作戦会議

 城下町フォト・コンテストの規定は大会の四週間前から撮影開始で、大会の前日の十時までに会場に提出となってる。その日に審査が行われて、夕方に発表・表彰で翌日から展示って段取り。


 部門毎にエントリーが別れてて、小学生の部、中学生の部、一般の部、そしてグランプリ部門となってるんだ。これも最初は現在のグランプリ部門だけだったんけど、シンエー・スタジオからしか応募がなくなって、その他の部門が拡大されたって聞いてる。


 タケシの腕は落ちてなかったけど、やっぱり錆びついてる部分はあったんだ。アカネがやったのは錆び落としとブラッシング・ケア、違うぞブラスバンド、いやブラックボックス・・・


「アカネ先生、ブラッシュアップして頂いて感謝しています」


 そうそうブラッシュアップ。だいたいだけど、オフィス加納時代に、ほぼ戻ってるはずだよ。いやあの頃以上のはず。


 タケシほどの腕があれば、本来ならこの程度のコンクールは出る価値さえないぐらいだけど、とにかく辰巳雄一郎がいる。こいつは手強い。なんと言っても西川流の三代目みたいなものだからね。


 辰巳もアカネが来てる事を知ったみたいで、えらい早くから赤壁市入りをしてる。もちろんテンコモリのスタッフを従えてだけど。辰巳は事業欲が強すぎる点はあるけど、腕は確か、いや一流以上として良い。


 今のタケシの実力では荷が重すぎる相手だけど、会長杯の力が出せれば十分に勝機はあるんだ。それぐらいあの時の写真は良く撮れてた。さすがに見るのは照れ臭かったけど、タケシの実力もタケシの想いも十分すぎるぐらいわかったもの。


 問題は会長杯の状態にタケシをどうやって持ち込むかなんだ。あの時は『これでもか』の重圧をツバサ先生が設定した上に、さらにタケシが職まで注ぎ込んだ状態で撮れたもの。その点だけはツバサ先生も懸念しているところなんだよ。


 今日は明日からの提出作品撮影のための激励会。と言ってもホテルのレストランでご飯食べるだけだけど、


「タケシの健闘を祈ってカンパ~イ」


 とりあえずは明日からの作戦会議、


「辰巳先生、すごい数のスタッフ連れて来てましたね」


 今回のテーマは


『城下町の風情』


 これは街並みとか、城下町らしい情景を要求してるで良いと思う。辰巳の野郎はモデルまで動員してやがった。こんな賞金すら出ないコンクールにだよ。もっとも、賞金こそかかってないけど、利権は懸ってるから、それぐらいやるか。


「スタッフなら神戸から呼んでもイイけど、あくまでも立木写真館の代表だからね。タケシ一人でやるんだ」

「はい。でもモデルはハンデですね」

「そうでもないよ。今回のテーマなら地元の人を使った方が効果的だよ。モデルじゃない、一般の人の表情を引き出すのもテクニックの内だから」


 それぐらいはタケシにも出来るはず、


「狙いは」

「常套戦術ですが、朝と夕を中心に狙ってみたいと考えています」


 まあ、誰でもそうするよね。写真は光の芸術、日の光がコケッコッコー時刻、なんかおかしい。コックローチ時刻、なんでゴキブリが出て来るんだ。コペンハーゲン時刻、デンマークは関係無いよな・・・


「まさに刻々と移ろう時ですものね」


 そうそう、その刻々と移ろう時は風景写真には取っては王道中の王道。真昼間の光はのぺっとして撮りにくいものね。もちろん昼間をあえて狙うやり方もあるけど、まずは王道を進むべきだと思うよ。


「それと桔梗屋さんと胡蝶屋さんの協力も得られそうです」

「それは大きいね」


 桔梗屋さんはこの町で一番の和菓子屋さん。店は江戸時代からって話もあるぐらい風格のあるもので、食べたら上品な甘さで気に入ってる。胡蝶屋さんは手作り櫛を作ってるんだ。和櫛の材料はツゲが多いんだけど、ここはミネバリを使うのが特徴。アカネも買ってみたけど、なかなか良い感じ。


