第4話.崇拝のインフルエンサー④

 真壁まかべがスマホで夢城真樹ゆめしろまきに見せてきたのは『堕楽のすすめ』というタイトルの動画だった。


「なにこれ?」


「いま人気ある、堕ち系ワォチューバーのダラQです」


 画面には黒山羊の被り物をした人物が、映っている。


 真壁が動画の再生をタップした。

 黒山羊が視聴者に向かって話し始める。


「いいか、努力するな。頑張らなくていい。楽な方へ逃げろ! 努力至上主義の社会に従って頑張ったところで、生まれつき金と才能に恵まれた奴に搾取されるだけだ。時間の無駄なんだ。それならいっそのこと無気力でいろ。そうだ、堕落するんだ! 実はそれが本来の人間の姿なんだぞ。でもただ堕ちるんじゃない。堕ちて楽しめ! 漢字で書くなら『堕楽』だ! ありのままの自分でいてやるんだ! そうすれば、恵まれた連中も困るんだよ! 搾取できる相手がいなくなるからな。俺らはそうやって社会に一矢報いてやるんだ!」


 声は男だ。

 その黒山羊の被り物は力強く語っている。


「……なんか変な宗教にハマった人みたいね。ところで、なんで黒山羊なの?」


「世の中の人達を堕楽へ誘うからだそうです。人間を堕落させる悪魔のイメージで、それで黒山羊の被り物してるそうです」


「……はぁ。でも、人間を堕落させるのは神の方なんだけど……」


 真樹はそう呟き、表情が暗くなる。


「でも悪魔ってかっこいいですよね」


「いやぁ、そうかしら」


 真樹は一転して照れ笑いを浮かべた。


「それで俺、世の中で唯一、ダラQを尊敬していて、この人のオンラインサロンに入ってるんです。全く新しい考え方を学べて勉強になるし。それに追加のオプションで、個人宛てにメールでメッセージくれたりもするんです」


「あら、どんなメッセージ?」


「これです」


 真壁はメールを開き、真樹に見せた。

 そこにはこうメッセージがある。


『無能でもいいじゃん』


 真樹は目を丸くした。


「え、これだけ?」


「別のメッセージもありますよ」


 真壁がメッセージを変えて見せてきた。


『生きててくれてありがとう』


 そう記されている。


「……なんか、誰でも書けそうなメッセージね。これって、無料?」


「いえ、サロンが月額5000円。各週メッセージのオプションが3000円」


「えっ、これに毎月8000円も払ってるの!? 高すぎるわ! 8000円あったらどれだけのことに使えるか、冷静に考えてみなさいな」


 真樹は唖然とした。


「でも俺、人から肯定されたことないから、ダラQからの短いメッセージでも嬉しいし、それに一時的にだけど、現実の苦しみが和らいで楽になるんです」


 真壁は微かに声を震わせながら言う。


「それでも……」


 そう真樹が言いかけたときだった。


「夢城さん、まだいるのー? 仕事終わったんだから早く帰ってねー!」


 奥のバックヤードから怒気の籠った店長の大声が聞こえた。


「イエッサー! 直ちに帰還します!」


 真樹は思わず笑顔で敬礼した。

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