6
思い出した——あの地球のストラップ——
————
転校生定番の最初の挨拶の時の、なんとなくの印象としては、体の線が細く
黒く長い髪は腰まで届くほどで、前髪は眉の直ぐ下で真一文字に整われていたけれど緊張しているのか、少しうつ向き加減でいるせいで、目にかかっている様にも見え、そこから
おとなしい、と言うより、暗いイメージだった。
現在の乃万嶌も、喋らなければ、外見は、当時と変わらない。いや、実際はよくわからない。僕もそんなに仲が良かったわけではないし、同じクラスだったのも1、2年の時だけだから……
か細い声で挨拶を終えた乃万嶌が案内をされて席に着く時、持っていたカバンにアクセサリーが1つだけぶら下がっていたのに気づいた。
それが——地球のストラップだ。
それがきっかけで僕は乃万嶌に話しかけるのだけれど、その前に僕の、僕自身の話しをしなければいけない——
シュポッッ
! 22時半か。お父さんは時間に正確だから確認も必要ないな。
「何それ?」
乃万嶌が携帯を見ながら言った。
「ん? どうかした?」
僕今、声に出してないよな?
「ん——、お父さんがね、『世界の変顔動物200連発、4時間スペシャルがもうすぐ終わっちゃうから、一休みして車で一緒に見ないか? あったかいぞーっ』てさ」
「……良い、お父さんだよな」
「はい、見ませんっっと」
ピッ
あっさりと携帯をしまった。
……月はもう半分欠けている。雲が、また少し多くなってるけれど問題はない。
思ったより厳しくはないけれど、たまに動き回ったり、体を動かして寒さをしのぐ。
——月は、地球の影の中心には、まだ完全に入っていないけれど、欠けている部分は赤銅色に変わっている。
静かに皆既食が始まった。
2人共、目を見開いている。鼓動が速い。きっと乃万嶌もそうだろう。
「始まったね」
そう言って、乃万嶌は見上げながら、さっきと同じベンチの同じ場所に座ってレモンティーを飲んだ。
僕も、すっかり冷えてしまったコーヒーを一気に飲み、同じ様に見上げたまま、
「そうだな」
そう答え、続ける。
「不思議だよな。皆既月食とか。いや、宇宙からしたら『あたり前』の事なんだろう。太陽が地球と月を照らしてるから、当然反対側に影が出来る——」
あれ? どうしたんだ、僕?
「地球が太陽の周りを回っていて、月がその地球の周りを回っているから、『あたり前』の様に地球の影が月を隠したり、月の影が地球を隠したりする——」
皆既食を前に、テンションが上がってるんだろうか?
「距離と速度も遥か昔からほぼ変わらない。だから、何年何月頃に月食が起きて、何時何分頃から部分食や皆既食が起きる——なんて事も計算してわかってしまうくらい、なんて事のない『あたり前』の事なんだ——」
——
「でも、僕達にとっては特別な事に感じてしまうよな」
僕は何をベラベラと……乃万嶌はまた、目を丸くしているかな。
「そうだね。ふふ。こんなに
やっぱり……だよな。
「でも、それは仇川君だからだよ。天文に興味のない人にとっては、それもやっぱり、なんて事のない事だよ」
——確かに。
テンションだだ下がりだ。恥ずかしい。
「——だから、私達って得していると思うんだ」
「え?」
「こうして『あたり前』にある夜空を見上げるだけで、ワクワクして、観れば観るほどに発見があって、こんなに感動出来るんだから」
言いながら乃万嶌は望遠鏡に駆け寄る。
僕もそう思うよ——
2人共望遠鏡をのぞいている。
————
しばらく、夢中で月や周りの星々を観測していた。
少しテンションが上がっている乃万嶌がポツリと言った。
「合宿楽しみだね。ジャクソン先生が言ってたよ——長野県には、日本一星空が綺麗な場所があるんだって」
「うん、その場所は知ってる。行ったことはないから、楽しみだ」
「でも先生、『オーストラリアのケアンズの星空には勝てないケドネ』なんて言ってたよね」
「あー、言ってた。どんなだろうな?写真では見た事はあるけれど、実物は比べものにならないんだろうな」
「私も観てみたいなぁ。それにオーストラリアは南半球だから、例えば日本でみるオリオン座も、上下逆さまに見えるし、もちろん日本では見れない星座もあるんでしょう? そういうのも観てみたい」
「うん。よく知ってるな」
「ふふん。私、中3の時に天体観測を初めてから、かなり勉強してます」
「そうなんだ」
そうなんだ。中学3年の時。
僕とはまるで関わっていない時か。
「
……
「何がきっかけだったの? 仇川君が天文にハマってしまった、きっかけ」
きっかけ——
「小学生の時、両親にプラネタリウムに連れて行ってもらったんだ」
少し、僕自身の事を話そう。
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