ツンデレ最強ヒロインがラブコメに没頭して異世界を砂糖で溢れさせるから——————だから異世界でラブコメすることは禁じられている

小笠原 雪兎(ゆきと)

第1話 モンスターが全く紹介されない脇役になってしまうから——

——だから異世界でラブコメすることは禁じられている。



 **――**――***――**――**








「なぁっ、お前貴族なんだろ?」

「えぇそうよ。分かっているならなぜ口の利き方を弁えないのかしら? 不敬にもほどがあるわ」

「そりゃだってお前が――」


 瞬間、俺の手首を掴む彼女が俺に手のひらを突き出す。

 その白くて柔らかそうな手のひらは、禍々しい幾何学的な模様がいっぱいに覆い尽くされていた。

 世の中で一般に魔法陣、と呼ばれているものとはものが違う、だが魔法陣と同じく魔法を放つ紋様。

 彼女は【魔女】と呼ばれ、人によっては彼女を神に愛された子だと崇め、人によっては忌み嫌い、人によっては彼女を【魔法陣】研究材料として見なす。

 俺が彼女を特別視しないのは、まだ彼女の特殊性と異端さをよく理解していなかったからだった。


 ただ、彼女が魔法の呪文を唱えれば幾何学模様に光が走り、魔法が放たれ、俺は死ぬ。そのことは理解していた。

 だから喉の奥で息が渦巻く。


 その続きを語れば殺す。

 手のひらが完全に語っていた。だから俺は言葉を飲み込み、引っ張られるがまま歩く。

 貴族が平民の手を引っ張って歩く時点で、不敬以前の問題だったが、身分社会の世においても、単純な戦闘力の面でも、俺が理不尽さを訴えることは不可能だった。


 だから話を変え、聞く。


「街の外に出ても大丈夫なのか?」


 彼女は俺を誘った時、森に行こうと言っていた。綺麗な風景を見せてあげる、と。


 街の外には平原があり、その奥の森には魔物がいる。強くはないが、子供だけで入るのはすこし危険な場所だ。

 だからこそ、言葉とは裏腹にワクワクする。


 振り返ると、先ほどまでいた領主の屋敷の門が小さく見えた。

 父は大人の会話があると言って俺を部屋から追い出し、母は屋敷のメイドに料理を習うと意気込んでどこかに行ってしまい、することもなくて暇を持て余していた俺は、同じく暇していた彼女の提案に乗った。

