第11話 殺人事件

 およそ三十分後。

 青島探検隊はマダムのもとへたどり着いた。

 あのエロヤクザが親切丁寧に(太一にではない)道順を教えてくれたおかげだ。

 が、しかし。

 ここでよもやの大事件が勃発。

 なんと、マダムが死んでいる。

 それもオデコに工具ドライバーが突き刺さった状態で死んでいる。

 そんな彼女は目をカッと見ひらき、トラックに轢かれる直前のような顔で息絶えていた。


「ねえ、太一……これって、かなりやばくない……?」

「このマダムというお方……間違いなく死んでおりますわ……」


 理奈とレイカは恐怖心を色濃く浮かべ、肖像画の前で小さく震えている。

 被害者のマダムは本物の人ではないにせよ、殺人現場を目にしたのだ。

 二人がチビりそうになるのも無理はない。


「それより太一、早く先生に連絡したほうがいいんじゃない?」

「そうですわ。それと念のため、警察も呼んでおくべきでしてよ」

「ダメだ。それだけは絶対にダメだ」


 太一は頑として彼女らの意見を跳ね除けた。

 その理由は二つある。


 まず一つ目は、校則違反を犯したことが発覚してしまうということだ。

 ここの生徒である理奈とレイカならまだいい。

 事態が事態なので、先生にきつく怒られるだけで済むだろう。

 だが太一は本来、殺されるべき生贄としてここへ連れてこられたのだ。

 その奴隷のような身分でありながら、隊長として二人を探検の道へといざなった。

 探検しようと言ったのはレイカでも、一番ノリノリになったのは太一だ。

 つまり、すべての責任を押しつけられ、独房監禁生活を強いられる可能性がある。

 それを出発する前に気づくべきだったが、今さら悔いてもしかたがない。


 二つ目。

 ここが一番重要だ。

 現時点では、マダムを殺した犯人が誰だかわからない。

 そして、この学園で一番怪しい人物として見られてしまうのが――。

 青島太一である。

 つまり、自分が犯人にされてしまうのだ。

 いくら冤罪を訴えてもまず信じてもらえない。

 理奈とレイカの弁護があったとしても、証拠がないので結果は変わらない。

 学園長である蘭子先生から死刑判決を言い渡され、ギッタンギッタンに殺されてしまうことだろう。


 そもそもこの学園は、なんの罪もない少年を誘拐し、入学式でぶち殺そうとした。

 そんなイカれた学園が、疑わしきは罰せず、なんて生ぬるい判断を下すわけがなかった。

 青島太一は疑わしいから罰せられるのだ。

 おそらく、葬式すらあげてもらえず、生ゴミと一緒に捨てられる。

 以上の理由から、先生への連絡という選択肢は却下された。

 太一がそれらのことを説明すると、理奈とレイカも同意を示してくれた。

 というか、警察に連絡できるものなら、入学初日に110番へ電話をかけている。


「でも太一、あたしたちはどうすればいいの?」

「わたくしたちは知らんぷりをすればいいのでして?」

「おまえらはこのまま寮に戻れ。もちろん、マダムが殺されたことも知らなかったことにしろ」

「太一は、これからどうするわけ?」

「この学園から逃走するのでして?」

「逃走できるならとっくにしてるっつーの。俺はこれから犯人を見つけ出すんだよ」


 太一にとって残された選択肢はそれしかない。

 マダムが殺された以上、おのずと嫌疑は自分にかけられる。

 それを覆すためには、確たる証拠、犯人を見つけ出すことが必要なのだ。

 すると――。


「太一! あたしもここに残る! 太一と一緒に犯人を捕まえる!」

「そうですわ! 隊長だけを残しておめおめと引き返せませんわ!」


 二人は身命を賭す勢いで両の拳をぐっと握った。

 理奈のつぶらな瞳に宿るのは、黒い宝石(クロマグロ)のような力強い光沢。

 レイカの切れ長のまなこを埋め尽くすのは、キラキラと輝く幾千のお星さま。

 彼女たちの目を見ればわかる。

 本気の覚悟だ。


「お、おまえら……俺のためにそこまで……ううっ、ううっ……」


 太一はじんじんと感動が込み上げ、男泣きが止まらなかった。

 かつて、これほどまで誰かに慕われたことがあっただろうか。

