第39話.救う少女(南善寺小咲芽)
わたくし、
いえ、殺めたという言葉の響きは、いささか語弊がありますね。
何故なら、殺めるとは肉体のみを滅すること。
まだまだ人として未熟な十五歳のわたくしにとって、いわゆる人殺しというものは、あまりにも責が重すぎるのです。
わたくしが行ったことを丁寧に申し上げれば、それは「わたくしはお父さまを粛清しました」が正しいと思われます。
なぜならわたくしは、お父さまの肉体のみならず魂までをも殺めたのですから。
そう、神さまの力を借りて。
わたくしのお父さまはとても厳格な方でした。
自分で言うのも憚れますが、私の生家、南善寺家は、この地域において名家として知られております。
外から当家ご覧の方の中には、和風建築の大きなお屋敷に、住む者の立派な着物、そして駐車場には高級車が停めてありますので、さぞ羨ましいと思われている方が、さぞいらっしゃるでしょう。
でもその屋敷の内情は、皆様が羨むようなものでは、とてもありません。
悪魔が巣食い恐怖が支配した、凡そ人が安らいで暮らせる場所ではなかったのです。
庭から鹿威しの鳴る音が聞こえました。
静けさの中に響く清らかな快音。
この音に意識を向けてブログを記す時間を、わたくしはどれほど待ち望んでいたことでしょう。
少なくともわたくしが安らげる時間は、お父さまがお仕事で遠出されて、家を空けられた僅かな間ぐらいしか、生まれてから今までにありませんでした。
とにかくこの南善寺家の中は、わたくしもお母さまも針金で縛られたような日々でした。
お父さまのことへ話を戻します。
お父さまはお母さまはいつも辛くあたっておりました。
外面を非常に気にされる方でしたので、他人からはお父さまは、さぞ優しく立派な人物に見えていたことでしょう。
わたくしもお父さまの知り合いの方から「君もお父さんのような人間になるんだぞ」と幾度も言われたものでございます。
でもそんな外面とは裏腹に、身内には鬼や悪魔のような方で、もしわたくし達に恥や間違い、過ちがあれば、南善寺家を名を汚したと、ひどく叱責されました。
言うまでもなく、わたくしの成績にも厳しく、特に国語の粗相にはうるさい方でした。
わたくしが小学校の漢字テストで百点を取れなかったとき、お父さまは励ましてくれなどせず、漢字を間違えたのは運動学習していないからだ、体に覚えさせれば二度と間違えることはない、と明け方までひたすら不正解だった漢字の書き取りをさせられたことがあります。
その際、わたくしがサボったり寝落ちしたりしないように、お母さまを見張りにつけるほどでした。
でもお母さまは優しく、わたくしに「お父さまはいま書斎ですから、少し眠っても大丈夫よ」と言ってくださいましたが、もしそのことをお父さまが知って、その後にお母さまが酷く叱られることを思うと、わたくしは眠らずに頑張れました。
他にも、お母さまが書斎の掃除したときのことです。
お父さまの大事な机の上に埃のかたまりが残っていたようで、なぜ気づかなかったのか、掃除が行き届かなかったのはなぜか、延々と問い詰められて、挙句には土下座にて謝意を見せるように言われ、お母さまは従っておられました。
そしてその後、失敗の原因と二度と起こさないための対策を紙に書き起こして、レポートとしてお父さまに提出するよう言われました。
お母さまの心中を思うと、わたくしも居た堪れなかったのを覚えております。
そして、その厳格さは身内だけではありませんでした。
うちは、自慢ではありませんが、人様よりは裕福ですので、家政婦さまを雇っておりました。
家族に代わり、家事をやってくださるなんて、とてもありがたいことなのですが、そんな家政婦さまにも、お父さまは厳しいルールを課しました。
初めのうちはよいのですが、家政婦さまが慣れきますと、お父さまは徐々に家政婦さまへのルールを増やし、室内のあらゆる物の向きから、掃除の手順、部屋の歩き方まで、最終的には膨大な量のルールが各部屋にありました。
お父さま曰く、これらのルールは全て合理性に基づいたものだそうです。
もしそのルールを破れば、些細なミスであっても、債務不履行だとおっしゃり、家政婦さまを厳しく叱責されました。
なので家政婦さまが変わった回数も数知れず。
お父さまの言い分によりますと、いつまでも初日の気分では困る、慣れてきたならばそれなりに出来ることを増やしていくのがプロの仕事だ。こちらはきちんとお金を払っているのだから、相手側もきちんとプロの仕事をするのは当然。それができないならば、その人はプロどころか詐欺師か泥棒だとおっしゃっていました。
そういうわけで、少しでもお父さまのご気分を害してはならないと、家政婦さまはもちろん、わたくしもお母さまも窮屈な思いをしておりました。
そんなある日、学校の授業が終わり、わたくしが送迎の車へと向かっていると、声をかけてきた女の方がいらっしゃいました。
そう、この出会いがわたくしを現在の楽園へと導くきっかけになったのです。
わたくしに声をかけてきたのは、ショートヘアにパーマを当てた優しいお顔の、とても素敵な見た目の女性でした。
その方は、わたくしが家庭内に悩みを抱えていると見抜き、窮屈な現状から救ってあげるとおっしゃいまして、一枚の名刺をお出しになられました。
頂いた名刺には「サクラメント人生相談所 福地聖音」と記されていました。
そのときは迎えの車も来てますし、時間がないことをわたくしが申し上げますと、それならいつでもいいから連絡してほしいと、その方はおっしゃいました。
わたくしは一応、スマホは持っていましたが、使用はお父さまに厳しく管理されていましたので(というよりも、わたくしのスマホはお父さまが所持していて、使用目的を伝え、お父さまの見ている前でないと使えませんでした)、名刺の電話番号を暗記し、学校の友達にかけるふりをして、今度の日曜日に遊びに行くという名目でその方に会いたいことをお伝えしました。
もし嘘がお父さまにバレたら、どれだけ酷く怒られるか、そのリスクを背負ってまでも。
わたくしにとって幸運なのは、その方がわたくしの期待通りに勘の鋭い方だったこと。
わたくしのことを声の雰囲気から察してくれたようで、スムーズに話は進みました。
そして運命の日曜日。
わたくしは立派なマンションの一室にあるその方の人生相談所で、わたくしの悩みを話させていただきました。
その相談所の所長、
わたくしに与えられた奇能は蛇。
「
神さまから授かった力が、エデンの園でアダムとイブを唆した生き物だなんて、なんだか不思議な感じがしますね。
相談させて頂いてわかったのですが、わたくしがこの南善寺家で恐れていたものは、それは器に注いだお酒に映った影を蛇だと思って恐れていたようなもので、その影の正体は、取るに足らないただのモラハラのかたまりだったのです。
そのようなかたまりは、終末後の新世界には必要のない存在。
この奇能は家に帰るなり、お父さまの体にとぐろを巻いて影の闇へと消し去ってしまいました。
その瞬間から、わたくしは窮屈な日常から解放されたのです。
いえ、わたくしだけでなくお母さま、そしてお父さまに関わる方も。
こんなわたくしがお父さまの呪縛から多くの方を救えたのは、天園所長や
感謝でいっぱいです。
スマホも自由に使えて、わたくしにもプライバシーというものが持てるようになりました。
ところでいま綴っているこのブログは、いまのところわたくし一人だけの秘密の日記。
いまは非公開ですが、でももうじき公開する日がくるでしょう。
それは神さまが仰る日。
終末のとき。
新世界が創世されて、お父さまのような人間がいない素晴らしい世界を迎えるとき。
わたくしはその日を心待ちにしております。
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