第7話 男湯から女湯を覗いていたら、男湯に裸の女がやってきた
歓迎会もおひらきとなった夜の十一時。
太一は寝る前にひとっ風呂浴びることにした。
生徒寮の自室に風呂はないのだが、西棟には大浴場が設けられている。
ひとまず石鹸でも借りようと思い、隣の206号室、理奈の部屋をノックした。
すると彼女からの返事はない。
どうせ先輩の誰かと、
『ねえ理奈ちゃん、男子のアレって見たことある?』
『先輩、アレってなんのことですか?』
『決まってるでしょ。オ、○、ン、チ、ン、♪』
なんて与太話に花を咲かせているにちがいない。
太一は石鹸をあきらめて、大浴場のある一階へと赴いた。
その場所はすぐに見つかった。
右に『女湯』
左に『男湯』
というノレンが下げられているので、ここが大浴場で間違いがない。
DH女学園はもともと男女共学だったと聞いている。
その名残で男女別々になっているのだ。
ひとまず脱衣所で素っ裸となり、富士山の描かれた壁を背にして湯船に浸かる。
この学園の雰囲気にケンカを売っているような風呂場だが、こうしてリラックスできることはありがたい。
そんなとき――。
「はぁ、気持ちいい。やっぱりお風呂は最高よね」
男湯と女湯を仕切る壁の上、その細長い隙間から、男心を刺激する言葉が聞き届く。
声から判断すると理奈だ。
隣の女湯に彼女がいる。
そこで太一は考えた。
女湯を覗くべきかどうかを。
本来、首チョンパの裸を見たところで起つものも起たない。
しかし、生首装着時に関しては、普通の人間にしか見えなかった。
もし、彼女がその状態で入浴しているのなら、じゅうぶんオカズになり得るのではないか。
ゆえに太一はそれを確かめるため、女風呂を覗くことを決意した。
物音を立てないように気をつけ、ゴキブリのように壁をよじ登る。
天井と壁の隙間から、エロ目線でそ~っと顔を覗かせる。
すると――。
理奈は生首を装着し、風呂の中で至福の表情を浮かべていた。
しかも、乳首が見えるかどうかのギリギリのラインだ。
Fカップはあろうかというけしからんおっぱいが、タプタプと湯の上で揺れている。
太一は双眼鏡のようにズボっと眼球を突き出し、脳内で●RECを開始した。
そこへ――。
「あら、理奈さん……あなたもお風呂だったのね……」
生首を装着した藻江が女風呂へやってきた。
とはいっても、ワカメ髪で裸はほとんど隠されている。
そんな彼女はかけ湯を済ませると、どんより湯船に身を滑らせた。
なんだか海のお化けそっくりなので、太一は通常モードで覗きを続けることにした。
「理奈さん……今日はいろいろと大変だったでしょう……」
「まあ、入学式はどうなることかと思いましたけど」
「太一君の味方についたんですものね……」
「味方についたというか……そうするしかなかったというか……」
理奈はバツが悪そうにお茶を濁した。
お茶を濁した原因はおしっこだ。
太一は吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
「それより理奈さん……明日からは授業がはじまるわね……」
「あたし、そこが心配なんですよね。高等部の魔法はむずかしいっていうし」
「純血とちがってハーフは魔法の才能が劣るけど、頑張ればなんとかなると思うわ……。こんなわたしでも、血の滲むような努力で必殺技の魔法を習得できたんですもの……」
「藻江先輩、必殺技なんてあったんですか?」
「詳しくは教えられないけど……フフフ……」
「ならあたしも藻江先輩みたく頑張ってみます」
どうやら魔法の授業があるらしい。
しかし、太一はそうではないかと薄々感づいていた。
肖像画のマダムがいるだけに、魔法があってもさして驚かない。
「それと理奈さん……ひとつ忠告しておくわ……。学園本館の地下へは、絶対に立ち入らないでちょうだい……」
「どうしてですか?」
「地下は複雑な造りになっているから、迷子になりやすいのよ……」
「なんか、地下に秘密がありそうな雰囲気ですね」
「ありそうじゃなくて、あるのよ……」
藻江のどんよりとした口調が、より薄気味悪いものへと変化する。
そして彼女はワカメ髪の隙間から目玉を覗かせ、演出効果たっぷりに口をひらいた。
「封印されし……デュラハンの始祖……」
しばしの沈黙。
女湯の天井から湯船にピチャンと滴が落ちた。
その怪異的な水音にビクっと震えた理奈は、声色に怯えを浮かべて問いかける。
「藻江先輩……それってなんのことですか……?」
