることもできない。


 翔也は手に持っていた漫画雑誌を壁に投げつけた。


 力強く叩きつけられた雑誌は、ページが折れ皺となり、無惨な姿で床に落ちた。


 それでも気の晴れない翔也は、あてもなくスマホを触る。


 とりあえずいつもの癖でワォチューブを開いた。


 とは言え、何かを視聴して楽しめる気分でもない。


 スマホすらも壁に投げつけたくなるような気分で画面を眺めていると、オススメ動画の中に他の動画とは毛色が違う動画があった。


『聖母舞の愛の世界へようこそ』


 なんとなく気になり、動画の概要を見てみる。


【この世界から差別、いじめ、対立、ハラスメントを無くすことを目指して……。チャンネル登録お願いします。聖母舞と一緒に愛の世界の住人募集。オンラインサロン「聖母舞の愛の世界のパスポート」の登録もお願いします】


 自己啓発系の動画やサロンのようだ。


 翔也は動画を再生してみた。


 スマホの画面に髪をピンクに染めた女が映った。


 その両脇に白い着物を着た若い女と真面目そうな顔をした男が座っている。


 ピンクの髪の女が聖母マザー舞と呼ばれているようだ。


 マザー舞は熱く愛の世界の創世について語っていた。


 翔也も初めのうちは流し見ていたものの、マザー舞が主張する愛の世界が、翔也の理想の世界と一致していて、いつの間にかのめり込んで視聴していた。


(愛の世界か……。できりゃダニエルも生きやすいだろうな)


 翔也は、コメント欄へと目を移す。


 そこにはマザー舞に対する称賛と賛同の意見が多く連なっていた。


『素晴らしいですね。愛の世界、応援してます』


『やっぱりマザー舞のお言葉を聞くと救われるね』


『人間関係が希薄な今の時代に、若者の中にも貴女のような考えに至る方がいらっしゃるのですね。感動しました』


『すごい共感しました! サロン登録させてもらいました!』


 そう言えば、この配信者はオンラインサロンをやっているようだ。


 動画の途中で「愛の世界のパスポート」を検索してみる。


 サロンの説明を読むと、どうやらそこは一般会員として無料でも登録できるようだ。


 そしてマザー舞に共感した同じ考えの登録者達と交流できるらしい。


(無料なら登録してみてもいいか……)


 ここなら自分の鬱屈した気持ちに何か答えをくれそうな気がする、ここに幾許いくばくかの希望を込めた翔也は、無料というのにも後押しされ、とりあえずマザー舞のサロンに登録してみることにした。

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