市長室にて

「市長、辰巳先生が御挨拶に参りました」

「うむ、通してくれ」


 市長の観光利権政策に喰らいついて来た一人がシンエー・スタジオ。写真を利権化したいの提案に驚かされましたが、これを受け入れ、市内の観光写真だけではなく学校などの関連施設の撮影の独占を行わせています。支社長は築田ですが、東京から辰巳社長がわざわざコンテストに参加すると聞いて驚いています。


「これは、これは辰巳先生。先生が当市のコンテストに参加して頂くのは光栄なことですが、わざわざどうしてですか」

「今回はこれまでのように行きそうにありませんからな」


 市長は写真の世界にそれほど詳しいとは言えませんが、辰巳が写真界でどれほどの存在かぐらいは知っています。


「辰巳先生に匹敵する写真家など世界でも殆どおられませんし、ましてや城下町フォト・コンテストは市内の写真館しか応募資格はありません。それなのに、今回はどうしてですか」

「オフィス加納が絡んで来ている」

「えっ」


 市長でもその名前ぐらいは聞いたことがあります。


「わざわざ神戸から」

「実は・・・」


 オフィス加納が絡む理由を聞かされた市長ですが、


「そんな逃げ出すような弟子相手に築田先生が遅れを取るとは思えませんが」

「いや調べれば調べるほど容易じゃないのがわかる。あそこの教育システムは大きく分けて三段階になっている。


 ・アシスタント過程

 ・課題克服

 ・個展開催


 このうちアシスタント段階だけではなく、課題もクリアしているらしい。それも相当高い評価らしく、オフィス加納の五人目のプロになる声さえあるようだ」


 不可解そうな市長ですが、


「どうして逃げたのですかな」

「そこのところははっきりしないが、わざわざ探し出して連れ戻そうとまでしている」

「そこまで・・・」

「しかも連れ戻しに来たのが泉茜だ」

「それって、あの渋茶のアカネ」


 ビッグ・ネームの出現に驚く市長でしたが、


「それでも、もし負けても場所を一つ譲るだけではありませんか」

「築田はやり過ぎた」


 辰巳社長の見方はシビアです。グランプリを取ることによってシンエー・スタジオが独占はしていますが、


「立木が勝ち、立木の下に市内の写真館が形式的でも傘下になられたら市長はどう対応する」


 シンエー・スタジオが観光写真利権を独占した時に、市内の写真館は指定範囲外の穴場スポットで営業をしていた時期がありました。築田は市長に働きかけて、すべて許可規制地域にしてしまったのです。


 ただそれにより撮影スポットが二倍以上になり、さすがのシンエー・スタジオもカメラマンが足りなくなってしまったのです。やむなく元弟子のスタジオを傘下として認めさせた経緯があります。


「そ、それは・・・ありうるかも。でも、今年負けても・・・」

「だから築田はやり過ぎた」


 これも仮にの話になりますが、立木写真館がオフィス加納の傘下に入れば、麻吹つばさや泉茜の参加すら可能になってしまうのです。そこまででなくとも、青島健が立木写真館にこれまた形式的にも籍を残してしまうと参加を拒否できなくなります。


「これはシンエー・スタジオ傘下のカメラマンに撮影資格を与える時に、参加資格を拡大したために可能となっておる」

「う~ん。では参加条件を今からでも変更して・・・」


 辰巳社長は憐れむように、


「市長は政治家をやめたいのか。オフィス加納とエレギオン・グループのつながりは有名だ。あまりにも阿漕なことをすればエレギオンHDが動く可能性だってある」


 市長は予想もしない名前の出現に驚き、


「あのエレギオンHDですか」

「そうだ。あそこの調査部が動けば、市長の裏事情などあっと言う間に暴かれ公表されるってことだよ」


 事態の深刻さがやっと呑みこめた市長は、


「負ければ写真事業を失い、下手に工作すれば破滅・・・」

「それとだ、市長の施策に対する不満の声も高くなっていると聞く」


 市長もそれは良く知っています。


「はっきり言っておく。市長も築田もやりすぎた。市政は市民の上に成り立つものだ。市民の支持を失えば、いかに堅固そうに見えても砂上の楼閣にすぎん。市民の不満がどこかで噴き出せばガラガラと崩れかねない状態だと見ておる」

「それは手厳しいご意見ですが・・・」

「市長には見えないのかね。今度のコンテストに立木写真館が出場すると言うだけで、どれだけ市民が盛り上がり熱狂しておることか」


 そこは気になっていた市長です。


「このコンテストで負ければ蟻の一穴になる事がありうる。そうなればシンエー・スタジオも向う傷を受けかねない。私はこの穴を開けない様にするために来たが、今後については考えるところがある」


 たかがフォト・コンテストがこれだけ重くなっているとは。辰巳社長が市長室から去った後に嫌な事を市長は思い出します。


「日程が妙に合ってるじゃないか・・・」


 エレギオンHDの小山社長と月夜野副社長の地方視察の予定があるのです。もちろん大歓迎で、エレギオン・グループの投資を呼び込めれば市長として大手柄になります。あれこれ歓迎や視察先の準備を行っているのですが、


「まさか、こんな田舎のフォト・コンテストに関心を持たれて、わざわざ赤壁市を視察に含めてるとか」


 エレギオンHDの小山社長がいかに恐るべき人物かは市長も熟知しています。その卓越した経営手腕もそうですが、その政治的影響力の大きさもです。とにかくエランの宇宙船騒ぎの時には、地球全権代表になっただけではなく、米中露に代表される有力国も抑えきってしまっているからです。


 日本政界への影響力も巨大で、小山社長の意向一つで総理の首があっさり飛んでいくとも言われています。政局の度に小山社長の言動や、動きが注目されるのは政治家としての基礎知識みたいなものです。


「シンエー・スタジオがいなくなろうが、写真事業を失おうが大した事ではないが、小山社長の不興を買ってしまえば政治家としての未来は無くなる・・・」


 さらに今回は月夜野副社長も同行しています。月夜野副社長も稀代の策士とまで呼ばれる人物。さらに小山社長が絶大かつ絶対の信頼を置いているのは有名過ぎるお話です。小山社長と月夜野副社長のコンビは世界を動かしていると言っても大袈裟とは言えません。


「この赤壁市に何が起ろうとしておるのだ。とにかく小山社長や月夜野副社長の御機嫌を損ねないようにしなければ・・・」

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