知らなかった!

 立木さんが教えてくれたんだけど、赤壁市にも天女伝説があるんだよ。良く聞いてみると以前にコトリさんに教えてもらったのと似てた。


 だから天女が水浴びした羽衣の泉もあるし、長者屋敷の跡にも石碑が建ってる。天女が処刑されそうな男を天に連れて行ったところも公園になってて、ここは桜の名所としても有名だそう。ついでに言うと、羽衣饅頭とか、長者煎餅も売ってる。



 天女伝説が赤壁市にもあると知ってタケシの事と重ね合わせちゃった。アカネが天女で、タケシは貧しい男って役回り。アカネに一目ぼれしたタケシは苦しいオフィスでの修業にも耐えたし、仙人に会いに行くところは、谷奥温泉に行くところに似てる。殿様からの縁談はコンテストで、殿様は辰巳かな。


 ピッタリ同じじゃないけど、似てると思うと似てる気がする。ちょっと強引だけど、辰巳との対決になって困っていたタケシをアカネが助けに来るところは刑場のシーンに近い気がしてる。う~ん、ロマンチック。


 ここで気になるのは、天女っていつ男の気持ちに気が付いたんだろう。泉の時じゃないよな。やっぱり長者になっても縁談を断り続けた時かな。少なくともお城のお姫様の縁談を断った時には気が付いてるはずだよな。


 それだったら、もっと早い段階でOKしてやればイイのに。鈍すぎるんじゃないかと思うんだよね。だってさぁ、ずっと天から見てたんだろう。気になるから見てたんだろう。それなのに冷たすぎる気がするんだよね。


 アカネだったら、そんなことしないもの。もっと、もっと早い段階で男の気持ちにも気づくし、応えてあげてるよ。だってさ、天女が動くのは男が磔にされて、槍が刺さる寸前じゃない。


 そりゃ、ストーリーとしてはドラマチックだけど待たせすぎだろ。この伝説って天女がウルトラ鈍感だから出来上がった気がする。天女がアカネだったら、泉の時は無理としてももっと早くに気づいて結ばれてるもの。



 そんなことを考えてたらツバサ先生から電話があったんだ。タケシの様子とかコンテストの見通しとかを話してんだけど、ちょっと気になる事があって聞いてみた。


「タケシはいつからアカネのことが好きになったんでしょうね」


 まあ、いくらツバサ先生でもそこまでわかるはずないと思ったけど、


「そんなもの入門面接の時に決まってる。アカネ、ホントに気づかなかったのか」

「じぇんじぇん」


 それはツバサ先生の考え過ぎじゃないかなぁ。いくらなんでもあの時点じゃ無理だろ。それとアシスタントも苦戦していた時期があったけど、


「アカネに指導してもらうタケシの目を見て何も感じなかったのか」

「じぇんじぇん」


 そうだっけ。アカネは撮影中に泣きそうな顔をしていたタケシが、アカネが後で指導する時には気力を盛り返したぐらいに思ってた。なかなか根性があるぐらいには感心してたけど、あれを恋する男の目と見る奴なんていないと思うよ。


 でもまあ、タケシがアカネを愛していたのは間違いないから、ツバサ先生の指摘も一理あるとは思う。しっかし、ツバサ先生もそこまで知っていたら、教えてくれても良かったのにと文句言ったんだけど。


「課題でタケシが苦しんでいる時に言ったぞ、それも二回もだ」

「あれって、そういう話だったんですか」

「あれでも気づかなかったのか」

「じぇんじぇん」


 あれでタケシがアカネのことを愛してるなんて気づく方がおかしいじゃない。


「アカネ、あの写真を見るまでまったくか」

「もちろんです」


 そりゃ、少しは気にしていたのは認める。でもそれが、タケシを実は愛しているなんて想像も出来なかったんだ。あくまでも可愛い弟子の一人。


「タケシを逃がすなよ」

「もちろんです。逃がすもんですか」

「逃がしたら、二度と気づくか疑問だ」

「そんなことありません」


 アカネはそこまで鈍くないですよ~だ。どこぞの天女と違うんだから、


「じゃあ聞くが、ヒロムとか、アキトとか、ミツオとか、ヒサトとか、トシオとか、クニミツとか、マサキとか、イサムとか、ツネユキとか、そうそう梶さんとかは?」


 ツバサ先生も良く知ってるな。あの連中なら、


「掛け値なしのナンパ野郎」


 他に考えようがないじゃないか。


「違う!」


 へぇ、違ったのか。ナンパ野郎以外の何者にも見えなかったけど。


「じゃあ、タクロウとか、佐藤さんとかは?」

「最悪のストーカー野郎」


 これだけは自信を持って言える。これが間違いだったら、アカネの目は節穴同然だもの。


「違う!」


 えっ、あれ本気だったの。う~ん、タケシを逃がすと二度と見つからない気がホントにしてきた。アカネって、案外もててたんだ。もったいないことしたかも。でも、もうイイ。そんな男たちより百倍タケシがイイ。そうだよ、アカネにはタケシ一人で十分。


「そうだな、タケシ以外には難しかったかもしれん」


 ウルサイわい。当たってそうなのが悔しいけど。でもこれで天女の気持ちがよくわかった。人の愛なんてそう簡単にはわかるはずないものね。


「違う! アカネが鈍すぎるだけだ。アカネ以外ならとっくに気づいてる」

「そんなことは・・・」

「オフィスのスタッフだって全員気づいてる」

「マドカさんでも?」

「当たり前だ!」


 ここまで言われると、そうとしか思えなくなってきた。だからマドカさんの方が早く結婚出来たのかも。そう言えばツバサ先生だってサトル先生の気持ちを、加納志織時代から気づいてたって言うし。アカネにもこういう欠点があったんだ。


「違う! 写真以外は欠点のブラックホールみたいなものだ」


 そこまで愛弟子に向って言うか。


「これは師匠としてのお願いだ」

「なんでしょう」

「赤壁にいる間にタケシで全部経験しろ。このチャンスを逃したら終りだ」


 終るか! まったくどいつもこいつも、アカネのことをどう見てるんだよ。


「そんなもの普通じゃ考えられない鈍感バカだ」


 師匠でも許さんぞ。でもハズレてない気がなぜかする。

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