第6話 歓迎会
午前中で片付け作業は終了し、太一は住まいとなる生徒寮を探していた。
しかし、学園内は迷路のように複雑な構造となっている。
あっちに行ったりこっちに来たりと、まったく生徒寮にたどり着けそうにもなかった。
「あれ? この肖像画って、さっきも見たよな?」
通路の石壁に掲げられた古めかしい肖像画。
胸の前で生首を両手に支える、デュラハンを描いたものである。
このマリーアントワネット風の太ったおばさんは、先ほども目にした。
どうやら本格的な迷子になってしまったらしい。
すると――。
「そこの坊や」
突然、誰かに話かけられた。
意地悪な魔女のような、おばさんの声だ。
それが至近距離から聞こえた。
しかし、太一の近くにそのような者は誰もいない。
「おかしいな……今たしかに、夏木マリっぽい声が聞こえたんだけど……」
「アタシならここにいるよ」
「いやそれがさ、おばさんがどこにもいないんだよ。そこのおばさん、おばさんがどこにいるか知らない――ッ!!」
話の途中で大きな矛盾点に気づき、太一はハッと肖像画へ振り向いた。
「やっと気づいたのかい。バカな坊やだね」
「お、おばさんが、しゃべってる……」
「そんな驚くことはないよ。この学園にある肖像画は、こうして話すことができるからね」
「それってアレの丸パクリじゃ……」
「そんなことより坊や、さっきからなにウロウロとほっつき歩いてるんだい」
さらっとスルーされた。
「生徒寮を探してるんだけど……」
「ならアタシが道順を教えてあげようか」
「おばさん……もしかして俺を罠にはめようとしてるんじゃないのか……?」
「そんなつもりはないよ。それにおばさんじゃなくて、アタシのことはマダムとお呼び」
「じゃあマダム……生徒寮までの道順を教えてほしいんだけど……」
「なら耳の穴かっぽじってよくお聞き」
太一は言われたとおりに耳の穴をかっぽじった。
すると、マダムの目玉が矢印のようにキョロキョロ動きはじめた。
「まずこの先の通路を、←←→→↓↑↓↑BAの順番に歩くんだよ。次はその場で三回まわってワンと鳴いたあと、進行方向を逆戻りして――」
ぶっちゃけ、なにを言っているのかはわからない。
だが隠しコマンドが出てきたということは、危険な道のりだということが予想される。
「カクカクシカジカ、その順番どおりに進めば、またこの地点に戻ってくるからね。そしたらアタシの肖像画をひっくり返してごらん。そこに学園の見取り図が描いてあるから、それを見て生徒寮まで行けばいいのさ」
太一は肖像画をひっくり返し、裏面を確かめてみた。
するとそこには、学園の見取り図がとてもわかりやすく描いてある。
生徒寮は西棟と東棟に別れており、蘭子先生に指示されたのは西棟だ。
そこまでの道順も、それほどむずかしいものではなかった。
太一はそれを記憶してから、肖像画をもとの場所にかけ直す。
そしてフツフツと溜め込んだ怒りを、怒涛の勢いで吐き出すことにした。
「おいババア! ふざけるのもたいがいにしろ! ようは肖像画の裏っかわ見ればいいだけの話じゃねーか! それになんだよあの隠しコマンドは! ゆとり世代を遥かに下回るこの俺に、そんな昭和の古いネタが通じるか!」
「うるさい坊やだね。道がわかったならさっさとお行き。こう見えてもアタシはなにかと忙しいんだ」
「肖像画のくせになにが忙しいだ! それともなにか!? 最近の肖像画はスマホでもするっていうのか!? ケッ、バカも休み休み言え! 肖像画がスマホなんか使えるかよ! もしそんな肖像画がいたら、白戸家のお父さんを差し置いてCMに引っ張りだこだっつーの! ったく、口の減らないババアだぜ!」
太一はそう文句を吐き捨て、ひとまず生徒寮へ向かうことにした。
とはいえ、肖像画が本当にスマホを使っていたら自分が大恥をかく。
だからチラッと振り返り、それを確かめることにした。
すると――。
「さて、今日もドン勝(かつ)といこうかね」
マダムは絵の中でパソコンデスクに座り、流行のFPSに夢中になっていた。
しかもモニターはトリプル画面。
キーボードはレインボーに光るゲーミング仕様だ。
「…………………………」
太一はもうツッコムことを諦めた。
そして負け犬のように尻尾を丸め、そそくさとその場をあとにした。
ほどなくして西棟の生徒寮にたどり着いた。