 その直後だ。俺が、彼女が領主の娘であり、とどのつまり貴族だということに気がついたのは。


 彼女は軽い声で返す。


「えぇ、余裕よ。怖いのなら私を信じなさい。心の柱ぐらいにはなってあげるわ。いえ、一生のあなたの支えになってあげてもいいわ」

「偉そーだな。……まぁ、剣は持ってるんだし――。なんかあったら、俺が剣で足止めするからすぐに逃げろよ」


 俺の腰には、俺の体には少し不相応な長剣がある。この前の誕生日でもらった剣だ。

 当時、俺は父がどれほどの剣の名工なのか知らなかったが、領主——つまり、俺の手を引く彼女の父と家族ぐるみの付き合いがある程度には、すごい人なんだと知っていた。


 そして、その俺には彼女一人ぐらいは簡単に守り、自分は簡単に相手を斬り伏せなければならないという矜持があった。


 だが彼女は、俺を振り返って睨む。


「黙りなさい。平民は貴族に任せていればいいの」

「逆だからな? 平民が貴族の肉壁になるんだからな?」

「いいえ。私があなたの肉壁になるの。異論は認めないわ」

「……そりゃどうも貴族様。ったく……発言が態度と真逆で大変ですね。——めんどくせぇ」


 すると、すれ違う人の2倍ぐらいの速度で歩いていた彼女がその速度をだんだん緩める。そして顔を俯かせて、最後には立ち止まって地面を睨んだ。

 もちろん、引っ張られている俺も止まる。

 首を傾げると同時、彼女はか弱い声を出した。


「嫌い、かしら?」

「何を?」

「貴族が嫌いかしら?」

「……別にぃ? そりゃまぁ、身分ってのはいやだけどさ。貴族が嫌いなわけじゃないぞ?」

「そ、ならいいわ……。明日寝る場所がなくなるかと思ったもの。乙女にこんな心配させるなんて紳士失格ね」

「は?」

「なんでもないわ。それよりなにボサッと突っ立ってるのよ、さっさと歩きなさい平民」


 今度はきつめの声を出して、さっきよりも速く歩き出す。

 引っ張られながら、目の前で揺れる彼女の髪を見て、脳内の彼女のプロフィールに『横柄・矛盾』と書き加える。


 俺は知らない。

 俺が貴族が嫌いだと言えばすぐにでも家出する、そんな少女が俺のすぐ側にいることを。

 俺のキモチを一番に思ってくれる、そんな少女が俺のすぐ側にいることを。


 手が、少し強く、握られた。



 *



「この景色を見せてやるためにここまで連れてきたのよ、感謝するといいわ」

「……それ言われると感動が半減。まぁでもありがとう」

「えぇ、もっと言ってもいいのよ」


 貴族嬢に引っ張られるがまま街を出て、森に入って十数分進んだところ。人知れず、ひっそりと谷があった。谷の始まりの裂け目の所に大きな滝があり、谷底には川が流れている。

 滝は、太陽の光を受けて虹色に輝いていた。

 めちゃくちゃ綺麗だった。


 そこでふと気がつく。


「おい、いつまで手繋いでるんだ?」

「っ――こ、これは平民ごときのあなたなら落ちかねないと心配してやってるのよっ」


 彼女は頬を赤らめつつそう言って手を離す。

 手が離れた後で、その手のぬくもりを喜んでいた自分に気がついた。彼女を意識している自分に気がつく。

 心臓を服の上から押さえると、その手が震えるほどに強く鼓動していた。押さえつけて静まらせる。静まら——


 ――全然静かにならねーよッ! めっちゃドキドキしてやがるじゃねぇかッ!


 心の中で大きく叫ぶと、少しだけ落ち着いた。

 彼女が崖に座ったのに習って、その隣に腰を下ろす。

 すると彼女がぽつりと呟いた。


「ふぅ、一人で見たときよりも綺麗に感じるわ……っ――別にあなたが一緒だからって訳じゃなくてッ!」

「別に平民が貴族様にそんな妄想をするわけないだろ。

 お前にとって俺は特別でもなんでもない、それぐらい分かってるからいちいち叫ぶなウルサい」

「あなたウルサいって誰に向かって――!」


 分かってる。分かってるんだ。

 彼女にとって俺は特別でも何でもなく、ただ年の近い平民。

 その事実がどうしてもイヤで、イヤでイヤで仕方がなかった。

 だから俺は、身分が大嫌いだ。


 こっそり、目の前の風景を眺める彼女の横顔を、眺める。

 整った顔立ちと白い肌。ツヤのある髪。綺麗な目。

 風景の何千倍も綺麗だ、なんて心に零して、慌てて口に出ていないか心配で口を塞いだ。


「どうしたのかしら?」

「い、いや……なんでもない」

「そうは思えな――」


 その瞬間、背後の草むらが揺れる音がして振り返ると、中から緑色の人型の魔物が飛び出してきていた。その名前は——

 俺が慌てて魔物と彼女の間に割り込もうとすると、それより先に彼女が魔物に向かって手を突き出して冷静に一言呟く。


「【ファイアボルト】」


 瞬間、彼女の手から火が噴き出して一瞬にして魔物を焼き尽くす。

 その後には、焼け焦げた地面と僅かな灰が残っているだけだった。灰になる前がなんの魔物だったのか、それ以前に魔物であったかどうかすらも、識別がつかなくなっていた。


 その光景に唖然として、そんな俺にドヤ顔をする彼女を見て、我に返って叫んだ。


「お前森の中で火の魔法使うんじゃねぇよ!」

「黙りなさいっ、平民が貴族の肉壁になるんじゃないわ! 

 勝手に死なれたら領地の労働力が減るじゃない! 二度とあんな無謀な事をするんじゃないわ!」


 喝の入った声にたじろぐと、彼女は怖い目をして俺を睨む。

 彼女の言葉は真逆で、『普通は平民が貴族の肉壁になるもの』が正しい。だが、それを指摘するとさらに怒鳴られる気がしたので、遠回しに言い返すことにした。


「お、俺はお前が死んだらいけねぇから立ち上がろうとしたんだしッ、森で火事になったらどうするんだよ!」

「……別にどうだっていいわ。私一人の命、あなたを助けることとそう大差ないわ」

「お前何をッ――」

「これは私の務めよ、口出しは許さないわ」


 すごみのある声に再びたじろぐ。

 私――貴族としての務め、そう言われたら何も言い返せなくなる。でもそれは間違ってる気がして、どう言い返そうか頭を悩ませる。

 だから、気づけるわけがないのだ。


「……私にとって特別ならこれぐらい当然よ……」


 彼女の、ほんのり赤い頬なんて。かすれて上擦った声なんて。

 そっと、俺の指に遠慮がちに触れる小さな手なんて。


 パチパチと、木が焼ける音が辺りを覆っていた。








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