マイ・ラブ
タケシは精力的に撮って回ってる。イイ味出てるよ。タケシはオフィスを出てからカメラを置いてた時期があったけど、今となったら良かったかもしれない。オフィス時代の固さがほぐれた感じがする。どういうかな。弟子が一番苦労するのは、
『写真とはこう撮るものだ』
この固定概念なのよね。典型はかつての西川流。マドカさんの写真を見てたらよくわかったもの。そりゃ、一定の型に嵌めた写真は小綺麗に仕上がるけど、それはプロの写真じゃないんだよ。その上に立って初めてプロって名乗れるんだ。
アートならなんでもそうだよ。他人と同じは評価されないんだ。他人とは違うものを表現して初めて評価されるんだよ。そういう意味で写真はかえって難しいかもしれない。カメラって道具は使いやす過ぎて、変わったこと、新しいことをするのにかえって不便なところはあると思ってる。
だから工夫やアイデアが必要なんだ。それをカメラと言う道具を通していかに表現するかがプロのテクニックなんだ。でもそれだけじゃダメで、自分の表現したいものをちゃんと持ってないといけない。
タケシは立木写真館でアイデアや工夫を自然に盛り込めるようになってる。それだけじゃない、自分の写真もつかみかけてる。もうちょっとなんだ。タケシが自分の世界を手にするのは。
「アカネ先生、お願いします」
良くなってる、良くなってる。職人さんの動きがうまく取りこめてる。構図も面白いし、イイ表情が撮れてるよ。こっちは街並みか。これも悪くない。かなり渋めなのはサトル先生のエッセンスを取り込んだ感じにも見える。
今日で三週間になる。タケシの進歩は本当に目覚ましい。ここまでになってくれれば本当は不満などないはずなんだけど、今回の相手は辰巳雄一郎。これだけじゃ勝てないんだよな。辰巳だってあれだけ気合入れて来てるし。
辰巳に勝つには、この段階で何かを付け加えてやらないといけない。これも決めてる。タケシがここまで来るのを待ってたんだ。
「タケシ、飲みに行こう」
「今からですか」
「ラスト・スパートに備えての気分転換だよ」
アカネが泊ってるのは花ホテル。赤壁市では赤壁グランド・ホテルが一番大きいのだけど、あそこは辰巳御一行が乗り込んで来たから、こっちに移ったんだ。花ホテルの方が小さいけど、名前の通り花が溢れてる可愛いホテルだよ。そこのバーに行ったんだ。
「タケシ、課題の写真だけど」
「言わないで下さい。ボクだって恥しいのですから」
「なに言ってるの。あれをツバサ先生と二人で見たアカネの方がもっと恥しかったよ」
あれだけストレートに訴えられたら、アカネでなくとも参っちゃうよ。
「でも嬉しかった」
「ありがとうございます」
「心の底から嬉しかった。タケシの気持ちがわかってホントに嬉しかった」
あの写真を見るまで気づかなかったのは伏せとこう。もっとも、そのうちツバサ先生は暴露するだろうけど。そうだな、結婚式の祝辞ぐらいでやらかす、絶対やらかす。ツバサ先生がそういう人なのはよ~く知ってる。
「だから待ってる」
「えっ」
「出来たらタケシの方から言って欲しい。アカネも女だから」
わっ、タケシの顔が真っ赤だ。アカネも多分同じ。だってさっきから震えが来てるし、声もなんかいつもと違う。でもお願い、タケシから言って。タケシがジン・フィズを一気飲みしてる。
「アカネ先生」
ついに、ついに、
「ボクは先生のことを」
うんうん、
「世界で一番愛していると胸を張って言えます」
う、うれしい。涙が止まらない。アカネもそうだよ。
「どうか彼女になってください」
「タケシ、それだけじゃやだ」
「えっ」
「ここまで追いかけて来たんだよ」
回りくどいのはいらない。アカネの心は決まってるんだ。今夜は特別の夜、二人が重ねた月日に鼻水が出る夜なんだ。あれっ、どうも違うぞ。やばい、ここで言葉でないと、延々と引っかかってしまう。こんな大事な夜なのに。ええい、ここは割り切って良いことにする。
タケシが動揺してる、アカネも胸が張り裂けそう。タケシ、行こう二人で次の世界に。タケシが耳まで真っ赤になってる。いきなりで言いづらいよね。でも今夜に決めたいの。お願いタケシ、勇気を振り絞って言って、それを言う時よ。タケシはコップの水をグッと飲み干して、
「どうかボクと結婚して下さい」
ついに言ってくれた。今日はこれが聞きたかった。早く答えなきゃ、返事は決まってるのに、
「絶対に幸せにしてみせます」
情けないことにアカネが辛うじて絞り出せたのは、
「よろしくお願いします」
もう胸がいっぱいでなんにも話せなくなってた。
「タケシ行こう」
「えっ、どこへ」
えへ、今夜はもう一部屋取ってたんだ。ここの最高級スイート。絶対こうなるって思ってたから、タケシに最後のレッスンをするためにね。これでタケシの最後の力が付いてくれるはず。
言うまでもないけどアカネも初めてのレッスンを経験する。そしてね、そしてね、タケシからのレッスンはアカネを幸せにしてくれるんだ。そしてね、これから何十年もずっと、ずっと死ぬまでレッスンしてもらうんだ。
「アカネ先生・・・」
「もう先生はいらないよ、アカネって呼んで」
「は、はい」
「優しくしてね」
「もちろんです」
ここからどんなレッスンになったかは誰にも教えてあげない。
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