 振り返れば中学二年、秋のこと。

 太一は女子にモテたいという高い志を抱き、生徒会長選に立候補した。

 しかし。


『太一! 頼むからやめてくれ!』

『青島君! 私たちに恥をかかせないで!』

『あなたが笑い者になるということは、みんなが笑い者になるということなのよ!』


 などと、クラスの全員から猛反対を受け、出馬取り消しを余儀なくされた。

 しまいには、当時から担任だった蘭子先生にもぶん殴られた。

 近所のガキんちょですら、『太一兄ちゃんのバーカ』と、痛烈な悪口をかましてくるのだ。

 そんな自分に対し、理奈とレイカは結託の意思を示してくれている。

 そうともなれば、青島探検隊の底力を見せるまでだ。

 夢と希望とロマンとヤラセに満ちた、藤岡なんとか探検隊に負けてなどいられない。

 太一はバシっと頬を両手で叩き、感動の涙を胸の奥にしまい込んだ。

 ひとまずここは現場検証で犯人の手がかりを探す。


「おまえら、これを見ろ」


 太一は素手で凶器をすっと引き抜いた。

 マダムのオデコに突き刺さっていたのは、プラスのドライバーである。

 木柄のもので軸の長さは十五センチほどだ。


「ねえ太一、なんで凶器がドライバーのわけ?」

「おかしいですわね。普通なら包丁とかの刃物を使うはずでしてよ」

「そのとおりだ。なぜ犯人は刃物ではなくドライバーを使ったのか。そこに重要なヒントが隠されている。理奈、どうしてだかわかるか?」


 ドライバーの先端を理奈に向けて問う。

 ちなみに太一は犯人の目星がすでについている。

 もちろん、この凶器を見てピンときた。


「犯人はドライバーを使う人だから、それを凶器にも使った……てこと?」

「そのとおり、正解だ」


 もし食堂のおばさんが犯人なら、凶器にドライバーなど使わない。

 包丁を使うに決まっている。

 しかし、犯人は凶器にドライバーを使った。

 だからこそ、おのずと答えが絞られるのだ。


「じゃあ今度はレイカに質問する。この学園でドライバーを持っているのは誰だ?」

「生徒には必要のない物ですし……もしかしたら、用務員のおじさんでして?」

「ご名答。つまり、マダムを殺した犯人、それは――」


 太一はじらすようにゆっくりと間を取り――。

 理奈とレイカが生唾をゴクリと飲み込むのを待ってから――。

 その場でくるりと回って犯人の名前を口にする。


「ボブだ」


 言わずと知れた、用務員にして幽霊のおっさんである。

 なんらかの修理に工具は必須アイテム。

 なんらかの修理を担当するのは用務員のお仕事。

 以上のことを紐解けば、ボブが犯人と結論づけることができるのだ。


「でも太一、ボブがマダムを殺したのはどうして?」

「なにか動機がなければ、辻褄が合いませんことよ」


 二人は頭の上にハテナマークを浮かべ、そんな疑問を投げかけた。

 問題はそこだ。

 犯行には動機がつきものと相場が決まっている。

 太一が親の財布から金をくすねるときは、コンビニでエロ本を買う。

 ボブもなにか理由があったからこそ、犯行に及んだのだ。

 そこで太一の頭脳、偏差値二十以下の知力が、ピタリと答えをはじき出す。


「犯行の動機は痴情のもつれだ」


 これしか考えられない。

 もちろん、当てずっぽうなんかではなく、明確なロジックに基づく推理だ。

 それを順序立てて説明するとこうなる。

 まず、ボブは透明人間のスキルを武器に、女風呂で悪さをする変態のエキスパート。

 それを断定できる証拠はないのだが、十中八九、黒だ。

 なぜかと言うと、太一も透明人間なら女風呂で悪さを働く。

 だからボブは黒ということになる。

 しかも彼はおっさんなので守備範囲は広い。

 女子高生はもとより、完熟マダムまでカバーしていることだろう。

 ようはボブとマダムはできていたのだ。

 しかし、肖像画のマダムはこの場所から動くことができない。

 ボブがいつもなにをしているのか、悪い方へ悪い方へと想像が膨らむ。

 女風呂で悪さをしているのではないか。

 生徒寮へ忍び込み、夜這いをかけているのではないか。

 マダムは密会を交わすたび、そんな疑心の言葉でしつこくボブを問い詰めた。

