第8話 初授業

 翌日の午前八時三十分。

 学生服でビシっと決めた太一は、一年B組の教室にいた。

 窓際の最後尾というテンプレの席に着き、担任の先生が来るのを待っている。

 その右隣の席に座るのは、セーラー服姿の理奈。

 机の上に生首を置き、なにかの教科書に目を通している最中だ。

 ほかの生徒もみな席に着いているのだが、机の上に生首を置くスタイルとなっていた。

 なんとも異様な光景だが、それ以外はいたって普通の教室だ。

 前方に黒板、後ろに荷物棚、机が四十ほど並べられ、驚くようなものはなにもない。

 ただ、学園の造りがゴシック様式に近いので、教室の中も古めかしい石に囲まれている。

 それと、太一の席から見える景色も素晴らしい。

 五階に位置するこの場所からは、きれいな中庭を一望することができるのだ。

 あのモミの木みたいな庭木、あそこで理奈がおしっこをやらかした。

 そんなところへ――。

 ガラガラと黒板横のドアがスライドし、担任の先生が教室へやってきた。

 それは生首を両手に持った蘭子先生である。

 太一は納得がいかないのでひと言物申す。


「おいおい、なんで先生が俺のクラスの担任なんだよ。高校くんだりまで来て、中学の担任と顔突き合わせてられるかよ。早いとこ二十歳ぐらいのかわいい担任と変えてくれ」

「私は折原蘭子、今日からこのクラスの担任だ」


 さらりと無視された。

 そしてスムーズな流れで生徒の自己紹介が進められていく。

 ほどなくして理奈に順番が回り、彼女は緊張した面持ちで席を立つ。

 ちなみにその生首は机の上だ。


「さ、佐藤理奈です……」


 理奈はそれだけ口にすると席に座り直した。

 ほかの生徒の自己紹介では拍手が起きたのだが、教室はしーんと静まり返り、ひじょうに気まずい空気が流れている。

 それもそのはず。

 名前の四文字だけで聴衆の心をつかめるはずがない。

 100点満点中、0点の自己紹介だ。

 その後も順次自己紹介が続けられ、太一の前の席のデュラハンが立ち上がる。

 問題はこいつだ。

 一番やばい奴が前の席になってしまった。


「わたくしはレイカ・シルフォードでしてよ! かの名門シルフォード家の長女にして才色兼備、立てば芍薬座れば牡丹とはわたくしさまのことですわ! 趣味は世界征服! 人生の目標も世界征服! この世のすべては、このわたくしさまのためにあるのでしてよ! オーホホホ! オーホホホ! オーーーホホ……ゴフッ! ゲボッ! グエップ!」


 金髪縦ロールの生首をズイっと両手で掲げ、大いなる野望を口にしたレイカ。

 そんな彼女は高笑いでむせ込み死にかけている。

 それが逆に笑いを誘い、教室にはたくさんの拍手が鳴り響いた。

 さすがネタキャラだけのことはある。

 100点満点の自己紹介だ。

 これは負けてはいられない。

 太一は対抗意識を燃やしてドンと席を立つ。


「南中出身! 青島太一! 今から一発ギャグをやらせていただきます! お題は、戦隊ヒーローに目覚めた新体操の選手、です! それでははじめたいと思います!」


 太一は机の上に登り、事前に用意したお手製のフラフープを腰に回した。

 そして腰を過剰なほどにクネクネと回し、


「チョーーーーーーゼーーーーーーツ!! アルティメーーーーーーーーーーーット!! メガミラクルゴーーーーーーーールデン!! フラフーーーーーーーーーーーーープ!!」


