第10話 前途多難な青島探検隊

 出発してからおよそ十分後。

 青島探検隊は早くも窮地に立たされていた。

 今の状況をひと言で説明すると、迷子である。

 真っ暗だから道に迷ったわけではない。

 この学園は二十四時間、魔法的な力で通路の壁掛けランプが灯されている。

 それでも複雑に入り組んだ通路はどこも似たり寄ったりだ。

 昼であろうが夜であろうが、慣れない場所に立ち入れば、迷子になる確率が高かった。


「ちょっとレイカさん! あなたさっき、分かれ道を右に行けって言ったわよね! そのとおりに進んだから、あたしたちは迷子になったんじゃないの!?」

「そんなことありませんわ! 理奈さんのほうこそ、先ほどの階段を上に行けとおっしゃったじゃありませんの! そのとおりに進んだせいで、わたくしたちは迷子になったのでしてよ!」

「上に行けなんて言ってない! 上に行ったほうがいいかも、そう言ったのよ!」

「それって同じ意味じゃありませんこと!」

「全っ然、同じじゃない! クロマグロとメバチマグロぐらいの違いがあるわよ!」

「クロマグロもメバチマグロもマグロはマグロでしてよ!」


 おまけにポンコツ隊員どもはケンカまではじめる始末。

 とくに理奈の反論は見苦しいにもほどがある。

 というか、マグロになにか深い思い入れでもあるのだろうか。

 それはさておき。


「おい、そこのバカ二人。盛りのついたチンパンジーみたいにケンカなんてしてる場合じゃねーぞ。このままじゃ俺たちは一晩中迷子だ。いや、それどころか一生この迷宮から抜け出せない可能性だってある。そうなりたくなかったら、みんなで力を合わせて現在位置を調べるんだ」