 かたやボブはというと、


『してない、するわけがない、オレが信じられないのか』


 と、数多の浮気男が口にする常套句を並べ、真実を覆い隠そうとした。

 だが、歳を食ったババアにそんな嘘が通じるはずもない。

 ボブが否定を重ねるにつれ、マダムの嫉妬心も煮えたぎるように増幅されていく。

 この負のスパイラルを止める方法はたったひとつ。

 マダムをぶっ殺し、すべてを清算することである。

 そしてボブは今宵、密会に乗じて彼女を殺害した。

 以上が痴情のもつれの真相となる。

 太一はそれらのことを二人に伝えると、得意げに鼻でふんと笑ってみせた。

 今日の頭はいつも以上に冴えている。

 すると――。


「ていうか太一、幽霊と肖像画に痴情のもつれなんてあるの?」

「推理というより、ただの飛躍した想像じゃありませんこと?」


 理奈とレイカは訝しむように異を唱えてきた。

 これだからお子ちゃまは困る。

 大人の恋愛事情というものがまるでわかっていない。

 太一はやれやれと両手を広げ、一歩踏み込んだ話でそんな二人をねじ伏せる。


「おまえら、セックスしたことあるのかよ」

「な、なんでそんな質問してくるのよ……」

「や、藪からスティックになんですの……」


 股間から血流が駆け巡ったかのような動揺と恥じらいだ。

 太一の睨んだとおり、二人はションベン臭いガキだった。

 レイカのパクリギャグについてはさらっと受け流す。


「いいから答えろ。セックスしたことあるのか、ないのか、ちゃんと言ってみろ」

「あ、あるわけないでしょ……」

「わ、わたくしだってありませんことよ……」

「なら俺の推理にケチつけてんじゃねーよ。セックスの『セ』の字も知らない小学生が、エロ動画の良し悪しを判断できるのか? それと同じことだ」

「そういう太一のほうこそ、アレの経験があるわけ?」

「わたくしもそこが知りたいですわ」


 二人は童貞の泣きどころを攻めてきた。

 しかし、太一はそれについての対策を用意している。


「俺がセックスしたことあるわけねーだろ。カブトムシの交尾に嫉妬するぐらいだぞ。だけどな、大人の知識だけはベテランの域だ」

「大人の知識ってどういうことよ」

「ちゃんと説明してほしいですわ」

「俺はラブホの料金支払い方法に詳しい。そこがおまえら素人との違いだ」


 素人はこれを知らない。

 太一もかつては知らなかった。

 もしこれを答えられるのであれば、合格点を出してもいいだろう。


「普通のホテルみたいに、フロントで支払うんじゃないの?」

「受付カウンターの人に、お金を渡せばいいのではなくて?」


 はい、0点。

 と採点を下し、太一はドライバーの先で二人の頭をコンコンと小突いた。


「おまえらバカかよ。ラブホのフロントに人がいるわけねーだろ。もし受付カウンターに知り合いのおばさんが働いてたらどうする。光の速さで町中に不倫の噂が広がっちまうんだぞ。ラブホってもんはな、健全なカップルだけがちちくりあう場所じゃねーんだ」

「じゃあ、どうやってお金を支払うのよ」

「人がいないのなら、お金の払いようがありませんことよ」

「ところがどっこい」


 太一はドライバーをピンと立てた。

 そして無知なる彼女たちへ己の知識をひけらかす。


「いいか、よく聞け。ラブホの部屋には金を入れる筒が置いてある。その筒が空気の力でパイプの中を通り、陰ながら働く従業員のもとへ届くんだ」


 太一は以前、片田舎に住む従兄から聞いたことがある。

 これはエアシューターと呼ばれる画期的な支払い方法だ。

 なにかこう、近未来のようですごくかっこいい。

 もちろん、太一はラブホテルに入ったことは一度もない。


「へー、そうだったんだ。あたし、はじめて聞いた」

「それなら従業員と顔を合わせることもないですわ」

「時代は筒だ。筒がホットでトレンディなんだ。くれぐれもそれを忘れるな」


 太一は二人にそう言い聞かせると、さっさとボブを探しにその場をはなれることにした。

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