第8話.猟犬の女(天象舞)③
えっ、そんな……。
「ごめん……、私、これできないかも。ほんとごめんなさい……」
私は主張の書かれた紙をぎゅっと握りしめて断りを入れた。
「それはダメだよ。舞ちゃん。他の人、みんなやってるんだしさ。舞ちゃんだけ特別ってのは無しだよ。ルールは守んなきゃ」
進行役の男の子に注意された。
「でも……」
私がためらっていると、
「舞〜、ひょっとしてルール守れない人? わがまま言って守らないのは最低な人だよ。ほら、立って立って!」
そう言って郷美が促す。
確かにここで私がルールを破れば、この場の空気が悪くなる。
私は仕方なく立った。
メンバーの視線が一斉に集まる。
男の子達ははみんなニヤニヤ笑っていて、郷美と流衣は睨むような目。
飲み会の空気を乱したくない気持ちに押されて、私はみんなに合わせることにした。
「あの、みんなに聞いて欲しいことがあります……」
「どーしたのー!?」
「あの、私の経験人数は……、その……」
私はうつむきながら言い澱む。
チラッとみんなへ目をやると、やっぱり好奇の視線で私をじっと見ていた。
「あの……、五人です……」
大声を出すなんて慣れてないし、答えるお題がお題なので声が小さくなる。
「聞こえな〜い!」
メンバーから一斉にそう言われた。
そんな……。
私は覚悟を決めて、
「私の経験人数は、あの、五人です!」
自分なりに精一杯の大声を出した。
一瞬、席が静まる。
周りの席の人たちや店員さんからの視線も感じた。
「イェーイ!」
男の子たちから歓声が上がる。
冷たい目だった郷美と流衣も笑顔で拍手し始めた。
顔が火照っているのを感じた私は慌てて席に座る。
「へぇ、舞ちゃん、5人も経験してるんだって!」
進行役の男の子が笑いながら大声で言う。
「なんかおとなしそうに見えて意外。舞ちゃんて結構男性と付き合ってるんだ? やっぱり可愛いからモテるんだろうなぁ」
対面の男の子に言われた。
「別にそんなことは……」
顔がますます熱くなる。
「舞ってけっこう彼氏変えてんだね?それともワンチャン?」
「一応、全員彼氏……」
「へぇ、知らなかった。舞ってそんなに彼氏いたんだ。いまもいるの?」
「いまはいないけど……」
私は耳まで熱くなる。
この場に居たたまれなくなって、
「ちょっとお手洗い行ってくる……」
と郷美と流衣に告げて席を立った。
トイレで私は一人ため息をつく。
なんで今日、合コンに来ちゃったんだろ……。
こんなものなら、家で一人でスマホをいじってた方が楽しかった。
でも郷美も流衣が喜んでくれてるなら……。
私がトイレから戻ろうとすると、郷美と流衣の大きな声が聞こえた。
「ってかさー、あんな大人しそうな顔で経験人数5人って、うちより多いんだけどー!」
「あの子、地味系ビッチ!」
えっ、もしかして私の悪口で男の子たちと盛り上がってる?
「ああいう大人しそうな子の方が、意外と股が緩いもんだよ。俺が言うんだから間違いない!」
男の子の一人が言ってる。
「股緩なら押し続ければ、今夜中にヤらせてもらえるんじゃね? ちょっとあの子抱いてみたいって思ってたんだよね!」
「最低〜!」
キャハハっていう郷美達の笑い声が聞こえた。
しばらくみんなの会話を盗み聞きして、私はうつむきながら席に戻った。
さっきの会話を私が聞いていたことにみんな気づいていないのか、何事もなかったかのように「おかえり」と言ってきた。
その後は私はずっとうつむいたまま。
成年の主張ゲームは4回戦が始まり、幸いにも私は主張者のくじを引かなかったけど、気分が沈みこんだままの私は、みんなの会話が耳に入ってこなかった。
主張者に当たった男の子がなにを叫んだのかのかもわからなかった。
さすがに私が暗いことに対面の男の子は気づいたみたい。
「どうしたの舞ちゃん、体調悪い?」
そう訊いてきた。
「どうしたの?飲み過ぎ?」
郷美も訊いてくる。
私は黙ってうつむいたまま、首を横に振った。
「ちょっと空気悪くなるじゃん。舞、元気だしてよ」
流衣が言う。
私は「ごめん」と一言、謝って頷く。
「よし、じゃあ気分変えて二次会行こうか、二次会!」
進行役の男の子がそう言うと、みんなから「賛成!」の声が上がった。
店を出て、二次会へ向かう道中、私はみんなの後ろをうつむきながらぽつんと歩く。
みんなは私のことなどおかまいなしに盛り上がっていた。
信号待ちでみんなの足が止まったとき、私は男の子と話している流衣に声をかけた。
「ごめん、私、お母さんに買い物頼まれてたの思い出したから、今日はもう帰る……」
会話の邪魔をされたのが嫌だったのか、睨むような目の流衣。
「あれ、舞ちゃん、もう帰っちゃうって」
流衣と話していた男の子が他のメンバー言う。
「えー、もうちょっと楽しもうよ」
進行役だった男の子が引き止める。
「ほんと、ごめんなさい。今日はこれで……」
私は頭を下げた。
「えっ、じゃあ俺、送って行くよ。体調悪そうだったから心配だし」
私の対面に座ってた男の子が慌てた感じで言った。
「いえ、あの、ここで大丈夫です。それじゃ、さよなら」
私は深く頭を下げると、信号が青になったのを見計らって、もと来た道を小走りで戻り、みんなと別れた。
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