第73話.屋上の二人

 明導めいどう大学の講堂。

 夢城真樹ゆめしろまき福地聖音ふくちきよね、それぞれの支持者が大勢集まり、中は興奮と殺気に満ちていた。


「只今より、第1回ミス明導を開催いたします!」


 司会の男子学生の声が講堂内に響く。


 だが、その声を覆うほどの歓声と怒号が轟いた。


「それでは、ファイナリストの三人の登場です!」


 ミスコンが進むにつれ、会場のボルテージは上昇する一方だった。


 ◇


 その頃、神の先導者、成星純真なりぼしじゅんまも明導大学を訪れていた。


 この大学には恋人である天象舞てんしょうまいが通っている。


 実は、以前会った謎の女が昨日、純真の前に再び現れ、恋人の正体を見せると言ってきた。


 その為に、午後1時に明導大学B棟の屋上へ行けと。


 あの黒いワンピースを着た女は、非常に不愉快な女だった。


 以前、不意に現れ、舞が悪魔側の人間なので粛清しろと言ってきたのだ。


 彼女は神側の先導者である純真を罠に嵌める為、近づいているのだと。


 その時は疑心暗鬼に陥った純真だったが、舞の気持ちを確認する為に彼女を抱いた。


 罠に嵌める目的で自分に近づいたなら、自分のことは好きで無いはず。


 好きでも無い男に抱かれるのは、流石に拒否するはずだと。


 だが、彼女は抵抗することなく、自ら避妊具を渡し、純真に体を委ねた。


 その時の彼女の温もりや柔らかさは今でも覚えている。


 そしてその時の身体の反応も、彼女を信じるに相応しいものだった。


 だから純真は舞を信じ切ると心に誓った。


 そうだったはずだ。


 にもかかわらず、何故か今、心が揺れている。


 キャンパス内は純真がたじろぐほどに混沌としていた。


 福地聖音を応援するエリアと、夢城真樹を応援するエリアとで、拡声器による罵り合いが繰り広げられていた。


 神や悪魔などと印刷された大きな旗があちこちで振られていて、殺気立っている者もあれば、祭りのように陽気にはしゃいでいる者もいる。


 ひたすら、終末に向けて祈っている集団も見かけた。


 異様な光景であった。


 そんなキャンパスに戸惑いながら、謎の女に言われた場所へと向かう。


 指示されたB棟は、他の場所と違い、比較的人が少なく静かだった。


 辺りを窺いながら屋上へと向かう。


 舞を信じる気持ちは偽りでは無いはずなのに、それでも謎の女が言うように、自分を陥れる罠がないか、体は警戒してしまう。


 だが、特に怪しいところもなく、無事に屋上へと付いた。


 鉄製の重い扉を恐る恐る開く。


 覗くように扉の外を見ると、視線の先に女性が立っている。


 舞だ。


「……舞ちゃん、やっぱりいたんだ」


 純真が屋上へ足を踏み入れ、彼女に呼びかける。


「純真さん……」


 舞は虚ろな瞳で応えた。


 二人は見つめ合ったまま、取り乱すこともなく、暫く静止していた。


 お互いの間を沈黙が流れた。


 遠くから、学園祭に集まった人の大声が純真達の耳にも届いてくる。


 この重く流れる時間で純真は察した。


「……僕を、粛清するんだね。彼女でいてくれたこと、あれは嘘?」


 純真が問いかける。


「わたし、演劇部なんですよ。役になるのは得意です」


舞は悲しそうに微笑んだ。


「……僕は舞ちゃんのこと、本当に恋人だと思って、本気で好きだったんだ。それでも僕を消すの?」


「……わたし、今の感情に流される自分が嫌で嫌で嫌で。だから、悪魔が目指す新世界で変わりたいんです。変わって新しい自分になってリスタートしたい。その為に、邪魔な神側の人達の計画を妨害して、粛清しなきゃいけないんです。それが……、私の役目だから」


 舞の悲しみの目つきが鋭く変わった。


「……知ってると思うけど、僕も先導者だから奇能が使えるんだよ?」


 純真が落ち着いて訊く。


「はい、だからわたしも奇能を使って全力で行きます」


「……そうか」


 純真はふっと、ため息を漏らした。


「この哀しみ、断ち切れ、ヒュームズギロチン」


 純真がそう唱えると、彼の背後に、頭部が円鏡、腹部がギロチンになった金属製の怪物が現れた。


「それが、純真さんの奇能……」


 純真の奇能を目にした舞は、意を決したように頷くと「私を変えて、レッドへリング」と唱えた。


 彼女の背後にダルメシアンとダックスフンドという双頭の猟犬の怪物が、唸りながら現れた。


「それが、舞ちゃんの奇能……」


 純真が呟く。


 屋上はそこそこ風が強かった。


 二人の間を一陣の乾いた風が吹き抜ける。


 舞と対峙する純真に彼女が言った。


「純真さん、騙していてごめんなさい。でも、恋人を演じていたとしても、これは嘘じゃありません。わたしもあなたのことが……、好きでした」


 屋上にまで響いている学園祭に集まった人々の蛮声が、更に大きくなった気がした。

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