第9話 青島探検隊

 太一がDH女学園へ強制入学してから一週間が過ぎた。

 学生という立場で授業に参加しているものの、最底辺という扱いは今も変わらない。

 放課後は学園内の清掃が待っており、晩飯の時間になるまで強制労働を強いられている。

 なにせ学園は広大だ。

 肉体的、精神的にもハードな仕事なので、ストレスからか十円玉ハゲができた。

 それはそれとして、西棟の生徒寮に新しいメンバーが加わった。


「オーホホホ! やりましたわよ! ストライクですわよ!」


 夕食後の談話室。

 そこではデュラハンボウリングが興じられており、レイカがストライクを出してご満悦となっている。

 増えた仲間がこいつだ。


「ほら太一さん、早くピンをセットしてくださらないこと?」

「わかったよ……今やるよ……」


 傲慢にせかすレイカの指示を受け、太一は不承不承にピンを並べ直した。

 十本のそれらは先輩方の生首。

 ボールの役割が寮長の藻江だ。

 レイカは生首を体に装着しており、見た目は普通の人間と変わらない。

 その万全を期したスタイルで、かれこれ一時間はボウリングを楽しんでいる。


 このように独裁を振るう彼女が、なぜ西棟の一員となったのか。

 それは『追放』にほかならない。

 純血の生息地、つまり東棟の生徒寮から追い出されたのだ。

 先日のイカサマ事件で見せた本性さらけ出し、それが追放処分の罪状である。

 そして彼女はマイホームをこの西棟に鞍替えし、毎晩遅くまで蛮行を繰り広げていた。

 理奈の天誅で死んだのかと思っていたのに、ゴキブリ並みの生命力だ。

 そうあきれる太一だが、自分も空の彼方からしぶとく生還を果たしただけに、他人の生命力をとやかく言える立場ではない。

 ちなみに授業が終われば、みな学園指定のジャージを着る決まりとなっている。

 全学年ピンク色で統一されたジャージだ。


「ちょっとレイカさん! いつまで遊んでるのよ! みんなが迷惑してるでしょ!」


 談話室の隅っこのソファに座り、イライラしながら様子を見守っていた理奈。

 とうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、テーブルの上で生首が吠えた。


「あら、迷惑でしたの?」

「あたりまえでしょ! ピンとボールにされたみんなの顔が、12R戦ったボクサーみたいになってるじゃない!」

「そうですわね。ちょっとやりすぎたかもしれませんわ。ならボウリングはこれで終わりにしましてよ」


 レイカにしては謙虚な姿勢がうかがえる。

 天誅の効き目が少しはあったのかもわからない。


「さてと、俺は自分の部屋に戻るとすっかな」

「ちょっと待つのでしてよ」


 太一がそそくさと逃げようとしたところ、レイカにピシャリと呼び止められた。


「なんだよ。まだ俺に用があるのかよ」

「わたくしは暇ですの。就寝時刻になるまで付き合ってくださらないこと?」


 談話室の壁掛け時計の針は、九時少し前を示している。

 規則で決められた就寝時刻は十一時だ。

 レイカの申し出を聞き入れることは不可能ではない。

 だが太一も自室でナニナニしたり、やりたいことが待っているのだ。


「おまえの遊びにいつまでも付き合ってられるかよ。俺はそれほど暇じゃねーんだぞ」

「わたくしの誘いを断ると言うのなら、それも結構ですわ。でも、これならどうでして?」


 レイカはジャージのポケットの財布から、一枚の千円札を取り出した。

 それをヒラヒラと見せつける彼女は、富裕層の笑みをニヤリとこぼす。


「しかたねーな……。ちょっとだけなら遊んでやるよ……」


 黒い金での取引が成立。

 表向きは渋々ながらも、太一は内心でシメシメとゲスな笑みをこぼしている。


「で、なにして遊ぶんだ? トランプか? 花札か?」

「そうですわね。わたくし、もっとスリリングな遊びがしてみたいですわ」

「スリリング? 食堂に忍び込んで食い物でもかっぱらうつもりかよ。でもそれだけはやめておけ。菊代おばさんに見つかったらマジで殺されるぞ」

