第86話.裏返りの聖戦③

「シュウが戦う気ならしかたないわね。それにあたしまで粛清されるような終末はいらないし」


 海上にいるかのように揺蕩たゆた鳳谷ほうやアリアを前に、夢城真樹ゆめしろまきは両手を組み、目を閉じて胸に手を当てた。


「同感やな。とりあえずこいつらの終末はうちの望む終末やなさそうやし」


 そう言って、福地聖音ふくちきよねは目を閉じて両手を広げ、深呼吸をした。


「アリアの相手はあたし達に任せて」

「うちが倒したるわ」


 二人がそう言った次の瞬間、聖音の身体が白く発光した。

 真樹の身体はその聖音の光を吸収し、人形に漆黒の影となる。


 聖音が発光を止めた時、そこには石膏で作った仮面のような無機質な顔をした、胴を羽毛で覆われた者が現れた。


 右半身は緑、左半身は白く染まり、左右非対称の身体。


 背中の翼を広げ、右手に持った剣を高く掲げた。


「私は人の情を護る者。人々は私を『ガブリエル』と名付けた」


 福地聖音は今の世界で、ガブリエルと名付けられた者へと姿を変えた。


 聖音の発光が収まると、夢城真樹も漆黒の影からその姿を現した。


 カットされた宝石のように硬く冷たい印象を持つ身体。

 頭部はブリリアントカットにされたダイヤモンドの形。


 そして体の右半身は赤くきらめくルビーのようであり、左半身は黒くブラックダイヤモンドを思わせる容姿。


わらわは世の理を護る者。世人は、妾を『リリス』と呼んだ」


 夢城真樹は今の世界で、リリスと呼ばれる者へと姿を変えた。


「小賢しい。所詮は天帝の創造物。大人しく終末で粛清されるが良い」


 アリアは大波が轟くような音を立て、高く船首を持ち上げた。


 ◇


「あの船はあの二人に任せるとして、貴様は私と先導者が相手をすることにしよう。貴様達の言う終末は私が目指す新世界とは程遠い」


 正岡まさおかが姿を変えた、醜悪な「終末を監視する者」を前に贄村囚にえむらしゅうが言った。


「愚かな。創造物が己を弁えず、これほどまでに思い上がるとは。天帝がおぼし嘆かれるのもよくわかる。我々の手でお前達が粛清されるは必定ひつじょう


 正岡の両顔の声が共に響く。


「まさか神と悪魔、それぞれの先導者が力を合わせて戦うことになるなんてね」


 緑門莉沙りょくもんりさが呆れたように言った。


「世の中って、ほんとに何が起こるかわからないものね」


 それに呼応するように、砌百瀬みぎりももせが苦笑しながら言った。


「面倒なことに巻き込まれたもんだ。だが、みすみす黙ってこいつらに消されるのは俺らしくないからな」


 鬼童院戒きどういんかいが頭を掻きながら言った。


「この世界を消そうだなんて、それが人の幸せとは思いません。いまのわたくしの心は浮世絵の笑般若わらいはんにゃのように、貴方がたを嘲笑あざわらっております」


 南善寺小咲芽なんぜんじこさめが正岡に鋭い眼差しを向けて言った。


「わたしは今度こそ自分を変える!」


 天象舞てんしょうまいが力強い声で言った。


 そして人間の先導者達は、それぞれに与えられた奇能きのうを発動させた。


 それを見た終末を監視する者は、その醜い姿を小刻みに振動させていた。

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