8
ハッ————
乃万嶌が、ポケットにしまったはずの携帯を持って目の前にいる。
どこかに連絡しようとしたのだろう。それほど、僕が苦しそうに見えたのか。
「大丈夫。もう、何ともないから」
「本当に? とても、苦しそうだったよ?」
覗き込む様に僕を見ている。
言い訳が見つからない。僕だって訳がわからない……1つ、わかっているとしたら、この苦しさは病気の
「いや、違うんだ。これは、たの、しい、楽しい、んだ」
「え……? どういうこと?」
乃万嶌は『何言ってんだ?』という顔をしている。それはそうだろう。でも、この言葉で合っている。正直な気持ちだ。
「……それなら、良いんだけど」
23時40分——
皆既食の最大、最も暗くなる時だ。
今の僕の心と同じ。
でも——月が暗くなった事で、今までその明るさで観えなかった暗い星々も姿を現している様に、僕の心に足りなかったものが、欠けていたものが、まだはっきりとはしていないけれど、わかってきた
——見えてきた。
「天の川も——綺麗……」
今の状態は、普段の満月の2000分の1以下の明るさだ。とは言え市街地だから、ここが
乃万嶌はこの天体ショーに魅入っている。
もちろん僕も——
零時を過ぎて皆既食は終わり、この後、部分食、半影食を経て天体ショーは終わる。
暖かい飲み物を飲みながら、感想等を話しながら。結局、僕達は最後まで観測を続ける事にした。
1時半過ぎには、ほぼ普段の満月に戻り、見晴台を明るく照らしていた。
望遠鏡で他の星を観測していた乃万嶌が、
「うん!」
そう言いながら夜空を仰ぐ。
「どうかした?」
僕が聞くと、もう一度、意を決した様にうなずき、乃万嶌は話し始めた。
「私ね——幼い頃から人見知りで、周りの子たちと上手く話せなくて、いつもおどおどしていたの。根暗な自分が嫌だった——」
そう言いながら自分の望遠鏡に付けているストラップを手にして、
「このキャラクターの女の子、とても明るくて、強いの。ギャグ漫画でね、地球も素手で割っちゃうんだよ。なんだか、こんな子になりたいなーって、憧れてた」
地球を割りたいのか? と聞こうとしたけれど、ふざける場面ではなさそうなので、やめた。
「でも、やっぱりそんな簡単には変われないまま、中学で転校したの。そしたらね、同じクラスに変わった子がいて、その子はいつも一人だった」
ん?
「ずっと見ていたけど、友達もほとんどいないみたい。毎日本を読んでいて、自分の世界に——自分の殻に閉じこもってた」
……それって、もしかして……
「周りの子にちょっかい出されても全然気にしないし、すごい強い子なんだと思った」
ちょっかいを出されてた?それなら僕では無い……か。
「私の憧れの女の子は友達もたくさんいて、とても元気で強いの。逆にその子は、友達なんていらないみたいで何者も寄せつけず、自分の好きな事に没頭出来る強さを持ってた。私ね、そんなに強く思えるほど好きな物ってなんだろうって、気になって気になって、良く話しを聞きに行ってたの。でも、中3になってその子とは別のクラスになっちゃった」
…………
「もっと話しを聞きたかったけど、クラスが違ったら……聞きに行く勇気がなくて……その頃には、もう興味を持っていたから、自分でやってみようと思ったの。図書館に行って本を読んだり、お父さんに頼んで望遠鏡を買ってもらって、天体観測を始めたり——」
——そうだったのか——
乃万嶌は、変わらず夜空を見上げている。
わざと僕の方を見ないようにしている様にも見える。
違うよ——
話しを聞きながら、僕は、同時に僕自身の事を冷静に考えていた——
勘違いだよ、乃万嶌——
僕は強くなんてなかったよ——
「それでね、天体観測をするようになって気がついたの——」
何だろう? 妙に気持ちが落ち着いている。未だ何か引っ掛かっているものはあるけれど乃万嶌の話しを聞きたくて、さっきの様な動揺は無い——
僕は乃万嶌に魅入っている——
「それはね、星が動いているってこと。仇川君が言っていた『当たり前』のことに、改めて気がついたの。ただ見上げているだけだと、星って動いているように見えないけど、地球の自転によって、1時間に15度、東から西に動いてる。望遠鏡で観ると2〜3分で視野から外れちゃう。最初の頃なんて、星がどの方向に移動するかわからなかったから再導入が大変だったよ」
「僕も、そうだった」
「こんなに早く星は動いてる——こうやって観測していても、たとえ、観測していなくても。時間がこんなに早く流れてる——笑ってようが、泣いていようが——楽しく過ごしていても、以前の私のように何も行動せず、毎日うつむいて過ごしていても——」
——————!
「このままじゃ駄目。時間がもったいない。急がなきゃ——生き急がなきゃって——そう考えるようになって、『当たり前』のことを目で見て実感して、初めて変われたの」
——ああ、そうか。そうだったんだ。
僕も、今、気付いたよ——
「そのおかげで、今の私がある。だから——」
「だからね、私に天文について教えてくれたその子に——天文に興味を持つきっかけをくれた——」
乃万嶌が振り返る。月明かりがその笑顔を浮き立たせる。
「仇川君に——感謝してるんだよ——」
————
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