 と技名を口にして、それらしい戦隊ヒーローのポーズをビシっと決める。

 その態勢でしばし己の余韻に浸ったのち、太一は自信満々で席に着いた。

 昨夜、寝る間も惜しんで考え抜いた、渾身の一発ギャグだ。

 すると――。

 教室はシラけにシラけまくっていた。

 まるで太平洋が枯渇したかのような静けさだ。


「青島、中学のときからバカはなにも変わっていないな。また貴様が教え子になるかと思うと、私はなんだか悲しくなってくるぞ」


 蘭子先生はこれ見よがしに大きなため息をつく。

 太一はガチでこの女をぶっ殺そうかと考えた。




 二時間目も蘭子先生が引き継ぐ運びとなり、魔法学の授業が開始された。

 太一としてもひじょうに興味のある分野だ。

 できれば自己紹介での黒歴史を払拭し、才ある魔法の片鱗をお見せしたいところ。

 生贄として連行されたわりに、なんだか張り切っているが、前向きな姿勢は大切だ。

 その前に、どうしても訊いておきたいことがある。

 太一はビシっと手をあげて起立し、蘭子先生へ問う。


「ティーチャー! 質問があります!」

「なんだ青島、言ってみろ」

「どうしてみんなは生首を装着したままにしないんですか! 首チョンパでいると、なにかと面倒くさいと思います! というか、俺的にすっごい面倒くさいです!」

「いい質問だ。なら教えてやろう」


 蘭子先生はその理由についてこう述べた。

 デュラハンは社会に出ると、生首を装着して人間と同じように生活を送る。

 しかし、デュラハンの誇りだけは忘れてはならない。

 ゆえに、学校ではその精神を学ぶため、本来の姿であり続けることを推奨しているのだ。

 むろん、食事や入浴時、どうしても装着する必要がある場合は、その限りではない。


「というわけだ。わかったか、青島」

「はい! わかりました! でも俺的には、いつも生首を装着してほしいと思います!」


 太一はひとまず納得し、個人的感情をぶつけて席に着いた。

 これが小説なら描写にクソほど手間がかかる。

 生首を手に持っているだの、机に置いているだの、面倒くさいったりゃありゃしない。


「それではこれから魔法の授業をはじめる」


 すると蘭子先生の生首が、フワリと宙に浮かびはじめた。

 彼女の右肩あたりで、それがユラユラと揺らめいている。

 どうやら魔法を発動したらしい。


「この生首が浮かんでいる魔法、なんという魔法名かわかる者は手をあげろ」


 蘭子先生の質問を受けて、太一以外の全員が挙手をした。

 とくに前の席、レイカの手のあげ方は、雲にも届きそうなほどの勢いだ。


「ではレイカ・シルフォード。答えてみろ」

「はいですわ!」


 蘭子先生の指名に対し、レイカはアグレッシブにイスを立つ。

 そして彼女は生首を高々と持ち上げ、声も高々に魔法名を口にする。


「その魔法は、『生首フワフワ魔法』でしてよ!」


 太一は思わずプッっと吹き出した。

 日曜の朝の子ども向けアニメじゃあるまいし、そんなふざけた魔法名があるわけがない。

 その幼稚なおつむでは、レイカの脳ミソは雲みたいにフワフワとなっている。

 だから彼女は雲に届きそうな勢いで手を伸ばしていたのだ。

 スッカスカの脳ミソに、少しでも雲を補充しようと思って。


「プッ……ププッ……」


 太一はそれを想像し、両手で口を押さえて大爆笑を必死に我慢した。

 すると蘭子先生は正否の結果を口にする。


「正解だ」

「正解かよ!」


 太一はツッコミの直後にズッコケて、机の角に眉間を強打した。

 レイカは優越感をひけらかすように胸を張り、「当然ですわ」と、得意顔で席に着く。

 さすがにこれは太一としてもダメージがでかかった。

 とはいえ、授業はまだはじまったばかり。

 こんなところでつまずいてはいられない。

 太一は魔法学のトップを目指すべく、蘭子先生の言葉に耳をかたむけた。

 すると――。

 蘭子先生の浮遊する生首が、クルクルと横方向に回りはじめた。

 箱をかぶせた頭が回転する手品、あれぐらいのスピードだ。

 しばらくそれを続けたのち、彼女の顔がピタリと正面を向く。


「では質問を続ける。今の生首が回転した魔法、その魔法名がわかる者は手をあげろ」


 その問いに対し、太一を除く全員が挙手をした。

 とくに前の席、レイカの手のあげ方は、天国にも届きそうな勢いだ。

 そのまま天国に旅立ってほしいところだが、ここは負けてなどいられない。

 太一も誰よりも高く手を伸ばし、当てられることを前提で立ち上がる。

 こんなのは小学生でもわかるサービス問題だ。


「なら青島、答えてみろ」

「はい! その魔法は、『生首クルクル魔法』、もしくは、『生首グルグル魔法』です!」

「不正解だ」

「不正解かよ!」


 太一は間髪入れずツッコミを入れ、自らオデコを机に叩きつけた。

 抜かりなく答えを二つ用意したというのに、まさかの不正解。

 思わず自虐に走るほど、受けたショックは相当なものだった。

 すると蘭子先生は、挙手を続けるレイカを指名した。

 当てられた彼女はビシっと席を立ち、自信満々に魔法名を口にする。


「その魔法は、『ヘッドローテーション』でしてよ!」

「正解だ」

「正解かよ!」


 太一はもちろんツッコミを決め、キツツキのごとくオデコを机に連打した。

 巣を作るためではない。

 怒りのボルテージをMAXにまで高めている。

 それが頂点に達したところで、太一は思いのたけをぶちまける。


「おい先生! おかしいじゃねーか! さっきは『生首フワフワ魔法』だったんだぞ! なんで今度は『ヘッドローテーション』なんだよ! 魔法名の響きが絵本とエロ本ぐらいかけはなれてるだろ! あんたもしかして、俺に意地悪してるんじゃねーのか!」

