第17話 落とし穴で大ピンチ

 壁かけランプがほのかに灯る、石造りの通路。

 そこはしーんと静まり返っており、人っ子一人姿は見当たらない。

 だからこそ、物音に気をつけて歩かなければならないのだ。


「おまえらー、屁なんかこくんじゃねーぞー」

「するわけないでしょー」

「屁っこき――いえ、太一さんに言われたくはありませんわー」


 太一は寝起きドッキリのような小声で注意をうながした。

 そのあとに続く理奈とレイカも同様に忍び声で呼応する。

 慎重に、それでいて足早に、三名はコソドロのごとく背を丸めて地下を目指した。

 そこらの肖像画もグースカと熟睡しており、こちらの存在にまったく気づかない。

 今のところチームワークは完璧である。


 ほどなくして本館一階、エントランスホールに到着。

 正面奥には二階の回廊へ続く階段が設けられている。

 新選組のハイライト、階段落ちを連想させる形状だ。

 その裏側の壁をくり抜くようにして、地下への階段が造られている。

 そこから地下に足を踏み入れた一行は、わずか十分少々の時間を要するだけで、開かずの扉にたどり着くことができた。

 一本道の途中で左折した通路の突き当たり、ここで間違いがない。

 絵馬・ワトソンに成り済ましたここ一週間、太一は深夜にチョロチョロと徘徊し、いろんな悪さをしていたのだ。

 いわば訓練を積んだ迷宮のエキスパート。

 その自分が隊を先導している限り、そう簡単に迷子になるわけがなかった。


「よし、鍵を開けるぞ」


 畳二枚分はあろうかという、鋼鉄を黒塗りした物々しい観音扉。

 その鍵穴にキーを差し込んで右に回すと、ガチャリ、と開錠の音が鳴り響く。

 ハンドルのような取っ手はないのだが、左右の扉にはドアノッカーがついている。

 ライオンが輪っかを咥えた例のアレだ。

 太一はその片方の輪っかに手をかけた。

 そして扉を手前にひらこうとしたところ――。

 ジャリ!

