第12話



いやいやいや。


なんでこんなに感動する映画の途中で寝れるわけ!?


…やっぱりこういう映画、伊吹くんは興味なかったのかな。


そうだよね、マイナーなやつだし。


急に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。



でもさすがにこのままだと、私も気になって映画に集中できない。


伊吹くんだからとか、超至近距離だからとか関係なく、映画に集中したいだけ。


そう頭の中で言い訳しながら、伊吹くんの頭をまっすぐに戻した。



よし。


これで大丈夫。




だったはずなのに、また私の肩に倒れてくる伊吹くん。



…。



伊吹くんの髪は意外とさらさらなんだ、とか。


髪の毛が私の頬に触れてくすぐったい、とか。


びっくりするぐらいいい香りがする、とか。


どうでもいい情報ばかりが頭に入ってくる。



今度こそ戻って来ないように、強めに押す。


なのにまた舞い戻ってくる伊吹くん。



「しょうがないな」



…仕方ないから肩貸してあげる。


そのままの状態でそっとスクリーンに視線を戻した。



あれ、結局あの後どうなったんだっけ?


伊吹くんに気を取られている間に、映画の話がかなり進んでしまっていた。


本当に伊吹くんに振り回されてばっかりで嫌になる。


伊吹くんはただ、カレカノ気分を楽しんでいるだけなのに。


そんな伊吹くんの言動にいちいち動揺しちゃって。


本当に恥ずかしい。



それからは、ただぼーっとスクリーンを眺めるだけで、映画の内容なんてこれっぽっちも入ってこなかった。


代わりに伝わってくるのは伊吹くんの体温で。


右側半分が熱を帯びたかのように熱くて、ドキドキする。



きっと、これが好きな人だったら、もっとドキドキするんだろうな。


今でさえこんなにドキドキしてるのに、これ以上のドキドキって一体どうなちゃうんだろう。



いいな、彼氏。


いいな、デート。



今までは恋愛にあんまり興味を持てなかったけど、伊吹くんのおかげで、少しだけ良さが分かってきた気がする。



しばらくして伊吹くんが寝ているからか、それにつられて私も少しだけ眠くなってきた。


重たくなったまぶたを少し落とすと、伊吹くんの手と私の手が触れそうなくらい近くにあったことに気が付いた。


触れるか触れないかの距離。



まるで、私と伊吹くんみたい。


なんちゃって。


そう思った瞬間。



寝ているはずの伊吹くんの手が私の手をそっと捕まえた。



びっくりして心臓が一気に飛び跳ねる。


眠気が一気に覚めてしまった。



学校の帰り、強引に手を引っ張った時と全然違って、すごく優しく包み込む感じで。


伊吹くんは私の手を上からギュッと握った。



伊吹くんの耳元でそっと、「起きてるの?」って聞いても相変わらず返事はなくて、目も閉じたまま。



私ばっかりドキドキして。


ズルいよ…。



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