「他には」

「漆器の木原屋さんの撮影許可も取れました」


 ここの漆器も有名なんだよな。ここの漆器の特徴は錆土を下地に使うことで、他の漆器より頑丈だそうなんだ。えへへ、アカネがお土産に買う時に聞いたんだけど。聞いてると他にもかなりの老舗から協力を得られたみたいなんだ。


「どうも市長への反感もあるみたいです」


 立木さんから聞いたんだけど、今の市長は観光都市化を進めた点では評価されてる部分はあるのだけど、どうにも地元産業の軽視というか、見下してる姿勢が鼻に付いてるみたい。言われてみてお土産さんの製造場所をチェックしたら市街の物が多くてビックリしたもの。立木さんに言わせれば、


『儲けてるのは余所者ばっかりで、こっちはおこぼれぐらいしか回って来ない』


 かなり憤慨してた。タケシも余所者だけど、赤壁市民的には助さん、格さん、近いけどちょっと違う。好き者、タケシはそうではない。スケート、季節が違う。えっと、えっと・・・


「面はゆいですが、まるで助っ人みたいに思われてます」


 そうそうそれ。可哀想だけど辰巳は肩叩き、違う。肩こり、違う。肩車、違う、


「かた、かた、かた・・・」

「そうそう辰巳先生なんて敵役になってしまっています」


 タケシはエライのよね。ちゃんとアカネが言いたいことがわかってくれるんだよ。それはともかく、立木写真館にも応援とか激励みたいな訪問も増えてるんだよね。なんか盛り上がってる感じがする。


 さてだけど職人の作業風景を題材にするのも面白そうな気がする。動きがあるから、これを取り込めたら、かなりダイナミックなものが出来上るはずなんだ。


「ですから朝夕は街並みを中心に撮って、昼間は作業場回りをしようと考えています」


 イイ作戦だと思う。どちらかに絞るのも作戦の一つだけど、撮影期間もあるから、それぐらいは手を広げた方が面白い絵が拾える可能性が増えるものね。問題は辰巳が何を狙うかだね。


「やはり風景がメインと見てますが」

「アカネもそこから入ると思うけど、お互いの動きはある程度わかっちゃうから、作戦変更もあるよ」


 市内でも撮影できるスポットはある程度限られるし、とにかく辰巳は大名行列を引き連れてるから動きはわかるはず。もっともこっちの動きだって、スパイぐらい貼り付けるだろうから筒抜けだけどね。


「テーマが被ったらシンドイですね」

「なに言ってるの。四つに組んでも勝つ気じゃなくちゃ」


 テーマが被ることのデメリットは比較しやすいこと。メリットも同じ。怖がることはないよ。四週間のうちに会長杯の時の領域まで入れることが出来ればタケシは勝つ。


「ところでちょっと心配が」

「な~に」

「審査の公平性はどうでしょうか」


 この点はアカネも心配してる。どうしても勝ちたい勝負になると、このクラスのコンテストならバイ貝、あれは好きだ。バイアグラ、タケシにはたぶん不要だ。バイリンガル、アカネには無理だ。バイエルン・ミュンヘン、アカネはFCバルセロナの方が好きだ。あれっ、何を思い出してたんだっけ、えっと、えっと、


「今年のヴィッセル神戸は弱いよね」

「ええアカネ先生、審査員の買収もあり得ますね」


 そうそう、買収は起こりうることだもの。それでも辰巳はやらんだろうけどね。こんなしけたコンテストに買収までやらかしたら、西川流総帥のこけら落とし、じゃなかったコケ脅しになっちゃうもんね。


「さすがに沽券に関わりますものね」


 タケシはホントに賢くて優しい。


「もう土俵に上がってるから余計なことは考えない。写真にだけ集中して」

「そうですね。写真にのみ集中します」


 がんばれタケシ。アカネが引っ付き虫になってるぞ。


「アカネ先生が付いてくれると心強いです」


 タケシと話をするとスムーズなんだよな。ツバサ先生とは大違い。

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