 と、小石を踏みつけるような物音が聞き届く。

 それは明らかに、青島探検隊のものではない。

 通路の後方、およそ十数メートル先、T字路になった曲がり角の陰からである。


「そこにいるのは誰だ!」


 太一は大声で問うた。

 本来、こちらが隠れるべき立場だが、思わず流れでバシっと問うた。

 すると――。


「ワ、ワオーン……」


 曲がり角の向こうから犬が返事をよこしてきた。

 すっごく気まずそうな鳴き声をしている。


「なんだ、犬かよ。ビックリさせやがって」

「ねえ太一、こんなところに犬なんているの?」

「そりゃいるだろ。ネズミやネコがいるぐらいなんだからさ」

「そのネズミとネコは、理奈さんとわたくしが鳴き声をマネたのでしてよ」


 レイカは曲がり角の方へ指を差す。

 先日、その場所で青島探検隊は身を潜めていた。

 開かずの扉の前にボブと蘭子先生がいたからだ。

 その二人から目をそらすため、理奈とレイカが鳴き声をマネたのである。

 それでもって太一は屁をこいた。


「あんときは俺たちもまだ若かったな」

「「「アハハハ」」」


 太一は照れたように頭をさすり、メンバーの三人は声をそろえて笑い合う。

 そうやって和気あいあいしていると、犬のことなんかどうでもよくなった。

 そして太一は重厚な扉を手前にこじ開け、一行はその先へと進入を試みる。


「なんか、やべー空気が漂ってるぜ」


 奥へ奥へと伸びる、一本道の通路。

 そこには壁掛けランプの明かりなど目に映らない。

 唯一の光源は、壁面に生えた緑の光苔だけである。

 その淡い光が不気味に通路を照らし、禍々しい風が奥の方から流れ込んでいた。

 異世界のダンジョンと心霊トンネル、それを足して二で割ったような雰囲気だ。


「ねえ太一……。やっぱりやめたほうがいいんじゃない……?」

「おそらく出ますわよ……。霊がうじゃうじゃ出ますわよ……」


 デュラハンとは思えぬ弱腰のセリフだが、二人が怖じ気づくのも無理はなかった。

 霊感のまったくない太一ですら、股間にゾクっとするような悪寒を感じているのだ。

 たぶん、アソコはちっこいドリルになっている。

 だがこの試練を乗り越えない限り、ひと皮剥いて大きく成長することはできない。


「おまえら、ビビることはねーぞ。なにかあったら、俺がおまえらのことを必ず守る。だから勇気を出して前に進もうぜ」

「わかった。あたし太一についてく。太一を信じてる」

「わたくしも隊長に全幅の信頼を置いておりましてよ」

「お、おまえら……よく言ってくれた……ううっ……」


 太一は二人の熱い言葉に胸を打たれ、じーんと涙が込み上げてきた。

 そんな彼女たちも固い絆を感じてか、しくりと目尻に指先を運んだ。

 そして三人は太一を真ん中にして横並びとなり、フラダンスを踊りながら前へと進んだ。

 これは恐怖心を軽減させる目的とともに、悪霊を追い払う儀式もかねている。

 今のところチームワークはまだ揺るがない。


 ほどなくして――。

 青島探検隊は第一の関門にぶち当たった。

 なんと、前方に大きな穴が空いているのだ。

 サイズは縦に十メートル、横に五メートルほど。

 通路の床がそっくり抜け落ちたような状態となっている。

 つまり、足場がない。

 助走をつけてジャンプしたとしても、この距離を飛び越えることは不可能だ。


「どうすんだよこれ……先に進めねーだろ……」

「意図的に作られた落とし穴みたいね……」

「おそらく、何人もの侵入者がここで命を落としたのでしてよ……」


 三人は穴の縁ギリギリに立ち、おっかなビックリ下を覗き込んだ。

 底は真っ暗でなにも見えないことから、かなりの深さがあると予想された。

 太一は試しに小石を投げてみる。


 三秒。

 五秒。

 十秒。


 なにも聞こえてはこない。

 とんでもなく深い穴だ。


「ヤッホーーーー!!」


 今度は理奈が穴に向かって山びこを試みた。

 するとヤッホーが返ってきた。

 渓谷のように深い穴だからこそ、こうして山びこが聞こえるのだ。

 ここから落ちたら確実に死ねる。


「ヤッホーですわーーーー!!」


 続いてレイカも山びこを試みた。

 同じく、ヤッホーですわー、が返ってきた。

 なんだか楽しそうなので太一もやってみる。


「イヤッホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 三秒。

 五秒。

 十秒。

 いくら待てど、太一のイヤッホーは返ってこなかった。


「どうして俺にだけ意地悪するんだよ……。俺がなにしたって言うんだよ……」


 太一は落とし穴に背を向けてうつむいた。

 どうせこの謎現象に意味はない。

 コントのようなものだとわかっている。

 でも、自分だけハブられた感はどうしても拭えず、それなりに心が傷ついた。

