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「おー仇川あだがわ君!こんばんは」

「あ、ああ……こんばんは。家、出れたんだ」

「え? ん——どうにか。もともと、うちと仇川君と蒲池かまち君ちはオーケーだったでしょ」

「ああ、そうだった」

 そうだった。何をいきなり聞いてるんだ? 僕は。

 乃万嶌のましまが居たもんだから、慌てている。落ち着け——

「仇川くんもこの公園知ってたんだ? ここ、天体観測には良いスポットだよね。でも、こっちに来る人影が見えた時はちょっと焦った。怪しい人じゃなくて——仇川君で良かったよ。知らない人と天体観測も気まずいし」

 僕もさっきそう思ったけれど、同級生の女子と二人きりっていうのも充分気まずい。

 変に距離を取るわけにもいかないので、乃万嶌の横で望遠鏡を組み立てながら言う。

「知ってるも何も、僕はこの公園には週3で通ってるよ」

「ええ? そうだったの? 私は金、土の週2。でもそうか、私はいつも20時前には帰るから——」

 シュポッッ

 突然音が鳴る。携帯か?

「あ、ちょっと待って」

 乃万嶌はダウンジャケットのポケットから出しづらそうに携帯を出した。

 よく見たら(僕はほとんど乃万嶌の方を見ていなかった)、乃万嶌も結構なダルマだ。

 何枚着込んでいるかはわからないけれど、ニット帽にマフラー。ダウンジャケットに長ズボン。手袋をして——僕と同じ様な格好だ。

 雲は——結構多いな。月は再び隠れている。

「20時半過ぎたね。もう始まってるかな?」

 携帯をしまいながら乃万嶌が言った。

「そろそろだと思う。あの辺の雲が流れればスッキリするんだけどな」

 僕が答えると、

「今のメッセージ、お父さんから。1時間おきにメッセージのやり取りしないとならないんだ。1人だし、いつもより時間が遅いから、条件なの」

 それはそうだ。年頃の女子がこんな時間からこんな所に一人じゃ、親は心配する。あれ?

「——そうなんだ。僕の事は話さなかったの?」

「何の問題もなく、一人で観てるって返した。まさか仇川君と会うと思わなかったから、『1人に決まってるでしょ! 集中出来ないから来ないで!』って置いて来たから」

 ……いきなり来たらどうするんだろう?

「ああ、そうなの」

「そう。そんなこと言ったら飛んで来るよ。気づかなかった?公園の入り口の所に車が停まってたでしょう。あれお父さん。終わるまで待ってるんだって」

「ええ? そうなの?」

 いきなり来るだろ? それ。

 僕の心配に気づいたのか、

「大丈夫大丈夫。お父さん寒さに弱いから車から出れないし、見晴台の場所知らないから」

 乃万嶌が笑いながら言った。矢先——

「あ——仇川君!始まってるんじゃない?半影食」

 いつのまにか雲は流れていた。

 確かに月が薄く暗くなってる様な……

 そもそも半影食は肉眼ではほぼわからない。部分食が始まって、ようやく月が欠けているのがわかる。

 なので、人によっては部分食が始まってからで良いのでは? と思うかもしれないけれど。

 ま、単なるこだわりだ。

 この時間から居た乃万嶌もそうなのだろう。ん? そういえば乃万嶌は何時から来ていたんだ?

 僕らは望遠鏡を覗き込む。

 想像もしていなかった展開で——

 待ちに待った天体ショーは始まった。

 日食は少なくとも年2回はどこかで起きていて、5

 回あった年もある。

 比べて月食は少なく、年1〜2回。起きない年もあるし3回起きた年もある。

 日本で、始まりから終わりまで見ることが出来る今回の様な皆既月食は、結構珍しく、当然僕達天文部はみんなで集まる予定を立てたのだけれど、親から許可がおりたのは、さっき乃万嶌が言っていた3人だけで、残りの女子3人はダメだった。

 その代わりに、3人共冬休みの合宿はお許しが出た様だけれど。

 今日の集まりは中止。個々で楽しもうということになった。

 個々で——のはずがこんな事になるとは——乃万嶌と2人。

 雪臣がこの状況を見たら何て言うだろう? 『こりゃあ、運命だろ』て言うだろうな。確実に。

 雪臣自身は小学生の頃から女子に人気で、モテモテでも彼女を作らないくせして、人に言うなっての。

 でも、まあ、人間関係をとても大事にしていて、性格も良いし——

 あれ?これって

 天はよっぽど雪臣に甘いらしい。

 ——僕は普段からアレコレ考えたり妄想したりしながら観測をしている。

 こうしている時間がとても好きなんだ。

「だいぶ冷えてきたね」

 乃万嶌が言った。

「そうだな。結構寒くなるみたいだから」

 僕は返す。

 たまに、そんなちょっとした会話をしつつ、空を見上げては望遠鏡を覗く——を、僕達は繰り返していた。

 雲はもう無い。快晴だ。観測するには最高のコンディションだ。

 ジーーっという自動販売機のかすかな音のみで、辺りは静まりかえっている。そこに、

 シュポッッ

 乃万嶌の携帯が鳴る。

 もう1時間経ったのか?

 僕と乃万嶌はほぼ同時に携帯を出して確認する。

 21時半ちょうど。

 乃万嶌のお父さんはきっちりしてるな。

「本影に近い所がだいぶ暗くなってる。いよいよ部分食が始まるね。楽しみだよ〜。ね、その前にちょっと休まない?温かいもの飲もうよ」

「……ああ、んー、そうだな。そういえば、乃万嶌は何時くらいにここに来たの?」

 乃万嶌の提案に、僕は伸びをしながら同意しつつ聞いた。

「ん?20時ちょっと前かな」

 僕達は3つある内の、自動販売機に近い、真ん中のベンチに座った。

 露出しているのは目の辺りだけの、ダルマの様な2人が座っているのでベンチはいっぱいいっぱいだ。

「はーあったかい。てか熱っっ。火傷しそうだよ」

 乃万嶌は買ったレモンティーを頬にあてて言う。

 僕はネックウォーマーマスクの口元のガードをあごに掛けて、コーヒーを飲んだ。

 顔が冷たい——でも、身体は寒さを感じていない。逆に暖かい気さえする。たぶん——

 胸が少し——ドキドキしているせいだ。

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