第84話.裏返りの聖戦①

 紺青の異次元空間にいる全員が、大声を上げた天象舞てんしょうまいへと視線を向けた。


「おまえは……、菊美きくみから恋人と対消滅するって聞いていたけど、なんでおまえまでここにいるのよ!」


 鳳谷ほうやアリアが、舞を睨みつける。


「ええ、そうよ。わたしが馬鹿だったから、あなた達の仲間の口車に乗せられて……、恋人と戦おうとしたのよ」


「それで貴方が勝ったというわけですか? いやそれはありえません。天帝は終末の為に、理と情、力は均衡し、最終的に必ず対消滅するようにされております。貴方だけが無傷で残るなんて起こるはず無いのです」


 正岡まさおかが眉間に皺を寄せた。


「そのあり得ないことが起こったのよ」


 舞も正岡達を睨み返す。


「そんな馬鹿な!」


「わたしは今の自分が嫌いだった。新世界に行って自分を変えたかった。たとえ恋人を裏切ってでも。でもそのことを彼氏……、純真じゅんまさんに言ったら……」


 ◇


『舞ちゃんが自分の新世界を望んでるなら……、僕はその世界の実現のために消えてもいいよ。だって舞ちゃんを心から愛してしまったから』


 ◇


「そう言って、自分の奇能のギロチンに自らを……粛清させて……!」


 舞の目から涙が溢れ始めた。

 そんな舞の話を聞いた正岡とアリアが、唖然とした表情を見せる。


「でもね、やっぱりわたし……、他人を犠牲にしてまで、自分の目的を叶えたいとは思わない! それがわたしの弱さだって馬鹿にされても……それでもいい!」


 舞が涙声で叫んだ。


「……愛? ……愛!? なにそれ? そんなくだらない情に囚われて、恋人のために自らを粛清したですって!? これだから駄作の存在は!」


 アリアが自らの髪の毛を鷲掴みにして頭を抱える。


「……無能!無能!無能! 貴方がたが無能だとは分かっていたが、本当にどこまで無能なのだ!」


 正岡が銀縁眼鏡のレンズの下で、目を大きく見開き嘆く。


「我々が無能だとわかっていながら、それを踏まえての対策をしなかった。ならば貴様達もけっこうな無能ではないのか」


 贄村囚にえむらしゅうが言った。


「やっかましい!」


 それを聞いたアリアの高音の怒声が響く。


「こうなれば、何人でも構わない。わたしがまとめて粛清してあげるわ!」


 アリアの長髪が逆立った。


 その場にいる贄村達全員が固唾を飲む。


 すると次の瞬間、アリアの身体が縦に細く伸び、そして更に前後にも伸びた。


 異次元空間で歪む彼女の姿。


 大きく伸びた彼女の体は、次第に身体が膨らむように幅を持ち、やがて贄村達の前に現れたのは、右半分が朽ち果てていて、左半分は新造したように美しい、左右非対称の帆船だった。


 そして、その船の舳先へさきには、アリアの顔が付着していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る