第12話 青島探検隊、解散!

 それからおよそ三十分後。

 青島探検隊はまたもや大ピンチに見舞われていた。

 今宵、二回目の迷子である。


「ちょっと太一! もう迷子の心配はなかったんじゃないの!」

「どうしてわたくしたちはまた迷子になっているのでして!」


 二人が血管ぶち切れそうな勢いで怒るのも無理はない。

 なにせこの事態を招いたのは太一の責任だ。

 それを連想形式で説明するとこうなる。


『ボブは犯人』→『犯人は地下に潜むはず』→『階段を下りて地下へ』→『迷子になる』


 以上が太一の下した判断であり、最後は迷子という結果に陥った。

 しかも地下の通路にある肖像画は、まったくもって役に立たない。

 どれも百歳ぐらいのジジババで、いくら声をかけても目を覚まさないのだ。

 耳が遠いというよりも、ポックリ死んでいるのではなかろうか。

 ようはナビ不在という不運も重なり、隊は地下迷宮をさ迷っていた。


「だいたいね、なんでマダムの肖像画を持ってこなかったのよ!」

「その裏側に学園の見取り図が描いてあるのではなかったのでして!」


 太一としてもそこが痛いところだ。

 見取り図さえあれば迷子になることだけはなかった。

 とはいえ、マダム殺人事件は予期せぬアクシデント。

 太一も冤罪になるかどうかの瀬戸際で焦っていた。

 だからこそ、見取り図の存在が頭から欠落していたのだ。

 そこを非難されたとあっては、太一とて黙ってはいられない。


「このトチ狂ったマントヒヒのメス二匹! ギャーギャーギャーギャーうっせーんだよ!」

「なにがトチ狂ったマントヒヒよ!」

「ずいぶん失礼な物言いですわね!」

「全部が全部、俺のせいにすんなって言ってんだ!」

「とりあえず責任取りなさいよね! あたしたちがマントヒヒのメスなら、あんたはマントヒヒのボスなんだから!」

「そうですわ! マントヒヒのボスらしく責任を取るべきでしてよ!」

「おまえらにマントヒヒのボスのなにがわかる! マントヒヒのボスの苦労も知らないくせに、知った口きいてんじゃねーよ! ウギャー!」


 いつしか青島探検隊は三匹のマントヒヒと化し、醜い言い争いをギャーギャーギャーギャーと繰り広げた。

 もう人間にその言葉は聞き取れない。

 そんなとき――。


「なにか猿のようなうるさい鳴き声が聞こえるのだが……」


 すぐ先の分かれ道、その右手の方向から、こちらの存在に気づく者がいる。

 この女司令官のような気丈な声色。

 蘭子先生にほかならない。


「………………」

「………………」

「………………」


 動物的本能でそれを察知した、太一と理奈とレイカ。

 三匹は即座にケンカを中断し、壁に背を寄せじっと息を押し殺す。

 おそらく、角を曲がって五十メートルほど先に、蘭子先生がいる。


「蘭子先生、空耳じゃないですか? こんなところに猿がいるはずありません」