一階が談話室、その二十畳ほどのフロアに、ソファセットがいくつか設けられている。
暖炉やシャンデリアのあるアンティーク調の室内だ。
そんな談話室では、おしゃべりをする十名ほどのデュラハンが見受けられた。
みなピンク色のジャージを着ており、雰囲気からすると上級生かと思われる。
すると一人の女子生徒が太一のもとへ近づいてきた。
「あなたが青島太一君ね……。わたしは三年の黒海藻江(くろうみもえ)、ここの寮長よ……。学園長から話は聞いているわ……。」
ワカメのような長い黒髪で顔の隠れた、この上なく陰気なデュラハンだ。
自身の生首を両手で支えているので、よりその不気味さが増している。
そんな寮長の藻江は、ここでの規則について口にした。
食事の時間や門限など、どこにでもあるような普通の規則だ。
ちなみに生徒寮の一階は、食堂や談話室といった共用のスペース。
その上の階が生徒たちの自室となっている。
建物自体は、学園本館と一体化した造りになっているらしい。
そこで太一に疑問がふと浮かぶ。
「てか寮長、どうして生徒寮が西棟と東棟に別れてるんですか?」
「太一君、いい質問ね……。その理由は、わたしたちが純血のデュラハンではないということに関係しているわ……。この西棟で暮らす生徒は全員、デュラハンと人間のハーフなのよ……。全学年を合わせて十人ほどしかいないけど……」
ハーフがいたとは太一も驚きだ。
そもそもセックスはどうなっているのか。
枕元で分離した女の生首が、『そこがいい! そこが気持ちいい!』、なんて喘ぐのだろうか。
太一の疑問は募るばかりだ。
「だから太一君、人間の血が通った者同士、仲良くやりましょう……」
「そうですね。この際だから仲良くやりますか。そういや、西棟にいる新入生って何人いるんですか?」
「太一君と理奈さんだけよ……。彼女はいま自分の部屋にいるわね……」
「あのおしっこデュラハンもハーフだったんですか」
「おしっことはなんのことかしら……?」
「いや、なんでもないっす」
「それと太一君、あなたの部屋は205号室よ……。ボロボロで使われてない部屋だったけど、わたしがクローゼットのネジを締め直したりしたから、とくに問題なく使えると思うわ……カハッ!」
そこで藻江は霧のように吐血した。
「ごめんなさい……。わたし病弱なもので、あまり長く話すと吐血してしまうの……」
不気味を絵に描いたようなキャラだが、悪いデュラハンではなさそうだ。
ほかの上級生たちも気さくな感じがするし、太一もそこそこの好印象を抱いた。
「それじゃ、寮長。俺、自分の部屋に行ってきますんで」
太一はそう言い残し、談話室から続く階段を上がって二階へ赴いた。
二階の通路には木製のドアが並んでおり、205号室はすぐに見つかった。
十畳ちょっとの小汚い部屋だ。
それでも、机やベッドなどはアンティーク調なので、落ち着きのある空間となっている。
はめ込みの窓からは中庭を見渡すことができた。
日当たりもそう悪くはない。
風呂がないのは残念ポイントだが、生徒寮の一階には共用の風呂場があるとのことだ。
ひとまず、ここなら不自由なく生活はできるだろう。
「お、着替えがあるじゃん」
クローゼットを開けると、学園指定のジャージが用意されていた。
上級生と同じピンク色なので、全学年共通のジャージであるらしい。
それに着替えてくつろいでいたところ、太一の腹がギュウと鳴る。
「そういや、もう昼飯の時間か。なら飯でも食ってくるか」
太一は部屋を出て一階に向かうと、ドアベルをチリンと鳴らして食堂に赴いた。
広さは普通の生徒食堂と変わらないのだが、造りは古城レストラン風となっている。
しかし、使用できるテーブルは厨房近くの五つだけだ。
それ以外のテーブルは、イスがその上にひっくり返されていた。
西棟の生徒が少ないので、使えるスペースを限定しているらしい。
そのテーブル席では、すでに生徒たちが食事をはじめていた。
ただ、おかしなことがひとつある。
生徒の全員、首の上に頭を乗せているのだ。
その輪の中に理奈がいたので、太一は彼女に訊いてみることにした。
「なあ、理奈。なんで首の上に頭を乗せてるんだ?」
「食事中だからに決まってるでしょ」
ツンケンした答えが返ってきた。
ボウリングの件でまだ怒っているらしい。
そんな彼女はトマトパスタを食べている。