 そんなところに――。


「ねえ、あそこになにか見えない?」


 理奈が穴の向こう側に指を差す。


「なにやら変なものが壁についてますわね」


 レイカも手をかざしてそちらに視線を定めた。

 たしかに二人の言うとおりだ。

 落とし穴を超えたすぐ右手の壁に、おかしな突起物がついていた。

 長さは三十センチほど、人の腕ぐらいの太さがあるだろう。

 その四角い石の棒が壁の縦溝から上向いている。

 太一はそれを見てピンときた。


「おまえら、あれはレバーだ。あのレバーを下げれば、前へ進むことができるんだ」


 落とし穴の両壁をよく見ると、畳を縦に並べたような溝がついていた。

 十中八九、レバーを下げれば仕掛けが発動する。

 畳のような形の溝に沿って、両側から壁が倒れ込んでくる仕組みなのだろう。

 つまり、それで落とし穴が塞がれるというわけだ。


「でも太一、落とし穴を超えないことには、レバーの操作なんてできないわよ」

「そうですわ。向こうに行く手段がないのなら、仕掛けもクソもないですわよ」


 理奈とレイカの言うとおりだ。

 レバーがこちら側にあるのならまだしも、それが落とし穴の向こう側にある。

 どう考えてもレバーを操作することはできない。

 一見すると矛盾しているが、その答えはいたって単純である。


「生首フワフワ魔法を使えばいいんだよ。生首だけで飛んでいけばいいんだ」


 理奈とレイカの生首、そのどちらかが浮遊して向こうへ渡り、レバーを操作すればいい。

 それで仕掛けが作用し落とし穴が塞がれる。

 残された胴体とメンバーは、安心して床の上を渡ることができるのだ。

 そんな太一のひらめきをよそに――。


「あ、あたし、ちょっと急用を思い出した……」

「わ、わたくしも、これから親戚の葬式が……」


 理奈とレイカは露骨な嘘をつき、そそくさと来た道を戻ろうとする。

 しかもレイカの嘘は、身内の不幸なら会社をサボっても許されるという、堕落した新人サラリーマンの考えそのものだ。

 それだけに、上司の太一としてはなおのこと腹が立つ。


「おまえら、隊長の俺についてくるんじゃなかったのかよ」


 太一は二人の襟首を両手でグイっとつかみ上げた。


「それとこれとは話が別でしょ! あたしたちはただでさえ魔法が使えない落ちこぼれなのよ!」

「そのとおりですわ! 魔法が失敗したからってやり直しなんかできないのでしてよ! 生首だけスットーンと穴に落ちて、あっという間にあの世行きになるのでしてよ!」


 理奈とレイカは両足をバタつかせ、ギャーギャーピーピー喚き散らしている。

 たしかに二人は魔法が使えない。

 人間とのハーフの理奈は、生まれながらにしてハンデを背負う落ちこぼれ。

 かたや純血のレイカは、サラブレッドなのに魔法の才が欠けた特異体質だ。

 それだけではない。

 先日、普通科目での学年テストがおこなわれたのだが、理奈はビリから二番目だった。

 栄えあるビリケツ第一に輝いたのが、世界征服という高い志を持つレイカだ。

 レイカはインチキ人生がバレたこともあり、カンニングをする必要がなかったらしい。

 そんな二人は名実ともに真の落ちこぼれ。

 いくらあくせく勉強したところで、理奈とレイカのビリケツが入れ替わるだけである。

 だがしかし。

 このような出来損ないは時として、ここぞという大一番で才能が開花する。

 ゆえに今をその好機と捉え、生首フワフワ魔法に挑戦しなければいけないのだ。

 ちなみに余談ではあるが、太一もシダレ髪をかぶって三年生の学年テストを受けた。

 もちろん全科目で0点だった。


「おまえら、このままでいいのかよ。もしこの試練に背を向ければ、おまえらはこの学園を卒業するまで、アホだのバカだのウンコだの、みんなから笑い者にされちまうんだぞ」

「それでもいいわよ! アホでもバカでも命があるだけマシでしょ!」

「そうですわ! 命が助かるなら甘んじてウンコを受け入れましてよ!」

「バカヤロウッ!!」


 太一は語気を荒げて一喝し、ドン! と二人の背中を突き飛ばす。

 理奈とレイカはダンゴムシのように転がりながら通路の壁に激突。

 その衝撃で彼女らの生首がゴロンともげた。

 そこで太一は烈火のごとく教訓を叩き込む。


「おまえら俺みたいなバカになりたいのかよ! 俺ぐらいのレベルのバカになるとな、近所の薬局で痔の薬買ったことが翌日には学校中に広まってるんだぞ! それも自分とまったく関係のない、隣町の学校にまでだ! おかしいじゃねーか! 俺、隣町の学校に知り合いなんていねーんだぞ! それもこれもな、俺がバカだからだ! これまでずーっとバカやってきたから、見ず知らずの学校の生徒がすれ違いざまに痔のことでバカにしてくるんだ! おまえらこのままじゃ、俺みたいなバカになるんだぞ! そうなったらもう手遅れなんだぞ! それでもいいのかよ!」


