第11話.猟犬の女(天象舞)⑥
合コンの翌日、私はふだん通り学校へ行った。
講義が終って演劇部の活動前に、私は部室がある棟の人気ないトイレへ郷美を呼び出した。
「なんなの、舞。話って」
郷美は不機嫌そうな声だった。
「ごめん、すぐ終わるから……」
「てかさー、昨夜のなに、あれ? ひとりわがまま言ってさー。飲み会の空気悪くしないでよ」
郷美はきつい目で私を見ている。
「せっかく盛り上がってたのに。呼んだ私のせいになるじゃん。まったく舞なんて誘うの止めとけばよかった」
そう言って舌打ちをした。
人数が足りないからと自分から頼んでおきながらこの言い草。
私の体がムズムズする。
「……そう? 実は私も行きたくなかったのよ。あなたたちのような低俗な人間の遊びに付き合うなんて」
いつもの私なら涙声になるはずだけど、今は自分じゃないぐらい低くはっきりした声で言った。
「えっ?」
郷美が驚きと苛つきが混じった顔で私を見る。
「あなた達のような人間はどうせ終末に生き残れない。私が粛清してあげる」
「何言っちゃってんの?ってか、今日の舞、なんかいつもと雰囲気違くない?」
郷美はこの状況でそんなこと言ってる。
呑気な子。
トイレにはまだ私と郷美の二人だけ。
これは神が、いえ、悪魔が与えてくれたチャンス。
「私を変えて、レッドへリング」
私は郷美を睨みつけてそう唱えた。
すると、背後から私の背丈を越える、大きな双頭の犬が現れた。
左右非対称の犬。
右側の頭はダルメシアンみたいで、左側の頭はダックスフンドみたいな耳の垂れた犬。
ダルメシアンは赤い目を光らせ、口の脇から長い舌を出してヨダレを滴らせている。
ダックスフンドの方は両目を閉じたま牙をむき出しにしていた。
そして私は、その犬にはめられた首輪に繋がる鎖を握っている。
トイレ内には、魚の燻製のような強い香りが充満していた。
これが悪魔からもらった力。私の奇能。
「なによ、これ!」
私の犬を見た郷美はパニックになっている。
鎖を握っている拳を緩めると、二つの犬の頭は大きな口を開けて郷美に襲いかかった。
そこから一瞬の出来事。
二頭は郷美の頭と腹部に噛みつき、郷美をあっという間に飲み込んだ。
郷美は異次元に消えたみたいに、自分の欠片や痕跡を残すことなく、トイレから姿を消した。
中は静けさを取り戻す。
洗面台の鏡に映っているのは、不敵な笑みを浮かべている私だけだった。
そっとトイレから出て、演劇部へ向かっていると、今度は流衣と出会った。
「あっ、舞、おつかれ。郷美、どこいるか知らない? さっき電話したんだけど、電源が切られてるみたいで繋がんなくて」
「……さあ。知らないわ」
私は一瞬の沈黙の後、氷のような冷たい声で返事をした。
「マジ、あの子どこ行ったんだろ」
流衣は小首を傾げて、私のところからパタパタと去っていった。
流衣、あなたも終末には生き残れないよ。
いずれ私が粛清してあげる。
そう、私はあなた達のような人間がいない、理想の新世界を目指して悪魔と契約を交わしたのだから。
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