 彼女のほかにもう一人いた。

 この野太いおっさんの声はボブだ。

 エンジン音もかすかに聞こえるので、軽トラとワンセットかと思われる。


「それもそうだな。どうやら私の幻聴だったようだ。そもそもこの学園に猿がいるはずがない。いや――いたか。私の生徒に青島太一というバカな猿が」

「オレが運んだ坊主のことですか」

「あのバカは中学でも私の教え子だったが、当時から成長というものがまるで感じられん。むしろ日を追うごとにバカに磨きがかかっている」

「あの坊主、脳ミソがスカスカしてそうですしね」

「雲のようにな」

「「ハハハハ」」


 そして二人は声を重ねて笑い合う。

 人をこの上なくバカにしたような、とてもかろやかな笑い声だ。

 太一は怒りがこみ上げ全身をプルプルと震わせた。

 以前、レイカへ抱いた嘲笑を、そっくりそのまま返された。

 それだけに、あの二人を末代まで呪ってやりたいところだ。

 だが今はやるべきことがある。

 蘭子先生とボブがなぜ行動をともにしているのか。

 それを見定めるためにも、太一は己の気配を忍者のように断ち切った。

 間違っても、ここでクシャミひとつすることは許されない。


「それよりボブ、そのドアは開けることができそうか?」

「いや、無理ですね。鍵がないとどうにもなりません」

「ドアを壊すこともできんのか? 軽トラで体当たりすれば一発ではないか」

「学校を管理する我々が器物を損壊するわけにはいきませんよ」

「それもそうだな」

「というか蘭子先生、鍵をどこに無くしたんですか?」

「わからん。大切な物なのでどこかにしまったはずなのだが、その場所をすっかり忘れてしまったのだ」

「それは困りましたね」

「ならボブ、ドアをすり抜けて中から鍵を開ければいいのではないか? 幽霊の貴様ならそれぐらいできんことはなかろう」

「ほかの幽霊はどうか知りませんが、オレはそれができない幽霊なもんで」

「空を飛べるくせに壁抜けもできんとは、まったくおかしな幽霊だな」

「もしオレが成仏したら、天国の神さまに文句でも言っておきますよ」

「天国に行けると思うのか?」

「蘭子先生、冗談きついですね」

「「ハハハハ」」


 そして二人は声を重ねて笑い合う。

 この笑い声を聞くと、太一はまたもや怒りが込み上げてきた。

 それはそれとして、なにやら二人はドアをひらくことに手こずっている。

 この地下に存在する部屋のひとつに、なにか用事でもあるらしい。

 地下は上層階と同じく迷路と化しているのだが、各所には部屋が設けられていた。

 とはいえ、そのほとんどが倉庫のようなものである。

 いずれにせよ、こんな時間に彼らがここへ訪れること自体が不自然だ。

 なにかやましい理由があるとしか思えない。

 太一がそう憶測していたところ――。


 プゥ~~~~~~~~~、プッ!