 太一は両の拳を固く握りつつ、白糸のような涙を頬に滑らせた。

 悔しいからじゃない。

 二人が自分のようなバカになってほしくないからだ。

 本当にそう思うから、自然と涙があふれてきたのだ。

 すると――。


 倒れた生首がスクっと起き上がり、二人は泡を食ったように太一の方を向く。


「いやだ! あたしそんな有名なバカになんかなりたくない!」

「痔の薬を買ったら隣町にまで噂が広がるなんて、生き地獄もいいところでしてよ!」


 太一の熱い教訓はしっかりと伝わった。

 理奈とレイカは涙目となり、そうなりたくはないと声を大にして訴えている。

 今ならまだ間に合う。

 そのていどのバカであれば、いくらでも軌道修正を図ることができるのだ。

 太一のように芸能事務所へ履歴書なんか送ってしまうと、もう後戻りはできない。


「よし、なら練習からはじめるぞ。おまえら、そこで生首フワフワ魔法を使ってみろ」

「わかった! やってみる!」

「成功させてみせますわよ!」


 太一の指示を受け、二人はバーベルを持ち上げるかのような顔で力みはじめた。

 胴体は正座した状態となり、床へ置いた生首にハンドパワーを込めている。

 鼻クソみたいな魔力を最大限に高めているのだろう。

 ややあって、二人の生首に変化があらわれた。

 理奈のそれが十センチほど浮き上がり、レイカに関しては一メートルほど宙に浮く。

 授業では一回も成功させたことのない、生首フワフワ魔法。

 それがこの命を懸けた土壇場にきてミラクルを引き寄せた。

 いや、ミラクルなどではない。

 彼女たちが真の実力を発揮したからこそ、こうして生首を浮かすことができたのだ。


「やった! やったわよ! あたし、はじめて魔法に成功した!」

「わたくしもですわ! 生まれてはじめて魔法を使うことができましたわよ!」


 二人は鐘を鳴らすかのように生首をフワフワと揺らし、喜びの声を弾ませた。

 さらには十メートルの距離を行ったり来たりして、その浮遊感を確かめている。

 これなら落とし穴の向こう側へ渡ることができそうだ。

 しかし、理奈の生首は十センチしか浮かんでいないので、レバーを押し下げるには高さが足りない。

 ということは、レイカが仕事を担うこととなる。


「レイカ、やってくれるか」

「わ、わかりましてよ……」


 彼女はただならぬ緊張感をその表情に示し、浮遊する生首を穴の縁(ふち)まで移動させた。

 だがそれ以上、前へ進むことができない。

 真っ青な顔で頬をブルブルと引きつらせ、そこから一ミリも動けずにいた。

 ここからはメンタルとの闘いなのだ。

 地面に置いた鉄骨なら誰にだって渡れる。

 しかし、高層ビルを橋渡しする鉄骨ともなれば、足がすくんで前へ進めるわけがない。

 今の状況は、それと同じことを意味する。


「レイカさん! 頑張って! あなたならきっとできるわ!」


 落とし穴の向こう側からエールを送る、理奈の生首。

 いつの間にやら死の関所をクリアし、この手に汗握る緊張感をぶち壊していた。

 才能が開花したというよりは、頭のネジが外れてバカに磨きがかかっている。

 なんにせよ、理奈の低空飛行ではレバーを押下することができない。

 よって必然的に、レイカがこの恐怖を克服しなければならないのだ。


「やっぱり……わたくしには無理でしてよ……。足がガクガク震えて、どうしても前へ進むことができませんの……」

「心配するな。おまえは今、生首だけで浮かんでる。足を動かす必要はまったくない」


 レイカの胴体はというと、理奈のそれと一緒に後ろの方で立ち尽くしている。

 ただレイカの両足だけが、道路工事のランマー(地面を固める機械)のように、

 ズガガガガガガガガガガガガガ!!

 と、激しく振動をともなっていた。

 そこまで足が震えるほど恐怖を感じているらしい。

 ぶっちゃけ、太一が生首を穴の向こう側へぶん投げれば済む話。

 しかし、それではレイカのためにはならない。

 せっかく魔法の才に目覚めた彼女に、インチキという言葉は似合わない。

 自分の力でこの試練を克服するからこそ、さらなる飛躍の第一歩につながるのだ。

 太一はあくまでもそれにちょっと手を貸してあげるだけだ。

 そこから先は、レイカのやる気と根性にかかっている。


「おいレイカ、俺がおまえの髪を握っててやる。だからちょっと先まで進んでみろ」


 太一は二本の縦ロールを手綱のように握った。

 もし、レイカに不測の事態が起きたとしても、これなら生首が穴に落ちる心配はない。

 このように補助つきで練習してから、ぶっつけ本番に挑んでもらうのだ。


「ぜ、絶対に、なにがあっても絶対に……その手をはなしてはダメですわよ……」

「あたりまえだ。なにがあってもはなすもんかよ」

「わ、わたくし……太一さんを信じておりますわよ……」

「どんと信用してくれ」

「で、では……行きますわよ……」


 レイカは三十センチほど生首を前に移動させ、落とし穴の境界線を飛び越えた。

 手綱の補助に安心してか、よりデッドゾーンへと踏み込んでいく。

 縦ロールの長さは一メートル半。

 それがピンと水平に引っ張られ、補助の限界点に到達した。

 これ以上生首が前に進むと、太一まで落とし穴の境界線を越えてしまうことになる。


「案外、平気なものですわね」


 補助に安心しきっているのか、レイカはそのことに気づいてはいない。

 太一が前傾姿勢で踏ん張っているのをよそに、前へ前へと生首を浮遊させていく。

 約束した以上、手をはなすわけにはいかない。

 だから太一は生首を制御するため、手綱をグイっと自分の方へ引っ張った。

 次の瞬間――。


 スポッ!