「青島、よく聞け。その二つの魔法名は正式なものであり、魔法学の教科書にも記述されている。私は決して意地悪などはしていない」

「絶対だな!? 絶対に嘘ついてないんだな!? 本当に意地悪してないんだな!?」

「あたりまえだ。これでも私は教師なのだぞ」

「よし、わかった! そこまで言うんなら、俺はあんたを信じる!」


 太一は男らしく引き下がり、ドン、とイスに腰を下ろして腕を組む。

 ひとまず意地悪でないことがわかり、いくらか機嫌は直った。


「ではこれから実技に入る。私のように『生首フワフワ魔法』を使い、自分の生首を浮かべてみるのだ」


 蘭子先生の指示を受け、生徒たちはハンドパワーの構えを見せた。

 その両手に包まれるのは、机の上に置かれた彼女らの生首だ。

 太一が周囲の者をうかがうと、みなウンコを踏ん張るような顔でパワーを込めている。

 一年生からしてみれば、難易度の高い魔法であるらしい。

 太一もぜひ試してみたいところだが、そのためには自分の首を切断する必要がある。

 おそらく死ぬだろう。

 しかたないので魔法はあきらめた。

 それから数分が経過し――。


「やりましたわ! 成功しましたわよ!」


 レイカが一番乗りをあげ、彼女の肩の上あたりで生首が宙に浮く。

 ほかの生徒も次々と魔法に成功し、教室にはたくさんの生首バルーンが浮遊した。

 もしこんな遊園地があったなら、チビッコの何人かはショックで死んでいる。

 そんな中――。


「浮かべ! 浮かべ! 浮かべ!」


 哀願するように忍び声を繰り返し、一人だけ魔法を発動できない生徒がいた。

 それは理奈だ。

 彼女の生首は、机の上でどっしりと鎮座し、一ミリたりとも浮遊していない。

 太一はちょっと声をかけてみる。


「おい理奈、どうしたんだ? おまえの生首だけ、たぬきの置物みたくなってるぞ」

「うるさい! 邪魔しないで!」


 小声ながらも暴力的なトーンで怒られた。

 そんな彼女の顔をひょいと覗いてみると、半分涙目となっている。

 そこで太一は、なるほどな、と理解した。

 人間とのハーフである理奈は、純血デュラハンとはちがい、魔法を得意としない。

 昨晩、風呂場のガールズトークで、寮長の藻江がそのようなことを言っていた。

 理奈も魔法についての懸念を口にしていたし、今まさに実力がないことを露呈している。

 だからこそ、ここは仲間の力が必要だ。


「ソーランッ!! ソーランッ!! ドッコイショーッ!! ドッコイショーッ!! ソーランッ!! ソーランッ!! ドッコイショーッ!! ドッコイショーッ!!」


 太一はソーラン節を歌って踊り、理奈のことを一生懸命に励ました。

 しかし残念なことに、その応援をもってしも、彼女の生首が浮かぶことはなかった。

 すると――。


「やはり人間とのハーフはウンコでしてよ! わたくしたち高貴な純血とはちがって、汚らわしいウンコには、魔法の才能がありませんことよ! オーホホホ!」


 レイカが悪役令嬢さながらに辛辣な罵声を吐いた。

 ほかの生徒もそれに同調し、ウンコの大合唱で理奈のことを責め立てる。

 集中砲火を浴びた当人は胴体だけでガバっと立ち上がり、


「ふごッ!」


 太一の横っ面にワンパンを食らわせた。

 そんな彼女の生首はウルウルと涙を湛え、それを隠すかのように胴体が机に突っ伏した。

 なぜ殴られたのかはわからないが、太一は理奈の感情を汲み取ることができた。

 魔法が使えないハーフというだけで、クラスの全員からイジメを受けたのだ。

 彼女が自己紹介でスベリまくった理由もこれで説明がつく。

 もちろん、太一は仲間を決して見捨てない。


「おい、この腐れ金髪縦ロール。おまえ、俺の仲間になにしてくれてんだよ」

「わたくしは事実を申し上げたまでのことでしてよ。それのなにがいけないのでして?」


 浮遊を続けるレイカの生首。

 それが顎をツンと上げ、太々しい表情で言い返す。

 クラスの視線も二人へ集まり、教室は緊迫をはらんだ静けさに包まれている。

 蘭子先生だけは制止に踏み切るが、太一はそれを無視してレイカと眼光をぶつけ合う。