「いや、そうじゃなくてさ、テーブルの上に頭を置いて飯食えばいいだろ」
「あんたバカなわけ? それでどうやって胃の中に食べ物が入るのよ」
「じゃあ、あれか? 首の上に頭を乗せれば、口から胃がつながるってのか?」
「そういうことよ」
「ふーん、そっか。ならいいや」
と生返事を残し、太一は厨房カウンターへ移動する。
デュラハンの仕組みをあれこれ考えても意味がない。
そもそも首がはなれている時点でファンタジーだ。
カウンター越しに厨房を覗くと、割烹着姿の女性が一人いた。
でっぷりと太ったおばさんで、三角頭巾からアフロヘアが飛び出している。
とはいえ、彼女もデュラハンであり、生首は調理台の上に乗せられた状態だ。
その革新的なホラースタイルで、野菜をスパスパと切り刻んでいた。
ひとまず注文を願い出る。
「おばさん、ラーメンひとつ」
「バカ言うんでねえ。ラーメンなんかあるわけねえだ」
えらくひどい訛りで不愛想に怒られた。
しかし、太一はどうしても納得ができない。
「なんで学食にラーメンがないんだよ。定番のメニューじゃねーか」
「ぼんず、おめえの頭にはボケた虫でも湧いてんでねえのか? ここは剣と魔法の世界に出てくるような学園だっぺ。そったら異文化ビンビンの学園に、ジャパニーズフードがあるほうがおかしいんでねえのか?」
「まあ……そう言われてみればそうだけどさ……」
「オラだって時間さえあれば本格的なラーメンがつくれるだ。でもそれじゃ、せっかくの雰囲気が台無しなるってわからねえだか? どこぞの魔法魔術学校でサンマ定食なんか出た日にゃ、興醒めもいいとこだっぺ。それと同じことだべさ」
「わ、わかったよ……なら適当になんか作ってくれよ……」
「んだ。わかればいいだ」
おばさんは手際よく中華鍋を振り、本格的なチャーハンをこしらえた。
すべてにおいて納得できないのだが、太一は戦うことを諦めた。
この手のおばさんは世界最強だ。
ひとまず理奈の向かいに座り、食事をしながらとある疑問を訊いてみる。
「おい理奈、この学食なんか変じゃね?」
「なにが変なのよ」
「だってさ、西棟の生徒は十人ぐらいなんだぞ? それなのに学食が広すぎだろ」
「この学園は昔、男女共学で人数も多かったのよ。だからなにも変じゃないわよ。てかあんた、なにシレっと相席してるわけ?」
「うっせーな。俺がここで飯食ったら悪いのかよ」
「悪いわよ。あんたが視界に入ると、残飯を食べてる気分になるでしょ」
「じゃあ、その残飯を俺が食ってやるよ」
太一は理奈のパスタ皿を自分の方へ引き寄せた。
「ちょっとあんた、なにしてるのよ」
理奈はパスタ皿をグイっと引き戻す。
「おまえがいらないって言ったんだろ」
「言ってないわよ。食べる気がなくなるって言っただけよ」
「おんなじことじゃねーか。よこせよ」
「いやよ」
「よこせって」
「いやなものはいやよ」
そんな押し問答に合わせ、パスタ皿はテーブルの上を行ったり来たりする。
しまいにはチャーハン皿も参戦し、二つの皿での攻防戦が繰り広げられた。
そして理奈の手番に回り、
「いいから二つともよこしなさいよ、ね!」
言葉尻のタメと同時に、彼女が二つの皿を一気に引き寄せた瞬間――。
「きゃあッ!」
パスタとチャーハンのコラボレーションが、理奈の頭からドバっと降り注ぐ。
勢いが余って皿をひっくり返したのだ。
すると――。
「うあーーーーん!! なんであたしだけがこんな目に合わないといけないのよーーーーッ!! うあーーーーーん!!」
まさかの大号泣。
理奈は子どものように泣きじゃくり、顔にかかったベトベトの残飯を両手で拭った。
その拍子で、首の上に乗せた生首がゴロンと床に転がり落ちる。
「うあーーーーーーーーーーーーーーん!! 痛いーーーーーーーーーーーーーーッ!! 痛いよーーーーーーーーーーーーーッ!! 頭ぶつけたーーーーーーーーーーーーッ!!」
大号泣からの超大号泣。
床に落下した生首が、駄々をこねるように転がり回っている。
それを見て太一はピンときた。
デュラハンボウリングがあるのなら、デュラハンサッカーがあってもおかしくはない。
試しに理奈の生首をドリブルしようとしたところ――。