 と、二本の縦ロールが頭から外れ、その反動で太一は床に尻もちをつく。

 手にするそれと生首を交互に見やり、太一の目玉もスポッと飛び出した。

 そう、レイカの縦ロールは地毛ではない、ウィッグなのだ。

 脱着式のそれを強く引っ張ったため、あろうことか頭から外れてしまった。

 レイカはまだ気づかない。

 補助があると思って自信をつけたのか、落とし穴の真ん中あたりまで進んでしまった。


「おかしいですわね。なにか頭が軽くなったような気がしますわ」


 ここでレイカの生首がくるりと振り返る。

 その視線の先にあるのは、ウィッグを両手に持って尻もちをつく太一だ。


「――ッ!!」


 いくらバカなレイカでもさすがに気がついた。

 彼女もまたスポっと目玉を突き出し、自分が今いる場所と太一を交互に見やる。

 それはもう、この世の終わりみたいな顔になっている。


「どどどどど、どういうことですの! なにがどうして、こんなアクロバババババティックなことになっているのですの!」


 レイカは呂律が回らないほどパニック状態だ。

 生首も不安定なものとなり、ガクっと沈んでは浮いてを繰り返している。


「レイカ! やべーぞ! とにかく向こう側まで突っ走れ!」

「レイカさん! 早くこっちに来るのよ! そのままじゃ落ちるわよ!」


 太一は落とし穴の向こう側へウィッグを突きつけた。

 そちらにいる理奈も、自分の方へと誘導を大呼する。

 すると――。


 スタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!!


 レイカの胴体が落とし穴に向かって一直線に駆け出した。

 彼女はパニックのあまり、生首を動かさずに胴体を走らせてしまったのだ。

 おまけに見事なまでの短距離走フォームで突っ走り、決して超えられない穴の向こう側を目指していた。

 レイカの意志は全力で死から逃れようとしている。

 だが胴体は新記録を出す勢いで死に急いでいる。

 このままでは生首もろとも落とし穴に真っ逆さまだ。


「早まるなーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 太一はタックルで胴体にしがみつき、レイカの自殺を止めにかかった。

 幸い、穴の縁ギリギリで胴体を押し倒したが、依然、生首はデッドゾーンの上にいる。

 海で溺れたようにアップアップともがき、落下するのは秒読み段階と思われた。

 さすがにこれはまずい。


「うおりゃあああああああああああああああああッ!!」


 太一はレイカの胴体をジャイアントスイングでぶん回し、あらん限りの力で放り投げた。

 狙いは空中で溺れかけた生首、それを胴体と一緒に穴の向こう側へ弾き飛ばすのだ。

 しかし――。

 その狙いは外れてしまい、胴体だけが落とし穴を飛び越えた。


「フゴッ!」


 しかもジャストミートしたのは対岸にいた理奈の生首。

 彼女は顔面にパンチを食らったような声を上げ、通路の奥の方へ弾き飛ばされていく。

 この時点でレイカの死は確定したようなものだが、太一は最後まで諦めない。

 ここにはまだ一体だけ胴体が残されている。


「うおりゃあああああああああああああああああッ!!」


 太一は理奈の胴体をジャイアントスイングでぶん回し、全身全霊を注いで放り投げた。

 これを外せば今度こそレイカの命はない。

 だからこそ、彼女自身も最後まで諦めてはならないのだ。


「レイカ! 顔面アタックだ! 顔面アタックで理奈の胴体にぶつかれ! なにもしないで死ぬより、なにかしてから死んでいけ!」

「それじゃまるで死ねと言っているようなものですわ! 死にませんことよ! わたくし、世界征服を成し遂げるまで、絶対に死にませんことよ!」


 レイカは不安定でグラつく生首を、胴体に向けてフワっとわずかに上昇させた。

 そのなけなしの魔法の力は弱くとも、それは何事にも負けない強い意志である。

 彼女が土壇場で発揮した真の実力は、寸分たがわぬ精度で顔面アタックを成功させた。


「フゴッ!」


 胴体のケツにアタックしたレイカの生首。

 それは弧を描くように弾き飛ばされて、先に胴体が向こう側へと落下する。

 そして偶然か、はたまたレイカの計算づくか――。

 カコン! と、対岸のレバーに生首がヒットした。

 その衝撃でレバーが押し下げられ、仕掛けが発動。

 鎖でつながれた両壁が手前から順に倒れ込み、隙間ひとつない足場がつくられた。

 青島探検隊みんなの力があったからこそ、この命懸けの試練を克服できたのだ。


「道はひらけた! さあゆくぞ!」


 隊員二名からの返事が届かない中、太一は我が物顔で第一関門を突破した。

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