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とは言え、特別何かあるわけでも無い。
小学1年の時に両親に連れて行ってもらったプラネタリウムの美しさに魅せられて、天文にハマったくらいだ。
確かに、ハマり具合は相当なもので、家ではもちろん、学校でも授業中以外はずっと宇宙関連の本を読んでいた。
宇宙の不思議、天体観測をしよう、太陽と月の謎——等々、買ってもらった本だったり、図書室から借りた本だったり。
休み時間、クラスの子に遊びに誘われても断っていたから、いつのまにか1人だった。もちろん、僕も最初は周りの子達に星や宇宙の話しをしたけれど、興味のある子はいなかった。
唯一、
それは中学になってからも変わらなかった——
いや、中学の入学祝いで初級者用の望遠鏡を買ってもらい、天体観測をする様になってからは、より天文にハマっていったか。
周りも見えなくなっていた。
中学受験をしたわけではないから、クラスのメンバーも小学生の時と代わり映えしないのに、やっぱり雪臣以外に友達と呼べる人間はいなかった。
——ん……何だろう? 胸の辺りが少し締めつけられているみたいだ。
声をかけて来る奴も、日に日に少なくなっていた。クラスでも、浮いていたかもしれない。
でも、そんな事は問題なかった。自分の世界に没頭出来たから。
別に——だからといって、いじめられたりもしなかった。たまに机の上に置いていたはずの本や、上履きが無くなっていたりもしたけれど、本は傷つく事なくカバンに戻っていたし上履きも直ぐに見つかった。
そんな事がちょくちょくあったろうか。
そんな時、
転校初日の1時間目が終わって休憩時間、僕は乃万嶌のカバンにぶら下がっていたアクセサリーが気になっていた。
地球のストラップ。
もしかしたら、天文に興味があるのかなぁと。見ると乃万嶌はポツンと1人、うつむき、座っていた。
突然の転校生に、周りのみんなもチラチラ気にしてはいるけれど、話しかけられない様子だ。
あとから知ったんだけれど、そのストラップは地球の上にキャラクターが乗っていて、(確かに、何か乗っていた)そのキャラクターが地球を素手で割ろうとしている——当時流行っていた漫画の、そんなシチュエーションのストラップだったらしい。
僕はそんな事も知らなかったから、乃万嶌に確認しに行ったんだ。
「あ、あの、天文とか宇宙とか好きなの……かな?」
いきなりこんな感じで言ったと思う。普通、出身地とか、前の学校の事から入るだろうに。
乃万嶌はビクッと肩をすくめて、
「え? あ……宇宙?」
と、首をかしげた。
あれ? 違うの?
僕は声をかけた事を後悔しながら、カバンを指差して言う。
「え? あの、ほら、そのストラップ」
「あ、これはね、そう、地球なんだけど、ちょっと違うの——」
ストラップの説明をしようとしたんだろうけれど、乃万嶌がそこまで話したところで、周りの女子が割って入ってきた。
「ねーねー何の話?」
「乃万嶌さんってどこから来たの?」
初めに誰かが話しかけるのを待っていたんだろう。これをきっかけにみんなが集まって来た。
乃万嶌はもう囲まれている。
周りからの怒涛の質問責めに、キョロキョロしながら、あたふたしながら答えている。
僕は席に戻った。
雪臣が駆け寄ってきて、
「やるね〜」
なんて言った。
何もやってないけどね。
そう、何もやってないから、結局それからは何も変わっていない。
ただ、乃万嶌とはちょくちょく話すようになっていたかな? 天文の事をよく聞かれたっけ。
雪臣以外の誰かとはほとんど話さない僕には珍しく。
中学3年になりクラスが変わったら、それも無くなり、高校入試で同じ学校を受ける生徒達と集まった時に会ったけれど、挨拶する程度だった。
入学してからは、高校生になったら同じ趣味を持つ仲間がいるであろう、天文学部に入ろうと思っていたので、初日から入部届けを持って行ったのに1人も部員が居なくて、しかも廃部すると聞いてかなりショックだった。
次の日、乃万嶌も含めて3人入部し、最終的には6名集まったから助かった。
乃万嶌が天文好きになっていたのは驚いたけれど、顔見知りが居たおかげでうまく部にとけ込めたのも助かった。
部のみんなとは、うまくやってると思う——
「私も、興味を持ち始めた頃はプラネタリウムに毎週通ってたよ」
ふいに乃万嶌が言った。
「毎週? それは、すごいな。そんなに好きになるなんて——」
シュポッッ
中学3年の時に何かあったのか? と聞こうとしたけれど、定時のメッセージが来たので聞けなかった。
ん? でも少し早くないか? もう23時半?
「やっぱりね。ふふふ」
乃万嶌が携帯を見て笑いながら言う。
「お父さん、少し寝るって。いつも22時前には寝てるから耐えられないと思ったよ」
「あ、ははは。そっか。お父さん頑張ったんだな——」
乃万嶌がやっぱり驚く。
僕自身も驚いている。
雪臣と話していても、声を出して笑う事なんて無い。
乃万嶌は優しく微笑んで——
「『何かあったらすぐ連絡しなさい』って。大丈夫だよね。何かあっても、仇川君がいるから」
と——
「え? い、いや、どうだろ……」
僕は目を逸らして言った。まったく、女子がそうなのか、乃万嶌がそうなのか知らないけれど、ドキっとするような事を言うな。
今まで、いつだって1人だった。ずっと1人で良かった。
じっくり天体観測も出来たし、1人の世界も楽しめた。
今日だって、その予定だったのに……集中も出来てないし、じっくり観測も出来ていない。
でも……
でも、何だか——いな。今まで何度も天体観測をしてきたけれど、こんなに——のは、初めて……
あれ? どうした? 言葉が出ない。何を言おうとしたんだっけ?
「仇川、君?」
乃万嶌が、いぶかしげに僕を見る。
そうそう、た——いん、だ……うっ……何だ? 苦しい、胸が……締めつけられる。
僕はダウンジャケットの胸の辺りを強く握った。
「仇川君……どうかした?大丈夫?」
僕の異変に気づいて乃万嶌は心配そうだ。
「平気平気、大丈夫——」
『大丈夫大丈夫、僕はそんな事は平気なんだ——』
?
『全然気にならないね——』
何が?
『別に、1人でも良い——』
誰だ? 自問自答? まるで僕が、2人いるみたいだ。
『ドキドキ、ワクワク出来るから——』
『楽しいから——』
そ、そう。楽しい。楽しい、だ。でも、1人では——
じゃあ、今までのは何だった——
今までの?
見ない様にしてたのは何だった——
見ない様にしてた? 苦しい……混乱している————
心に『モヤ』がかかっている——
何か足りない————?
何が欠けている——?
「仇川君!」
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