第52話.山道の戦い⑥

 贄村囚にえむらしゅうに身体を細かく千切られた黒川くろかわの動きが止まった。


 それぞれのパーツが繋がり再生する様子も無かった。


 贄村は土と砂に塗れた黒川の首へとおもむろに近づく。


「愚かな……」


 黒川の首が声を振り絞り、話し始めた。


「秩序を守る為に特定の者の排除を認める世界など、人間達に平等をもたらさず、今生の苦しみが続くだけだと言うのに、なんと思慮の浅い愚かな悪魔よ……」


 黒川のそれぞれの身体のパーツが、土塊つちくれのように脆く崩れてゆく。


「……少なくとも貴様はこの世界に必要ない。それが答えだ!」


 消えゆく黒川に向け、贄村は言った。


 もう黒川から声が返ってくることはなかった。


 徐々に姿を失う巨大な怪物を見届ける。


 浜辺に打ち上げられ、朽ちゆく鯨に似ていた。


 贄村がそんな黒川を眺めていたら、ふと背後で人の気配を感じた。


 ゆっくりと振り返る。


 立っていたのは煤まみれで黒くなった夢城真樹ゆめしろまきだった。


「……あの兄妹は?」


 贄村は毒水憲慈ぶすみずけんじ紗羽さわ兄妹について訊く。


「焼けちゃったわ」


 真樹は肩をすくめた。


「……そうか」


 真樹の返事を聞くと、贄村は空を見上げた。


「まあ、酷い傷!」


 贄村の背中の大きく裂けた傷を見て真樹が目を丸くする。


「……お前には、傷を癒す能力は無かったな」


 贄村が言った。


 真樹は首を傾げる。


「……さあ、帰るぞ」


 贄村は歩み始めた。


「早く手当しないといけないわ」


 真樹が慌てた感じで言う。


「どちらにしろ、ここでは何もできない」


「もしかしたら薬草があるかもしれないから、とりあえずその辺の草でも傷口に摺り込んで……」


「……止めてくれたまえ」


 毒水邸まで車でも結構な時間が掛かった距離を、二人は躊躇ためらうことなく歩いて帰っていった。



 ◇



 二人の様子を大木の陰から窺っていた毒水家のメイド、皿井菊美さらいきくみは戦慄した。


「まさか……。天帝が以前の雪辱を晴らす為に送り込んだ黒川までやられるなんて……! もしかして天帝は自分でも制御できないものを自ら生み出してしまったの……!?」


 菊美の膝が震える。


 彼女はその場に内股座りでへたり込んだ。



 ◇



 贄村達が黒川との戦いを終えた頃、ダウナー系ワォチューバー「ちなふきん」の名で活動している影鳥智奈かげどりちなは釣りをしていた。


 竿を引く感触がある。


 ちなふきんは口に咥えた吹き戻しをピュイと鳴らした。


「……誰かが、次元の壁を破った……」


 彼女は鋭い目つきで竿の先を見つめ、小さく呟いた。

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