「おまえ、マジ最低なデュラハンみてーだな」

「ウジ虫以下のクソ人間に言われたくはありませんことよ」

「上等じゃねーか。今度はボウリングの玉じゃ済まねーからな。覚悟しとけよ」


 太一とて我慢には限界というものがある。

 この腐れ金髪縦ロールを黙らせるには、強硬手段に出るほかはない。

 幸い、この学園の造りは古いこともあり、トイレはボットン仕様となっている。

 その穴から生首を落としてやれば、どんな悪党でもクソまみれの廃人と化す。

 それを実行しようと思い、太一はレイカの浮遊する生首を鷲づかみにした。

 のだが――。


「あれ? なんか、おかしくねーか?」


 生首が浮かんでいるようには感じられない。

 まるで棒にでも支えられているような違和感を覚えた。

 ちょっと頭を左右に揺すってみると、その原因があきらかとなる。

 なんと、縦ロールが支柱の役割を果たしていた。

 簡単に説明するとこうだ。

 二本ある縦ロールの片方を、ヘアスプレーかなにかでカッチカッチに固め、それをイスに座った胴体の手でつかみ、気づかれないように持ち上げる。

 すると生首が浮かんで見えるというカラクリだ。


「おいレイカ。これはどういうことだ?」

「な、な、な、なんのことを、おっしゃっているのでして……」


 その声色は、どもるほどに狼狽し、レイカの視線も落ち着きなくそっぽを向いている。

 物的証拠はもちろんのこと、挙動不審そのものが、インチキであることを明言していた。


「さーて、純血エリートのお嬢さま。みんなが見てる前でもう一度、生首フワフワ魔法を使ってみてくれないか。その摩訶不思議な縦ロールに、指一本ふれることなくな」


 太一はレイカの生首を机の上にドンと置き、見下ろすように腕を組む。

 彼女の味方であるクラスメイトらも、疑惑を口々にざわついている。

 蘭子先生は呆れたらしく、ため息をついて教室を出ていった。


「あ、嵐がきそうですわね……。それも特大の嵐が……」


 レイカは窓の外を見やり、おもむろに天気の話題を持ち出した。


「誰も天気の話なんてしてねーんだよ。つーか、見渡す限り雲ひとつない日本晴れだろ」

「鳥たちも嵐が来ると騒いでますわ……。早く逃げろと警告してますわ……」

「中庭でスズメがチュンチュンのどかに鳴いてるだけじゃねーか」

「ひとまず……わたくしは安全な場所に避難を……」

「逃走なんかさせるかよ」


 レイカの胴体が立ち上がろうとしたので、太一は机にある生首を上から押さえつけた。


「ほら、暴露しちまえ。おまえはインチキしてたんだろ?」

「そ、そのとおりでしてよ……」


 レイカは万力に挟まれたような顔で自白した。


「本当は生首フワフワ魔法が使えないんだろ?」

「つ、使えませんことよ……」

「もしかして、おまえも理奈と同じで人間とのハーフなんじゃねーのか?」

「そ、そんなことはなくてよ……」

「じゃあ、なんで魔法が使えねーんだよ?」


 太一はレイカの生首から手を離し、そんな疑問を投げかけてみた。

 すると彼女から単純な答えが返ってきた。

 純血の中にも、魔法の才を持たぬ者がごく稀にいるとのことだ。

 そんな輝かしい落ちこぼれの分際で、理奈のことをボロクソにこき下ろし、そのうえ世界征服まで目論んでいる。

 そんなレイカに対し、クラスメイトはあからさまに反旗を翻した。


「レイカってさ、私たちを騙してたんだ」

「本当は魔法が使えないカスだったのね」

「インチキでポイント稼ぐとか、マジさいてー」

「金持ちだからって調子こいてんじゃねーよ、このブス」

「あたし、レイカとオナちゅうなんだけどー、ぶっちゃけ、こいつ嫌いだったんだよねー」


 教室全体から辛辣な言葉が浴びせられていた。

 シャーペンや消しゴムもあちらこちらから飛んでくる。

 それらがレイカの生首に命中し、彼女はしくしくと涙をこぼしはじめた。


「ひどいですわ……なにもそこまで言わなくても……ううっ……ううっ……」


 これぞまさに悪役令嬢の末路だ。

 というか、レイカの髪の毛には、何本ものシャーペンが突き刺さっている。