「コラ! おめえたち! なにギャーギャーギャーギャー、猿みたいに騒いでるだっぺ! ここは高崎山自然動物園でねえんだど! おまけにオラの手料理さ、あっちゃこっちゃに散らかしまくって、どえらいことになってるでねえか!」
厨房からおばさんがすごい剣幕ですっ飛んできた。
左手で生首のアフロを鷲づかみし、右手に中華包丁を握りしめている。
その悪鬼のような姿に心底恐怖したのか、理奈もピタリと泣き止んだ。
「騒ぎの原因はなんだべさ!」
おばさんは理奈の生首にギラリと包丁を突きつけた。
すると理奈の生首が、ピョコンと垂直に姿勢を正した。
そして彼女は、ブルブルと首を振って自分ではないと全否定。
「じゃあ、ぼんず! おめえが原因だべか!」
シャキン、と包丁が太一に向けられた。
「お、俺じゃねーよ! 理奈のバカが全部悪いんだ!」
「ちょっと、いいかげんなこと言わないでよね! あんたがあたしのパスタを横取りしたんでしょ! だからこうなったんじゃない!」
「おまえだって俺のチャーハンかすめ取ったじゃねーか!」
「あんたが先に取ったんでしょ!」
「おまえが先に文句言ったからだろ!」
「あんたがあたしのテーブルに座ったから文句を言ったのよ!」
「おまえにテーブルを独占する権利なんてあるのかよ!」
「あるわよ!」
「いつからおまえはアラブの王さまになったんだ!」
「今日からよ!」
「今日のいつだよ! 何時何分何秒地球が何回まわったときか言ってみろ!」
そんな小学生レベルの醜い言い争いを続けていると――。
「おめえたち! いいかげんにしねえと二人まとめてギッタンギッタンに解体しちまうだべさ! そんで鍋に放り込んでスープのダシにしてやるだ! それがいやならさっさと二人で掃除をはじめるだっぺ!」
おばさんはそう恫喝し、テーブルの上に中華包丁を叩き落とした。
その一撃でテーブルが真っ二つに破壊され、周囲に衝撃波をまき散らす。
「「はいッ! 今すぐやりますッ!」」
太一と理奈は同時に服従を宣言。
百倍速の勢いで片付け作業を開始する。
さらには二人で協力し合い、食堂すべての清掃作業にまで手を広げた。
「おい、理奈! シャンデリアの掃除を頼む! 俺じゃ手が届かねえ!」
「わかったわ! あたしに任せて!」
「よし、おっこちるんじゃねーぞ!」
太一は理奈の生首を玉入れのように放り投げた。
一方、雑巾を口にくわえた生首は、シャンデリアの上でそこを器用に磨き上げている。
ルンバでもこうはいかない。
この生首掃除機を製品化したらバカ売れだ。
そしてすべての掃除が終わった夕刻時。
いつの間にやらテーブルには豪華な料理が並べられていた。
しかも上座から順にテーブルをくっつけ、まるで結婚披露宴のような見栄えになっている。
これはどういうことかと思い、太一は理奈に訊いてみた。
だが、彼女も状況がつかめないようで、手にした生首を左右に振っている。
そこへ――。
「おめえさんたち、掃除さ終わったみてえだな」
胴体に生首をドッキングさせたおばさんが、ニコニコと太一らのもとへ近づいてきた。
そんな彼女に、太一はテーブルに指を差して訊いてみる。
「つーか、おばさん。この料理どうしたんだよ?」
「歓迎会のためにこしらえたんだっぺ」
「歓迎会って誰のだよ?」
「おめえさんたち二人の歓迎会に決まってるでねえか」
「お、おばさん……うっ……ううっ……」
太一は感動のあまり、涙を浮かべ嗚咽を漏らした。
スケベ心で入学したはいいものの、実のところはただの生贄でしかなかった。
殺されずに済んだとはいえ、権利主張を剥奪されたにも等しい、最底辺の奴隷の身分。
家に帰ることすら許されず、脱走できるかどうかもわからない(おそらく無理)この学園で、ドブネズミのようなやさぐれた生活を送るものとばかり考えていた。
それがこうして歓迎会をひらき、西棟の仲間として迎え入れてくれたのだ。
もうすべての感謝を余すところなく吐き出し、太一は大号泣せずにはいられない。
「さあ……歓迎会をはじめましょうか……」
藻江たち上級生のメンバーも食堂へやってきた。
これから宴席ということもあり、みなが生首を装着させた状態だ。
そんな仲間に急かされるようにして、太一と理奈は二人並んで上座の席に着く。
もちろん理奈も生首を装着させている。
そして、おばさんも参加する宴席の場が整い、一同はジュースを注いだグラスを手に持った。
一人立ち上がり、乾杯の音頭をとるのは、寮長の藻江だ。