「それがわからないから、あたしたちは迷子になってるんでしょ」

「そうですわ。地図もないのに、現在位置なんて調べようがありませんことよ」

「おい、レイカ。今なんつった」


 太一は耳をピクンと立てた。

 重要なヒントが聞こえたような気がしたからだ。


「そうですわ」

「そこじゃねー。そのあとになんつった」

「地図のことでして?」

「それだ。地図だ」


 正確には学園の見取り図のことだが、太一は以前、それを目にしたことがある。

 そう、マダムの肖像画の裏に描いてある。

 あれは入学式を終えたあとのこと。

 太一は生徒寮を探しているうちに、今と同じく迷子になった。

 そこでマダムに声をかけられ、見取り図の存在を知ったのだ。

 ようはマダムの肖像画さえ見つければいい。

 その時点で迷子は解消されるし、見取り図を頼りに探検も続行できるのだ。


「よし、おまえら。マダムを探すぞ」

「太一、なんのこと言ってるの?」

「中目黒にお住まいの神原さんのことでして?」

「ちげーよ。つーかそれ誰だよ。俺の言ってるのは、肖像画のマダムのことだ。その肖像画の裏っかわに、学園の見取り図が描いてあるんだよ」

「なんだ、マダムって肖像画のことだったの。そういえば太一、歓迎会のときにそんなこと言ってたわよね」

「見取り図があるなら話は早いですわ」

「おまえら、簡単そうに言うけどな、マダムを探し当てるのは至難の業だぞ」


 太一は深刻な表情を浮かべて顎に手をあてる。

 階段を上がったり下りたりしたことで、ここが何階なのかも判然としないのだ。

 おそらく、建物の奥まった場所を、袋小路のようにさ迷っている。

 マダムの居場所は一階、入学式がひらかれた大広間の近くだ。

 まずは一階へ行くことが優先されるのだが、階段を下りればいいのか、それとも上がればいいのか、その判断がとてもむずかしい。

 どうしたものかと太一が思案していたところ――。


「てか、あたしたち、すっごくバカだったかも」


 理奈が自虐的な苦笑いをこぼした。

 なにを指してのことかは知らないが、聞き捨てならないセリフだ。


「おい理奈。そのバカの中には俺もふくまれるのか?」

「もちろんよ」

「言ってくれるじゃねーか。これでも俺はな、テストで100点取ったことがあるんだぞ」


 小学生のときのことだ。

 太一はひらがなのテストで、100点満点を叩き出したことがある。


「あたしは成績のことを言ってるんじゃないわよ」

「じゃあ、なんのことだよ?」

「肖像画よ、肖像画」


 すると理奈は近くに掲げられた肖像画に指を差す。

 もちろん、それはマダムのものではない。

 そこらの通路でよく見かける、デュラハン画のひとつだ。

 その肖像画になにか答えがあるらしいのだが、太一はまるで理解が及ばない。


「そういうことでしたの」


 レイカは解答を見出したらしい。

 そんな彼女もまた、自分が鈍感だったとばかりに、呆れたような笑みを漏らしている。


「な、なるほどな……。そういうことだったのか……」


 太一は面目を保つため、わかった振りでごまかしておく。

 なにせ青島探検隊を率いる隊長だ。

 この中で一番頭が悪いと思われたくはない。


「あたしがなにを言いたいか、あんたたちも気づいたみたいね」

「もちろんですわ」

「お、おう……」

「そうよ。この学園にある肖像画は、どれも話すことができるわ。だから肖像画に道順を訊けばいいだけのことだったのよ」

「そのとおりですわ」

「そ、そのとおりだ……」


 ここで太一もようやく理解した。

 ひとまずここは隊長の威厳だけでも誇示しておく必要がある。


「よし、俺が道を訊いてやる」


 太一は肖像画の前にたたずんだ。

 一メートル四方のキャンバスには、生首だけのデュラハン画が描かれている。

 角刈り頭で頬には十字傷、四十歳ぐらいのイカツイ顔をした男だ。

 とはいえ、その者はいびきをかいて眠りに落ちていた。

 夜だから寝ているのだろう。

 ちなみに肖像画に関しては、女だらけというわけではない。


「おい、おっさん。今すぐ起きろ」


 太一は上から目線で声をかけた。

 いくら相手が強面だろうとも、しょせんは二次元の中のまやかし。

 なにも恐れることはない。


「……? コラ、クソガキ、なにわしの眠りを邪魔してくれとんねん」


 すると肖像画は目を覚まし、ヤクザのように凄んできた。

 見てくれのとおり粗暴な男だ。

 むろん、太一は臆することなく対峙する。


「まだ十時にもなってねーだろ。こんな時間に寝るのは老い先短いジジババだけだ」

「わしは規則正しい生活しとるんや。なんか文句あるんかい」

「べつに俺は文句をつけたいわけじゃねー。迷子になったから道を教えてほしいだけだ」

「迷子だと? おいクソガキ、おまえはここの学生か?」

「そうだ。悪いかよ」

「悪いに決まっとるやろ。この時間は寮から外出禁止になっとるやないか」


 肖像画は正論を述べてきた。

 規則違反を犯す悪ガキを想定してか、見張り役を兼ねているようだ。

 だが肖像画ごときに叱られても屁ではない。

 むしろ人間さまのほうが立場は上だ。

 ゆえに太一はより強くマウントポジションをとることにした。


「ごちゃごちゃうっせーんだよ。絵のくせに調子こいてんじゃねーぞ、このハゲ」

「誰かハゲじゃ! ケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるぞ!」

「檻の中のハゲがいくら吠えたところで、俺はなんも怖くねーんだよ。こっちこそ、てめーの顔に絵の具塗りたくってピカソにしちまうぞ?」

「上等じゃゴルア! なら一発シバいたるわ! 覚悟せーや、このクソガキが!」

「やれるもんならやって――」


 と、太一が言いかけたところ――。

 ヤクザの顔がすっと右に傾き、キャンパスの中央に白地のスペースが生じた。

 その直後。

 そこから三次元の握り拳が飛び出し、太一目がけてストレートパンチを打ち放つ。

 しかも10tハンマーのような特大の鉄拳だ。


「フゴッ!」


 規格外のそれを横っ面に食らい、太一は通路の壁際まで吹っ飛ばされた。

 かろうじて意識をつないでいるが、危うく殺されてしまうところだった。

 顔はボンボンに腫れ上がり、奥歯もガタガタ言っている。

 すると――。

 拳がキャンバスの内側へ引っ込み、ヤクザの生首が額縁の中央に鎮座した。


「おいクソガキ。わしに舐めた口きいとったら、今度こそワレのタマとったるで」

「しゅ、しゅみましぇんでした……」


 判別不能な顔の太一は土下座をし、口をワナワナと震わせ詫びを入れた。

 もう一発食らったら確実に死ぬ。


「おじさん、ごめんなさい。あたしたち道を教えてほしかっただけなの」

「おじさま、わたくしからも謝りましてよ。申し訳ございませんでしたわ」


 理奈とレイカが肖像画の前に立ち、深々と頭を下げて陳謝した。

 そして二人が上体を起こした反動で、両者のおっぱいがジャージ越しにプルンと揺れた。

 理奈はもとより、レイカもナイスなおっぱいをお持ちでいらっしゃる。


「ええんや、ええんや、なーんも気にすることはないんやで」


 ヤクザの態度はとろけるように豹変。

 デレデレと鼻の下を伸ばし、いやらしい目で二人のおっぱいを撫で回す。

 おっさんの分際でJKドンピシャ、てな具合のとんでもなくエロい顔だ。

 死ねと言いたい。

 だが太一はその感情をぐっと押し殺し、正座で反省の意を装った。

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