 落ちぶれてもさすがネタキャラ。

 笑いのツボはしっかりおさえている。

 太一はある意味で感服の念を抱いた。

 そんなとき――。


「みんな最低よ! レイカさんに非があったとしても、これじゃただのイジメでしょ!」


 理奈が大声で叱責を言い放つ。

 自身の生首を鷲づかみで立ち上がり、ちょっとした魔王みたいになっている。

 そんな中、レイカがウルウルとした様子で口をひらいた。


「理奈さん……どうしてわたくしをかばうのでして……? わたくしはあなたにひどい仕打ちをしたのでしてよ……?」

「そんなことは関係ないわ。あたしはイジメがどうしても許せなかっただけ。自分のことなら我慢できるけど、ほかの人がイジメられてるのは見過ごせないわよ」


 魔王のような顔を一変、理奈は慈愛に満ちた瞳で言葉をかける。

 そして彼女は話を続けた。


「それにレイカさんは、あたし以上につらい思いをしてきたはず。だってそうでしょ? 純血なのに魔法が使えないんだもの。それってマグロが泳げないのと一緒よね。でも泳げないマグロは、虚勢を張ることで自分の心を持ちこたえることができた。インチキをしてでも泳げる振りをして、仲間のマグロについていこうとした。ちがう? レイカさん?」


 マグロで例える意味はよくわからない。

 それでも、レイカの心情を汲み取った言葉であることは確かだ。

 すると、その当人が事の真相を語りはじめた。


「そのとおりでしてよ……。わたくしは純血なのに、魔法の属性を持っておりませんの……。ハーフよりもその才能が欠落しているかもしれませんわ……。だからこそ、インチキでそれを隠し通すつもりでしたの……。もちろん、いけないことだとわかっておりましたわ……。ですがその後ろめたさ以上に、わたくしは純血の誇りを失いたくはなかったのでしてよ……。シルフォード家の名を汚したくはなかったのでしてよ……」


 まるで小夜時雨がしんみりと降るような、とても切ない告白だ。

 クラスメイトも胸を打たれたらしく、


「レイカ、ごめんね」

「わたしも言い過ぎた、ごめん」

「べつに悪気はなかったの、許して」


 と、反省の弁を口にする者も少なくはなかった。

 太一もなんだかじんと泣けてきた。

 仲たがい、すれちがい、艱難辛苦、紆余曲折を経て、ようやく大団円を迎えた気分だ。

 これぞまさに学園ドラマの王道である。

 すると、レイカは机の上からすっと理奈を見上げ、


「でも、理奈さんの言うことには、ひとつだけ間違いがございましてよ」


 瞳を逆さ三日月の形に変貌させた。

 愚か者をあざ笑うかのような、悪役令嬢さながらの面差しだ。

 そして彼女は少女漫画的謎の花を出現させると、ドヤ顔を振りまきこう叫ぶ。


「虚勢を張っていたなんてことは、これっぽちもありませんことよ! これは持って生まれたわたくしの性格! 世界征服を成し遂げんとする、天下人の誉れ高き気質というものでしてよ! オーホホホ!」


 ここにきてまさかの本性さらけ出し。

 クラスメイトもドン引きしたようで、お涙ちょうだいムードが一気に消し飛んだ。

 すると――。


「許さねえ。てめーだけは絶対に許さねえ。その腐りきった根性、あたしが直々に叩き直してやんよ」


 理奈がプッツン切れた。

 どういうわけか昭和のイカれたヤンキーみたいになっている。

 そして彼女は鷲づかみした自身の生首を鈍器代わりに、レイカをタコ殴りにして気絶させた。


「それともう一人、クズに天誅を下さねえとなぁ……」


 返り血を浴びた理奈の生首が、グワリと太一へ振り向いた。


「お、おい……なんでそんな殺す気満々の顔で俺を睨みつけてんだよ……」

「なにがソーラン、ソーラン、ドッコイショー、だ! てめーは人のことバカにしてんのか!」


 次の瞬間――。

 理奈は両掌を突き出し、自身の生首を光の玉のように撃ち放つ。

 それをモロに食らった太一は窓ガラスを突き破り、空の彼方でキラリンと輝いた。

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