「それではこれより……青島太一君と佐藤理奈さんの歓迎会をはじめるとともに、せん越ながら乾杯の音頭をとらせていただきます……。まずは太一君と理奈さん……あらためまして入学おめでとうございます……。そしてお二人が西棟のメンバーになったことを、わたしたちは本当に嬉しく思います……カハッ!」
ここで藻江が吐血した。
一番近くにいた太一の料理に、シュっと赤い霧が降りかかる。
「新しい環境の中では、不安なことも多々あるでしょう……。ですがわたしたち上級生も全力でサポートしますので、一日も早く寮生活に馴染んでいただければ幸いです……。お二人はまだ新しい小さな風ではありますが、いずれ下級生を優しく包み込む、力強い大きな風となるよう、心から願っております……カハッ!」
ここで二度目の吐血。
太一の料理がどんどん赤くなる。
「それではみなさん、ご唱和をお願いします……。太一君と理奈さん、またここにお集まりの皆様の、今後のご活躍とご健勝を祈念しまして……乾杯……」
藻江はグラスを掲げ、この世の終わりとばかりに音頭をとった。
『かんぱーーーーーーーーーーいッ!!』
みんなは元気ハツラツに唱和を重ね、小気味良い音で互いのグラスをぶつけ合う。
太一も理奈とグラスをぶつけ、自分だけ赤いオレンジジュースを一気に飲み干した。
こういう不気味な液体は一気に飲み干すのがコツである。
次は料理だ。
骨付きチキンのあぶり焼き、鶏の唐揚げ、握り寿司、それらを猛獣のようにかぶりつき、味を堪能する暇なく胃袋の中に押し込んでいく。
もちろん、口の周りは血だらけになっている。
ぶっちゃけ、こんなグロテスクな料理など食いたくはない。
しかし、テーブルに並ぶのは、おばさんが心を込めて作ってくれた品々である。
その気持ちに感謝し、米粒一つ残すわけにはいかないのだ。
そんなおばさんの名前は、新垣菊代。
生徒からは、菊代おばさんの愛称で親しまれているらしい。
それはそれとして、宴の席に歓談は欠かせない。
ゆえに太一は、迷子になった話で場を盛り上げることにした。
「俺さ、西棟を探してて迷子になっちゃたんだよな」
「迷子になったのに、どうやってたどり着けたわけ?」
そこへ理奈が疑問を投げかけた。
藻江や菊代おばさん、ほかの上級生たちも、太一の話に耳を傾けている。
「それがさ、肖像画のマダムが道を教えてくれたんだよ」
「あの気難しいマダムが道を教えてくれるなんて……珍しいこともあるものね……」
藻江はマダムと面識があるようだ。
ほかの上級生たちも頷いているので、みなが顔見知りであるらしい。
ただ、新一年生の理奈だけは、マダムの存在を知らなかった。
それでも、肖像画が話すことは認識しているようだ。
「男子生徒が珍しかったんでねえのか? だからマダムは道を教えてくれたんだべさ」
菊代おばさんの言うとおりかもわからない。
しかし、太一の予想としては、マダムはFPSに集中したかった線が濃厚だ。
迷子でうろちょろされ、目障りだったのだろう。
というか、ネットの通じないこの学園で、なぜにFPSができるのか。
そこは釈然としないのだが、あれはギャグみたいなものだし、深く考えても意味はない。
すると理奈が、小バカにしたような表情を向けてきた。
「てか太一、あんたのその頭で、よく道順が理解できたわね」
「口で教えられたら、さすがに俺もわからなかっただろうな」
「じゃあ、どうやって教えてもらったのよ?」
「じつはさ、マダムの肖像画の裏側に、学園の見取り図が描いてあるんだよ。それを見て道順を覚えたんだ」
太一がそう伝えたところ――。
「が、学園の見取り図……?」
藻江が唖然としたように反応を示した。
いや、彼女だけではない。
ほかの上級生や菊代おばさんも、みな一様に目を丸めて驚いている。
太一が藻江に事情を訊いたところ、本来、学園の見取り図は存在しないとのことだ。
セキュリティの関係で、建物の内部構造を伏せているらしい。
なんにせよ、ちょっとしたネタ話にはなった。
上級生たちも、学園にまつわるおもしろい話をたくさん聞かせてくれた。
親睦が深まってなによりだ。
そんな歓迎会は夜遅くまで続けられ、太一は理奈とともに西棟での第一歩を踏み出した。
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