 地下通路の静けさを打ち破り、太一のケツから屁が奏でられた。

 それもステテコを着たおっさんがするような、二段構えのハーモニーだ。

 やってしまった。

 あろうことか、このクシャミひとつ許されない状況で、格別の屁をこいてしまった。

 晩飯で田楽芋をたらふく食べたせいかと思われる。


「そこにいるのは誰だ!」


 むろん、蘭子先生が気づかないわけがない。

 彼女は曲がり角の向こうから、半ば逆鱗したかのように怒声を響かせた。

 まるで犯行現場を見られた凶悪犯のような声である。

 もうダメだ、口封じで殺される――。

 と、太一が諦めかけたそのとき――。


「チュウチュウ、チュウチュウ」

「ニャ~オ、ニャ~オ、ですわ」


 理奈がネズミの鳴き声をマネ、レイカがネコの鳴き声をマネた。

 すると――。


「なんだ、そこにネズミとネコがいたのか」

「誰かの屁だと思いましたが、どうやら聞き違いだったようですね」

「ボブ、ちゃんとネズミの駆除はしているのか? 野良ネコまで入り込んだではないか」

「すみません、地下までは手が回らないもんで」

「まあいい。それより鍵がないとはじまらん。ひとまず戻るぞ」


 バタン、と車のドアが閉じる音。

 蘭子先生は軽トラに同乗したらしい。

 そして車のエンジン音がどんどん遠のき、やがてその気配も静寂の中へとかき消された。

 曲がり角から様子をうかがうと、その先の通路にはもう誰もいない。

 太一はほっと胸を撫で下ろし、ネズミとネコのファインプレーに感謝した。

 だがしかし――。


「ちょっと太一! なんでオナラなんかしてるのよ!」

「クシャミをしてはいけない状況でクシャミをするならまだしも、オナラをするマヌケがどこにおりまして!」


 二人は可愛げな小動物から一変。

 ゾンビに感染したブルドッグの顔でがなり立ててきた。

 だが太一には、どうしても納得ができないことがある。


「なんで俺が屁をしたって決めつけてんだよ! ここにはメンバーが三人いるんだぞ! 誰が屁をしたかなんて、わかるはずねーだろ!」

「あんな下品なオナラをするのはあんたしかいないでしょ!」

「ステテコを着たおっさんがするようなオナラでしたわよ!」

「う、うっせー! おまえらのどっちかがしたんじゃねーのかよ!」

「あたしがするわけないじゃない!」

「わたくしだってしておりませんわ!」

「俺だってしてねーよ! 屁の神様に誓って絶対にやってない! 俺は無実だ!」


 屁の神様まで出した以上、太一ももう引き下がれない。

 それに悪いのは理奈とレイカだ。

 確たる証拠もなしに犯人と決めつけた、彼女たちが悪いに決まっている。


「よく平気でそんな嘘をつけるわね! 親の顔が見たいもんだわ!」

「親の顔どころか、父方と母方の親族、すべての顔が見たいものですわ!」


 理奈に青島家の子育てを批判されるのはまだわかる。

 近所のクソガキも同じセリフで罵ってくるし、太一もそこは慣れっこだ。

 しかし、レイカにだけは言われたくはなかった。

 こやつは人生を嘘で塗り固めてきたうえに、世界征服まで目論む悪の化身。

 しかも先ほどからステテコだのこちらの心を読み取り、巧みな精神攻撃を仕掛けている。

 まさに悪魔のデュラハンだ。

 人さまの育ち方をどうこう言える立場ではない。

 それなのにレイカは、青島家の子育てを批判するばかりか、血族の尊厳をも踏みにじる暴言を口にした。

 いくら仏の太一とて我慢の限界だ。


「もうやめた! おまえらなんか嫌いだ! ニンジンより大嫌いだ! 青島探検隊は今ここで解散する!」


 太一は憤然とそう吐き捨て、二人を残しスタスタと通路を歩いた。

 嫌いな食べ物よりも嫌いになったからには、解散を決断するほかはない。


「ちょっと太一! 謝りもしないで逃げる気なの!」

「いま謝るのなら、屁っこき虫のあだ名ぐらいで許してあげましてよ!」

「どこの世界に頭を下げてそんなあだ名をちょうだいする物好きがいる! 俺を愚弄するのもたいがいにしろ!」


 太一は決して振り返らない。

 二人の顔を見るだけでも反吐が出る。


「解散するのはあんたの勝手でしょうけど、あたしたちは迷子になってるのよ!」

「そうですわ! どうやって脱出すればいいというのでして!」

「おまえらは軽トラのあとを追え! そっちが帰り道だ! 俺はもう二度と地上へ戻るつもりはない! この地下で自由気ままにスローライフな人生を送るんだ! そうすればおまえらの顔を見なくて済むからな! あばよ!」


 太一は絶縁状を叩きつけ、曲がり角の左手を前へ前へと突き進んだ。

 軽トラが走り去った方向とは逆の経路である。

 かたや理奈とレイカはというと――。


「太一のバカ! あんたなんか、もう知らないんだから!」

「落ち武者のようにハゲ散らかしてそのまま野垂れ死ぬといいですわ!」


 心ない言葉を太一の背中にぶつけ、帰り道にズシズシと足音を響かせていく。

 立ち止まる気配は微塵もみられない。

 しばしの時間を経て、その荒々しい足音も空気に溶け込むように消え失せた。

 太一はチラっと後ろを振り返る。

 すると二人のシルエットは、どこをどう探しても視界に映り込むことはなかった。


「よし、俺も帰るとするか」


 抜き足、差し足、忍び足。

 彼女たちに気づかれないよう細心の注意を払い、太一は脱出ルートに踵を返した。

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