「なら、学園の中を探検するのはどうでして?」

「なるほど。そうきたか」


 レイカにしてはいい提案だ。

 この学園はいろいろと謎めいたことが多い。

 学園全体に怪しさが漂っているだけに、どこかにお宝が隠されていてもおかしくはない。

 俄然、太一の探求心にもメラメラと火がついた。

 今日の晩飯、田楽芋もたらふく食べたし、体力としても万全だ。


「よしレイカ! なら探検するか!」

「楽しみですわ!」


 意気投合した二人が生徒寮を出ようとしたところ――。


「ちょっとあんたたち、バカみたいにはしゃいで、どこ行こうとしてるのよ?」


 理奈に声をかけられ出鼻をくじかれた。


「なんだよ。どこに行こうが俺らの勝手だろ」

「そうはいかないわよ。この時間に生徒寮を出ることは禁止されてるでしょ」

「そんなもん、バレなきゃいいだけの話だろ」

「そうですわ。バレなきゃいいだけの話ですわ」


 心強い隊員からの支援が送られる。

 昨日の敵は今日の友。

 太一はレイカの熱き友情を受け、断固として学園規則を破ることにした。

 藻江や先輩方はすでに部屋へ引き上げたし、理奈を黙らせればいいだけだ。

 ゆえに太一はここでとっておきの切り札を使うことにした。


「おい、理奈。ちょっと質問させてくれ」

「なによ」

「これは例えばの話なんだけどさ、中庭でおしっこをした不届き者がいたとするよな?」

「そ、そんな人……いるわけがないでしょ……」


 理奈は弱々しい口振りでトーンダウン。

 太一はこの調子で畳みかける。


「いや、だから例えばの話だって言ってるだろ」

「そ、それがどうしたのよ……」

「つまりそいつは、人さまの所有地で許可なくおしっこをした犯罪者ってことだ。その悪質極まりない犯罪者がだな、学園の規則を守れと抜かしたところで、説得力に欠けると思わないか? 繰り返しになるけど、これは例えばの話だ」

「……………………………………………………」


 理奈からの返事はない。

 屍のような心境で屈服したものと思われる。

 これでようやく出発できるのだが、レイカがなんの話かとしつこく訪ねてきた。

 あまり詮索されると面倒だ。

 だから太一は談話室の天井に向けて指を差し、


「あッ! あんなところにUFOが!」

「ど、どこでして!」


 と、彼女の気をそちらへ反らしておいた。

 どんなことがあろうとも、理奈と交わした約束、おしっこの秘密だけは厳守する。

 それが青島太一という義理堅い男の信念だ。

 すると――。

 テーブルの上で敗北を認めた生首が、やれやれといった様子で質問を投げかける。


「で、あんたたち、どこに行こうとしてるわけ?」

「学園の中を探検して回るんだよ」

「ワクワクドキドキの探検ですわ」

「もし先生に見つかったらどうするの? 停学処分になるかもしれないのよ?」

「バレなきゃいいだけの話だ」

「バレなきゃいいだけの話ですわ」

「しかたないわね……。ならあたしもついていくわよ……。なんか責任を感じるし……」


 乗り気のない顔をしているが、理奈も同行する運びとなった。

 責任とはすなわち、規則違反を容認した罪の意識というものだろう。

 そんな彼女は生首を胴体に装着し、探検へ向けての身支度を整えた。

 レイカに関してはすでに首がつながっている。

 そんなとき――。


「夜の九時三分だよー、夜の九時三分だよー、夜の九時三分だよー」


 壁掛け時計の文字盤が左右にパカっとひらき、時刻を知らせる生首が顔を出す。

 銀髪ツインテールのあどけない幼女で、本物そっくりの生首時計である。

 鳩時計のようにしてこれが鳴るのだが、御覧のとおり、お知らせ時刻はすこぶる適当だ。

 この生首時計は蘭子先生の就任に合わせて設置されたという。

 太一としては嫌がらせなのではないかと踏んでいる。

 ひとまずそれを出発の合図とばかりに、青島探検隊はこっそり生徒寮を抜け出した。

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