また一人・・・
馬と馬術の勉強は進めています。初心者体験コースもやってみました。シノブさんをモデルにとにかく撮りまくってます。ただ撮っても、撮っても、アカネ先生からは、
『これじゃダメ。おもしろくない。タケシの世界を撮らなきゃダメ。タケシを縛ってるものから離れるんだ。そう、初めてカメラを持って、何を撮りたかったを思い出すのも一つだよ』
かなり煮詰まってしまっています。今日はツバサ先生のお弟子さんのシンタローと食べ放題の近所の焼肉屋に。シンタローは入門年次で一年上。歳が同じなので気が合って、弟子修業のアドバイスもだいぶもらっています。
「甲陵の仕事とはビッグだな」
「参ってるよ。お馬さん相手だからな」
「だろうな」
話はいつしかプロの壁の話に。
「・・・マドカ先生は、そんなことを仰られていたのか」
「そうなんだ。そうなるとボクはプロに必要な世界を持ってないかもしれない」
シンタローはセンマイを食べながら、
「それはツバサ先生から似たような話を聞いてる。トドの詰まりは、アーティストであるかないかじゃないか」
「プロのフォトグラファーが撮るのは写真じゃなくアートだってことだろ」
「そうなんだが」
シンタローは塩タンをさっと炙ってレモンを絞り、
「フォトグラファーと思うから良くないんだろうな。芸術家の世界と思えば、そこには売り物になる作品と、そうじゃないものしかないもの。その差は、作品に込められている芸術性になるし」
「そこまでわかってるけど、なにが必要なんだろ」
ボクはビールを飲みながら、バラを焼き、
「ところで神戸通信の仕事はどうなった」
「あれか」
神戸通信とは情報雑誌で、神戸の様々な店舗の紹介をしたりイベント情報を提供するものです。
「ものにならなかった」
シンタローは、キモを食べながら、
「撮っても、撮っても、ツバサ先生は認めてくれなかったよ」
「シンタローでもか」
「ああそうだ。これもタケシがいずれ経験するだろうから教えといてやるけど、あのクラスの仕事になると、商店街とは桁が違うんだよ」
シンタローは三年目になっており、かなり大きな仕事を任されています。シンタローは二週間かけて撮ってますが、
「これがオレの写真だ」
さすがにシンタローです。弟子の中ではテクは一番とされ、工夫を凝らした作品ばかりです。これでも認められないとは、
「最後はツバサ先生が尻拭いさ」
「ツバサ先生が!」
「そうだよ。オレもコンチクショウと思ってたから、変な写真を撮ったら文句を付けようと見てたんだけど・・・」
ツバサ先生は半日ぐらいで無造作に撮ってしまったらしいのですが、
「これがツバサ先生の作品だよ」
ぐぇ、これはなんと、
「オレはヘタヘタと座り込んじゃったよ。あんなにアッサリ撮ってるのに、オレとは段違いなんだよ」
シンタローはまた塩タンを炙りながら、
「オフィスに来てから、腕は上がってるんだよな。来る前の写真なんて恥しくて見れないぐらいに」
これはボクもそうです。
「でもな、ツバサ先生との差はちっとも縮まってる気がしないんだよ。あれだけオレの腕が上がっても、縮められたのは誤差の範囲としか思えないんだ。それぐらい距離が余裕である」
炙り終わった塩タンにレモンを絞り、
「こんなもの、死ぬまでかかっても追いつけないよ。そのうえで、ツバサ先生はさらに先に先にと進んでおられる」
それはアカネ先生も同様です。オフィスの四人のプロはそれぞれが傑出していますが、ツバサ先生とアカネ先生はさらに別格の化物としか言いようがありません。あの二人はいつの日か写真の行き着く先を極めるとまで言われています。
「潮時と思ってる」
「シンタロー、お前まさか」
「もうツバサ先生にも相談した。神戸通信がオレの最後の挑戦だったんだ。あれはそのためにツバサ先生が回してくれたと思ってる」
ビールをグイッと飲んで、
「オフィス加納は写真を目指す者の聖地だとよくわかったよ。ここに来て、プロの仕事がどれほどのものかがハッキリわかったもの。オレには悔しいが聖地で生きる資格はなかったようだ」
シンタローの目が赤い。あれはビールに酔ってるだけじゃない、
「でもイイ体験させてもらった。これほど好きな写真に打ち込めたことはなかったからな。そういう意味でも聖地だよ」
「シンタロー、あきらめるにはまだ早いんじゃ」
「さっき壁の話をしてただろう。アカネ先生は最初から自分の世界にいたのはそうかもしれないが、まだ気づいてない者だっているはずだ。マドカ先生の話がそうだ、あれだって、西川流の呪縛が解けたら見えて来ただけかもしれない」
そうかもしれない、
「ツバサ先生もタケシには期待してたぞ。お前なら持ってるかも知れないってな。だからこその甲陵の仕事だろう」
「シンタロー・・・」
「シケタ面するな。別にオレが死ぬわけじゃないんだ。フォトグラファーの仕事には向いてないのがわかっただけの話さ。まあ、カメラも写真も好きだから、ここで上げてもらった腕を使って別の道を探すさ」
シンタローの姿は翌日にはオフィスから消えていました。また一人弟子が去って行ったのです。あれだけの技術を身に付けながら、個展段階にさえシンタローでも進めなかったのです。マドカ先生の言葉が頭をよぎりました。
『技術で取れる写真は誰にでも撮れるのです。プロに求められるのは技術を駆使しての自己表現がいかに出来るかです。それこそが自分の世界です』
ボクは何を撮れば良いのか、どこに向かって進んで行くべきなのか、深い闇の中に落ちて行く自分がいます。
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