アカネへの課題
タケシが完全に行き詰ってる。すんなり行くわけがないけど、苦しいだろうな。北六甲乗馬クラブで撮ってくる写真にも迷いが出まくっている。四股を踏むじゃなかった、試験監督じゃなかった、えっと、えっと、なんだっけ、そうだ! 思い出した。試行錯誤と言えない事もないけど、あれは完全に迷路に入り込んでる。
「アカネ、入るぞ。それにしても、ちっとは片付けろ」
ツバサ先生に言われたないわ。今でこそサトル先生が片付けてくれて小綺麗になってるけど、結婚前はどんだけだったか知ってるんだぞ。
「だいぶ苦しんでるな」
「ええ、そういう時期ではあるのですが」
「アカネですらあったからな」
今から思い出しても、あれは無茶振りもエエとこだった。だってだぞ、相手は加納先生だったんだから。よくまあクリアできたものだ。
「まだ無理だったと思います」
「あれぐらいをクリア出来ずにプロになれるか!」
あれだけ弟子を可愛がるのに、こういう課題を出す時はサドじゃないかと思うほどエゲツナイのがツバサ先生でもある。
「今回は延期にするべきだと思います。完全に迷路の中に入り込んでいます」
「いやあの苦しみは必要だ。苦しみに苦しみ抜き、七転八倒の末につかんだものこそ身となり肉となる」
やっぱりサディストだ。
「あのままでは、また潰れちゃいます」
「甲陵の仕事であること、慣れない馬術の写真、それも大会の一発勝負、さらにアカネが同時に撮ってる。これだけの重圧をかけてやれば、もし本物であれば出て来るはずだ」
ゴマの油を絞ってるんじゃないと思うけど、
「でもマドカさんの個展の時は延期しています」
「あれは延期する必要があったからだ。タケシにはそんな必要はない」
どこが違うって言うのだろう。
「アカネ、待ってどうする」
「もうちょっと力を付けて・・・」
「本気でそう思ってるのか」
グサッ。そこを言われると辛い。タケシは優秀なんだよ。テクに関しては十分すぎる力があるんだ。問題は発想が固過ぎること。写真とはこういうものだの固定概念が強すぎるんだよな。
「タケシは壁までたどり着いてるとアカネも見たから甲陵の仕事に賛成したんだろう」
「それは、そうなんですが」
ここまで来たら課題を与えて、本物かどうかテストする段階なのはアカネにもわかる。ここでダメなものは去るし、クリアしたら個展段階に進むぐらいかな。でもだよ、ここでタケシを潰すのは惜し過ぎる気がする。
「もう少しやさしい課題でステップを踏んでですね・・・」
「うふふふ、もっと素直になれ」
なに言ってんだ?
「タケシを潰したくないんだろ」
「そりゃ、アカネの弟子ですから」
「それだけか?」
それだけだけど、
「タケシにはある気がする。しかしそれはかなり硬い殻に包まれている。とにもかくにも、本当にあるかどうかを確かめるには、この殻を叩き潰さないといけない。だからあれだけの課題を用意した」
「それはそうですが・・・」
「あれで割れなきゃ、どうしたって割れないし、割って中身が無ければ去って行く」
わかってますけど、今強引に割らなくても、
「手伝ってやれ」
「手伝ってますよ」
「写真以外でだ。だから素直になれって言っただろう」
アカネは、これ以上はないぐらい素直ですよ。
「じゃあ聞く。どうしてタケシのケースだけ、これだけこだわる」
「だから可愛い弟子だから・・・」
「ホントにそれだけか」
「それだけです」
なぜか楽しそうにツバサ先生は笑って、
「まったく手間のかかる奴だ。どうしてタケシがあれだけ頑張ったのか考えたことあるか」
「そりゃ、ここでプロになるためでしょう」
他になにがあるって言うんだ。
「わたしはタケシを採用した時に、必ずここまで来ると見たよ。たとえ石に噛りついてもアカネに付いて行くってな」
「どういうことですか」
「タケシはアカネに付いて行きたいんだ」
はぁ?
「アカネも気づいてるはずだ。自分の胸に手を当てて考えてみろ。そうすればタケシの殻を剥く方法がわかるはずだ」
ここまで言ってツバサ先生は部屋から出ちゃったけど、どうしてズバッと言ってくれないよさぁ。あれもツバサ先生の悪いクセだ。写真のテクを教える時は、見て覚えろみたいな回りくどい方法を取らないのに、こういう話となると、ひたすら回りくどい。
とにかくわかったのは、ツバサ先生はタケシに何が何でも課題をやらせるつもりだ。それだけじゃない、今のままではタケシは課題をクリアできない公算が高いとも見てるで良さそう。その点はアカネも同じなんだけど、クリアするカギがアカネにあると踏んでるんだよね。
そう言われたって、この段階になると教えるじゃなくて、タケシが自分でつかまなくちゃならないんだよ。なにをつかませるかなんて、アカネでもわからないよ。とりあえず、あれやるか。アカネの時にもあったし、マドカさんの時にもやった、気分転換。それぐらいしか思いつかないもの。
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