「この学園の地下には、わたしたちデュラハンの始祖が封印されているの……。始祖については中学で習ったと思うけど、いちおう説明しておくわね……」
そして藻江は解説者のごとくペラペラと語りはじめた。
そもそもデュラハンとは、アイルランドを発祥とした首のない妖精のこと。
首のない馬が牽引する馬車に乗り、死期が近づいた人のもとへ訪れる。
死を予言する不吉な象徴とされ、死に神のように恐れられているのだ。
そして、中世にはじめてその名を知らしめたのが、元祖中の元祖、始祖精霊なのである。
「藻江先輩、始祖がどうしてこの学園に封印されてるんですか?」
「始祖の力を守るためよ……。悪意のある者がその力を手にしたら大変ですもの……」
「そういえばあたし、聞いたことがあります」
今度は理奈がペラペラとうんちくを語りはじめた。
始祖は精霊ゆえ不老不死。
そのデュラハン原初の生き血を飲むことで、完全無欠のデュラハンと化す。
闇属性の魔法、レベルMAXはあたりまえ。
魔王軍の幹部になれるどころか、爆裂魔法だって闇の力で跳ね返しちゃう。
始祖の生き血を飲むことにより、始祖と同じ力を手に入れることができるのだ。
以上が理奈の語ったうんちくで、太一の脚色も少々ミックスされている。
「それで始祖が封印されてるってわけですか……。なんか怖いですね……」
理奈は青ざめた様子で藻江の話を真に受けている。
まさにアホの極み。
この手の話はどこの学校にでもある七不思議のひとつ。
先輩から後輩へと語り継がれていくうちに、あれやこれやと尾ひれがついて、怪談話に真実味が増しているだけのこと。
そもそも始祖なんてものが封印されているはずがない。
ちゃんちゃらおかしいにもほどがある。
太一はここがデュラハンの学校だということも忘れ、心の中で理奈をあざ笑った。
それからほどなくして――。
「藻江先輩、あたしそろそろ上がりますね」
待ちに待ったストリップショーの開幕だ。
もちろん太一は再度●RECを開始する。
そんなとき――。
「ぼんず、そんなところでなにしてるだっぺ」
背後から声をかけられた。
振り返る必要もなく、声の主は世界最強であることが確定している。
それでも太一は壁にへばりついたまま、首を回してそちらを見やる。
するとそこには、デッキブラシを手にする菊代おばさんがいた。
そんな彼女も生首を装着しているのだが、あろうことか裸が丸見えだ。
でっぷりと太っただらしのない体。
スライムのようにデロンとした垂れ乳。
アフロへアと同じフッサフッサのアンダーヘア。
それらを微塵も隠すことなく、勇ましい姿でドンとたたずんでいる。
「お、おばさん……ここ、男風呂なんだけど……」
太一はすかさずそっぽを向いて訊いてみた。
「オラは入浴のついでに風呂掃除もするだ。男風呂だろうが女風呂だろうが関係ないだっぺ。そんなことよりぼんず、おめえさ、女風呂覗いてたんでねえのか?」
「そ、そんなことはありません……」
「じゃあ、なして壁さよじ登ってるだべ」
「これはボルダリングの練習です……オリンピックを目指そうかと思って……」
「嘘つくんでねえッ!」
金の玉もすくみ上がるような鬼の一喝。
菊代おばさんは続けざまに檄を飛ばす。
「なら、なしてオラの目を見て話さねえだ! やましいことがあるから、あっちゃさ向くんだべ! 身の潔白さ証明したいなら、オラの目を見てちゃんと答えるだっぺよ!」
「わ、わかりました……」
太一は壁を降り、内股で股間を隠し、菊代おばさんと目を合わせた。
そして、オリンピックに向けた意気込みを熱く語ろうとしたのだが――。
その偽りの言葉が口から出てこない。
なぜなら、どうしてもあの垂れ乳とシモの毛が、いや応なく瞳に映り込んでくるのだ。
それが恐怖の念として頭に渦巻き、太一の口を妨げている。
「うっ、ううっ……」
太一は泣いた。
ガチで泣いた。
完膚なきまでに心をへし折られた。
「おばさん……ごめんなさい……。俺、女風呂を覗いてました……。本当にごめんなさい……うっ、ううっ……」
「ぼんず、その涙に免じて、今回は許してやるだ。だども、次また女風呂さ覗いたら、キンタマ引っこ抜いて豚の餌にしてやるだっぺ。心して覚悟するだ」
菊代おばさんは鬼の面で念を押すと、おぞましいケツを向けてその場から立ち去っていく。
太一はその後ろ姿に土下座をし、全身をガクガクと震わせいつまでも泣いていた。
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